第四部 第一話『創世の外側』
光の扉は、静かに揺れていた。
七色にも、白にも、黒にも見える不思議な光。
その向こうには景色がない。
いや──
景色という概念そのものが存在していなかった。
氷雨が一歩踏み出す。
足元に床はない。
それなのに落ちることもない。
まるで、自分という存在だけが何かに支えられているようだった。
「……変な感じ。」
小さく呟く。
その声はどこにも反響しない。
音ではなく、思考だけが世界へ溶けていく。
茜音は周囲を見回した。
「空もない。」
「地面もない。」
「なのに立てる。」
少し笑おうとする。
でも笑えない。
本能が告げている。
ここは今まで訪れたどの階層とも違う。
月斗は静かに目を閉じる。
《天測》
未来を見る。
……
何も見えない。
初めてだった。
可能性が一本も存在しない。
「……予測不能。」
額に汗が流れる。
「未来がない。」
夜城零が静かに答えた。
「違う。」
「ここでは未来すら、まだ創られていない。」
三人は息を呑んだ。
その時だった。
暗闇に、小さな光が一つ灯る。
いや。
光ではない。
「文字」
だった。
一文字だけ。
『始』
それがゆっくり浮かび上がる。
続いて、
『命』
『時』
『空』
『心』
無数の文字が宇宙のような空間を漂い始める。
茜音が目を丸くする。
「漢字?」
夜城零は首を横に振る。
「違う。」
「これは世界を構成する《原初文字》だ。」
「七つの世界も。」
「神王も。」
「世界核も。」
「すべて、この文字から生まれた。」
その瞬間。
一文字が黒く染まる。
『心』
黒い波紋が広がる。
周囲の文字まで少しずつ黒く変色していく。
夜城零の表情が変わった。
「もう侵食が始まっている。」
月斗が尋ねる。
「創世者か?」
夜城零は頷く。
「創世者は世界を壊しているんじゃない。」
「世界を書き直している。」
その一言に全員が黙る。
突然。
黒く染まった文字が砕けた。
その欠片が人の姿になる。
白い仮面。
黒い外套。
しかし虚無機構とは違う。
もっと古い存在。
「創世執行者。」
夜城零が低く呟く。
「創世者直属の存在だ。」
仮面の人物は四人を見る。
「異常確認。」
「旧世界存続因子。」
「削除開始。」
その瞬間。
文字が空間いっぱいに広がる。
『消』
『無』
『終』
三文字が巨大な光となり、四人へ降り注ぐ。
「散れ!」
夜城零が叫ぶ。
四人は同時に飛び退く。
文字が触れた場所だけ、
存在そのものが消えていく。
爆発も炎もない。
ただ、
「そこにあった」という事実だけがなくなる。
氷雨は息を呑んだ。
(これが……)
(創世者の力。)
氷雨は静かに前へ出る。
「私は……」
青い光が身体を包む。
《零界凍結・蒼天終焉》
世界ではなく、
文字そのものを凍らせようとする。
青白い氷が『消』へ伸びる。
初めて、
原初文字がわずかに動きを止めた。
夜城零が目を見開く。
「凍らせた……?」
茜音も驚く。
「すごい……!」
しかし。
次の瞬間。
黒い笑い声が世界中へ響く。
「観測。」
「適応。」
「記録完了。」
誰の声でもない。
創世者でもない。
もっと遠く。
もっと高い場所。
そこから誰かが、
四人を見ていた。
夜城零は静かに剣を構える。
「……来る。」
空間全体が震え始める。
無数の原初文字が集まり、
巨大な一つの扉を形作っていく。
その扉には、たった一文字だけ刻まれていた。
『創』
扉はゆっくりと開く。
その奥から、一人の人影が姿を現そうとしていた。




