007. 貴様は一体何者だ!
「お嬢様、到着いたしましたわ」
外からアミュレットさんの声。ほどなく馬車の扉が開かれ、吹き込んだ風が潮の香りを運んできた。傾きはじめた太陽に目を細めながら顔を出し、少し高さのある馬車のキャビンから軽く飛び降りると、ふわりとスカートの裾が広がった。
「あちらが、『潮騒の洞窟』でございます。およそ百年ほど前に主が定着し、それによる漁船への被害が確認されたのきっかけに、ダンジョンとして指定、封鎖されました。また、内部が海に繋がっているらしく、水棲の魔物が多数生息しておりますわ」
向こうに見える洞窟の入り口を手で指し示しながら、アミュレットさんは説明を続ける。
「先日の踏破を受け、王国騎士団による掃討作戦が予定されております。それが終わり次第、ダンジョン指定は解除となりますが……それまでの間はまだ魔物が生息しておりますので、探索には危険が伴うかと……」
ここまでの道中も、魔物の姿を見ることは叶わなかったが……どうやらようやく出会えるようだ。俺の異世界無双の第一歩、魔法使いとしての初めての戦闘まで、あと少し……!
「では、帰りましょうか」
「……え?」
(……ふぇっ?)
思わず出た声が、頭の中のアリアさんの声と重なった。
「当然でございましょう? 主が討伐されたとはいえ、いまだ魔物の巣くう危険な洞窟。それに、報告では一部崩落の危険もあると……。一国の王女様が近付くべき場所ではございませんわ」
「そ、それはそう……でございますが……!」
言ってることは正しいんだけども……! 俺はその中に用があるわけで……!
(ど、どうしましょう……!? このままでは、エイト様の魔法の資質を確かめることが……!)
想定外の状況に、アリアさんは慌てふためいている。
……なんとかしなければ。ここで引き下がるわけにはいかない……!
「あの! わたくしっ、魔物がどんな恐ろしい姿をしてるのかにも興味がありまして! 少しだけ! 少し見るだけでもいいのです!」
言葉遣いが合っているのかもわからないまま、俺は必死に言葉を絞り出していく。
そんな俺のことを、アミュレットさんはどこか冷ややかな目で見つめていた。それでも、目を逸らすわけにはいかなかった。
「お父様との約束なのです! この世界がどんなに恐ろしい世界なのか、自分の目で学んでこいと……! それを守るためにも! どうかお願いしますわ!」
そう言って、俺は頭を下げた。
訪れた沈黙の中で、湿った潮風が髪を撫でていく音だけが聞こえていた。
「……わかりました。そこまで仰るのなら……少しだけ、中を見ていきましょうか」
「ほっ、ほんとですか!?」
慌てて顔を上げ、見えたアミュレットさんの顔は、困ったように微笑んでいた。
「ただし、私が危険だと判断した場合は、すぐにでもこの場を離れていただきます。よろしいですね?」
「はい! わかりま……了解しましたわ!」
なんとか許しを得られたみたいだ……。けどなんだか、丁寧な言葉遣いっていうのがよくわからなくなってきたな……。
(さ、さすがですわエイト様! アミュレットを、説得してしまうだなんて……!)
そんなに大したことはしてないつもりだが、それでも、褒められて悪い気はしないな……。
「では参りましょう。私から離れないよう、お気を付けくださいませ」
足音と水滴の落ちる音が反響しているだけの静かな洞窟内で、湿った岩の上を、滑らないよう慎重に歩いていく。壁や天井のあちこちに張り付いた、光る苔のようなもののおかげで、足元がはっきり見えるのが唯一の救いだ。
(……魔物が、おりませんわね……)
アリアさんの言うとおり、かれこれ五分ほど経ったはずなのに、まだスライムの一匹も現れてはいない。エンカウント率どうなってるんだこのダンジョン……。
「件の冒険者パーティーの方々は、ずいぶんと優秀だったようですね。以前まではダンジョンの外に溢れてしまうほどに、魔物がひしめき合っていたのですが……これなら掃討作戦も、小規模なもので済みそうですわ」
なるほど、朝の表彰式に出てたあいつらがこのダンジョンを制覇しちゃったせいで、魔物がほとんどいなくなってしまってるんだな。……まったく、なんてことをしてくれたんだ。
(どうしましょう……このままでは、何もできないまま帰ることになってしまいますわ……)
そんな……数多の試練を乗り越えて、ようやくダンジョンまでたどり着いたっていうのに……。
(……いっそのこと、魔法の試し打ちだけでもしておくというのは、どうでしょうか……? それなら、エイト様の魔法の資質も確認できますし……)
……たしかに。魔物を見れないのは少し残念だけど……本命は魔法使いになることだし、今日のところは、一旦そうしよう。
そう思い、俺は右目だけを二回、パチパチと閉じてアリアさんに合図をした。これは事前に決めておいた、周りに人がいて直接話せないとき用のサインだ。右目がYESで、左目がNOを表している。
(かしこまりましたわ! では――)
同意という意味が上手く伝わったようだ。アリアさんはアミュレットさんへ伝えるための言葉を、俺の頭の中で話しはじめた。
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
不意に立ち止まった俺に、アミュレットさんは振り返りながら問いかけた。
「あの! 実は一つ、やっておきたいことがありますの……」
アリアさんが頭の中で言った言葉を、そっくりそのまま口に出していく。
「去年から習いはじめた、初級魔法の特訓をしておきたいのです。というのもわたくし、もうすぐ試験だというのに、まだ一度も発動に成功したことがなくて……」
……この世界における魔法発動の難易度がどのくらいなのかわからない以上、あんまり口出しするもんじゃないかもだけど……一年かけて一回もって、相当ポンコツだね……。
「ここなら、万が一魔法が暴発しても迷惑をかけずに済むはずですわ。ですので、少しだけ練習を……」
「……おや、そうでしたか。では、お好きなだけどうぞ?」
そう言ってアミュレットさんは、数歩下がって俺から距離を取った。……その態度が、少しだけぶっきらぼうな感じがしたけど、気のせいだろうか。
(ふぅ……。これでようやく、エイト様の才能を確かめることができますわね……!)
どこか期待を滲ませたような声色で、アリアさんは言った。かくいう俺も、ついに魔法使いとしての第一歩を踏み出せるという事実に、興奮を隠せずにいる。かすかに震える拳を握りしめ、そっと目を閉じた。
――魔法発動には二つの方式がある。一つは『純行式』といって、古来から伝わる非常に難易度の高い方式だ。少なくとも、一目見ただけで覚えられるようなものではなかった。
もう一つは『定法式』といって、魔法陣や呪文によって簡略化された現代的な方式らしい。これはほぼ暗記するだけで使えそうだったので、いくつかの魔法を丸ごと覚えておいた。暗記は苦手なほうだと思っていたが……魔法使いになれるという期待が、どうやら俺を覚醒させてしまったようだ。
(エイト様、がんばってくださいまし……!)
「ふぅー……」
アリアさんからのエールを聞きながら、一つ、大きく深呼吸をした。頭の中に呪文を思い浮かべつつ、ダンジョンの奥に向かって伸ばした手のひらに、魔力を集中させていく。
「――『火の弾丸』!」
そしてトリガーとなる言葉を詠唱した瞬間、俺の手のひらの先に、赤く輝く魔法陣が展開された。
その中心部で、野球ボールほどの大きさの火の玉が生成されたかと思うと、その火はダンジョンの奥へと向かって、勢い良く飛んでいった。
「で、できた……!!」
いま俺は、猛烈に感動している。『手から炎の球を撃ってみたい』という、男なら誰しもが抱えていた夢。それを自分自身の手で叶えることができたという事実に、大声で叫びたいほどに心が打ち震えていた。
(す、すごいですわエイト様! 誰にも教わっていないのに、自分の力だけで魔法を習得してしまうだなんて……!)
頭の中に響く、アリアさんからのお褒めの言葉。少しくすぐったく感じつつも、素直に嬉しいと思えた。
「おめでとうございます、アリア様」
背後では、アミュレットさんも俺を褒めてくれている。まあ、実際にはアリアさんに対してかけられた言葉ではあるが。
「先日拝見いたしましたときは覚束ない様子だったはずの魔力の操作も、いまや魔導士顔負けの滑らかさでございますね」
振り向いた俺の視界で、アミュレットさんは自らの腰の辺りに手をかけていた。
「まるで……人が変わってしまったかのようです」
スカートを上から締め付けるように巻かれていた、革のベルト。なぜか彼女は、それをしゅるりと引き抜いてしまった。途端に、ロングスカートがふわりと地面に落ちる。
「わっ、ちょっ!?」
(あ、アミュレット!?)
慌てて目を逸らすも、視界の端に映ったアミュレットさんは、膝上くらいのミニスカート姿になっていた。……スカートの上にスカート? なんでそんな格好を……。
「――違和感はあった……アリア様にしては、言動や振る舞いがガサツ過ぎると……」
「え゛っ……」
(あっ……!?)
トーンの落ちた低い声で淡々と語るその姿は、さっきまでの柔らかい雰囲気とは全く違っていて、別人のような圧力があった。その迫力に気圧され、思わず声が漏れた。
「レストランでの言動の違和感……。それに加えて、今の魔法発動のスムーズさ……一朝一夕で身につけられるようなものではない」
なんてこった。懸念していた礼儀作法や所作もそうだが……どうやら俺に魔法の才能があり過ぎたせいで、アミュレットさんに疑われているらしい。それは、どうしようもなくない……?
「見た目はアリア様そのもの……。だがその振る舞いの全てが、貴様が偽物だということを物語っている……」
さっきまでの優しかった彼女とは全く違う、鋭く突き刺すようなその声色と口調に、たまらず少し後ずさりをした。
――その瞬間、何かが爆発したような音とともに、目にも止まらぬ速さの蹴りが俺の顔面に向けて放たれた。
「おわああああ!?」
(きゃああああ!?)
寸前で止められた蹴りに、悲鳴を上げながらその場に尻もちをついた。見上げた俺の前に突き付けられていたのは、鈍い輝きを放つ金属製のブーツの底面だった。
「……アリア様の姿を騙る不届き者め、貴様は一体何者だ!」
片足を上げたままの体勢で、地面にへたり込んだ俺を見下ろしながら、彼女はドスの利いた低い声で吐き捨てた。
表情に影を落とし、眉をひそめて俺を睨み付けるその顔は、ここまで優しく見守ってくれていた彼女の印象からは想像もつかないほどに、冷酷で無慈悲だった。
(こ、こんなに怖いアミュレット……! 見たことありませんわぁ……!)
震える声でアリアさんが呟く。かくいう俺も、初めて向けられた本気の殺意らしきものに、ビビり散らかしていた。
「ままま、待ってください! これにはっ、深い理由が……!!」
慌てて命乞いをする俺のことを見て、アミュレットさんはさらに顔を歪ませる。
「姿も声も全く同じ……よくもここまで完璧に成りすませたものだな。……それにしては、細部がずいぶんとお粗末だったが」
どうやら彼女は俺のことを、アリアさんに成りすました偽物だと思っているようだ。それなのに問答無用で処刑されなかったのは、運が良かったと言うべきか。
「その深い理由とやら……。貴様が、アリア様の姿で何をしようとしていたのか。そして、本物のアリア様を一体どこへやったのか……。洗いざらい全て話してもらおうか」
アミュレットさんの言葉に、首が取れそうなほどの速さで俺は頷く。
「念のため言っておくが……貴様の話が聞くに値しないものだと、私が判断したその瞬間、貴様の頭を蹴り砕いてやる。ここから先は慎重に話すことだな」
(ひいぃっ……!!)
「は、はひっ……!」
あまりの恐怖に、返事をする声が上擦ってしまった。なんとか誤解を解かないと、アリアさん共々、この場で殺されてしまうかもしれない……!
「じ、実は――」
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