006. おっ、お花を摘みに行ってまいりますわ……!
食器は外側から使うだの、手前から奥にすくうだの、わけのわからないマナーに縛りつけられながら、俺は人生初のコース料理と格闘していた。もっとも、頭の中でアリアさんが細かい指示を出してくれたおかげで、目立った失敗は無かった、はず。味については……正直あまり覚えていない。
そしてなんとか食べ終え、一息ついたころ、俺は体の異変に気付いた……。
「アリア様、ご満足いただけましたでしょうか?」
「え、ええ! 大満足ですわ!」
俺の適当な返事に、周囲のウェイターや奥からこちらを覗いていたシェフたちは、揃ってほっと胸を撫でおろしていた。
だが当の俺自身は、テーブルの下でもじもじと両足をすり合わせ、こみ上がってくるその感覚に必死で耐えていた……。
(え、エイト様……! その……! う、ううぅぅ……!)
感覚を共有しているアリアさんもとっくに気付いているようだが、『それ』を解消するには一つ大きな問題がある。どうあがいても、一部始終を俺に見られてしまうということだ。
「……アリア様、時間を気にする必要はございません。それに、我慢は体に毒ですよ?」
どうやら気付かれてしまったようだ。隣に控えていたアミュレットさんが、軽く身を屈め顔を伏せたまま、小声でそう言った。……限界だ、覚悟を決めるしかない……!
「そ、そうですわね……! ではわたくしっ……! おっ、お花を摘みに行ってまいりますわ……!」
(はううぅぅ……!)
こんなベタなセリフを真正面から言う機会があるなんて……。そう思いながら立ち上がり、ウェイターに案内されるままに、トイレへと向かった。
「ごめんアリアさん……! き、極力見ないようにするから……!」
個室の中、便器を前に俺は小声で呟いた。
(うぅ……! も、もうおしまいですわぁ……!)
しょうがないじゃないか、生理現象なんだから。なんて言い訳で彼女を追い詰めるよりは、さっさと済ませて傷を浅くしてあげよう。そう思いながら、スカートに手をかけた。
「……え、えーっと……」
これ、どうやって脱ぐんだ……?
(ううぅ……! す、スカートの下……ドロワーズを……下ろすのですわ……!)
「な、なるほど……」
アリアさんの指示どおり、スカートの裾から腕を差し入れ、布を掴んで膝上あたりまで引き下ろす。
……布の軽い圧迫感がなくなったからか、よりはっきりと、『あいつ』の不在を感じる。この体になって一番の違和感は、これかもしれない。なんだかスースーするよぉ……。
(す、スカートをたくし上げたまま、汚さないようしっかり抱えていただいて……!)
後ろ側の裾も手繰り寄せ、まとめて胸元で抱えたまま、俺は便座に腰を下ろした。
――ちなみに便器は、見慣れたあの形によく似ていた。さっきマークさんが使ってたカードもトランプにそっくりだったし、文化レベルとかは案外、元の世界と変わらないのかもしれない。
「これで、いいんだよね……?」
(は、はい……あとは……)
そして流れた沈黙。あとは、そう、出すだけだ。
(え、エイト様……! その、どうかわたくしのことは……! 気にしないでくださいまし……?)
「……ありがと、アリアさん。ごめん……!」
そう言って俺は、下腹部に力を込めるのをやめた。
――少しの静寂のあと、個室内に水音が響きはじめた。
(あっ、やっ……!? いやぁ……!!)
我慢していたものを一気に放出していく解放感。それはもはや快感と言っていいほどで……。
「……んっ、はぁっ……!」
(ひゃわあっ!? え、エイト様!? おおお、お気持ちはわかりますがっ!! そんなお声っ、出さないでくださいましぃ!!)
思わず漏れてしまった嬌声。その艶っぽさに、自分でも驚いてしまった。
(ふっ、うぅっ……! うぐぅぅ……!! どうかっ……! どうか聞かないでくださいましぃぃ……!!)
なおも響き続ける水音。男のそれとは違い、細い穴から勢いよく噴き出すようなその独特な音に、なんだか俺まで恥ずかしくなってしまう。
(ううぅ……! ひっぐ……! わ、わたくしっ、もう……!)
ようやくすべてを絞りだしたころには、アリアさんは泣き出してしまっていた。
「……あっ」
――そして思い出す。男は適当に振るだけで済ませがちだが、女性はそうはいかないということ。
「アリアさん、その、終わったら……拭かなきゃいけないんだよね……?」
(……へっ? 拭く……? ……はっ!?!?)
どうやら彼女も忘れていたらしい。頭の中で響いた驚愕の声には、絶望の色が混ざっているようにも聞こえた。
(あ、あぁ……!! そんな……!! そんなぁ……!!)
拭くのは自分の、アリアさん本人の手ではあるわけだが……いまその中には、知らない男が入ってるんだ。そりゃあ嫌に決まってる。セクハラとか、そういう次元じゃないところまで来てしまった……。
「ごめん……! ほんとごめん……! 俺が勝手に体奪っちゃったせいで……」
(ふっ、ううぅっ……!! ぐすっ……! い、いえっ……! エイト様もっ……この厄介な現象に巻き込まれてしまっただけのっ……被害者なのですからっ……! ひぐっ……! あ、謝らないでくださいましぃ……!)
なんて健気な子なんだ……。いつだって他人のことを一番に考え、相手を思いやることを忘れない。たとえそれが、耐えがたいほどの羞恥に晒されているときだとしても……。アリアさん、君はきっと、いい国王になるよ……!
「じゃあ、えっと……拭くね……?」
(ふぐっ……! は、はい……お願い、いたしますわ……!)
本人のお許しも得たところで……。脇に設置されていた紙……ロール式ではないがトイレットペーパーらしきものを手に取り、何枚も重ねていく。使いすぎのようにも見えるが、手に感触が伝わらないようにというせめてもの配慮だ。ここのオーナーさんには、見逃してもらうほかない。
「えっと、前から……かな……」
視界には抱えたスカートの生地しか見えていないため、手探りで太ももの間に手を差し込んだ。そしておそるおそる手を返し、ゆっくりと触れた。
(は、はううぅぅ……!!)
だいぶ分厚めに重ねたはずが、それでも紙越しに……その輪郭が、かすかに指先に伝わってしまった。それに、紙がこすりつけられる感覚はどうしても感じてしまうわけで……。
(うぅっ……! ふぐっ……! うううぅぅぅ……!!)
「ごめん……! ほんとごめん……!」
こんな恥ずかしい思いをさせてしまっていること、その罪悪感をも拭い取るように、ただひたすら謝りながら、手を動かし続けた。
「えっと、大丈夫……?」
便器を背に、ようやく泣き止んだアリアさんに向け、俺は声をかけた。
(はい……なんとか、落ち着きましたわ……)
まだ涙声のまま、それでも彼女は気丈に振舞おうとしている。
「ごめんよ……俺のせいでこんなことに……」
(そ、そんなことございませんわ……! 先ほども申しましたとおり、エイト様もわたくしと同じ、この奇妙な現象の被害者なのですから……。ですので、どうか気に病まないでくださいまし……?)
羞恥に耐え切れず、泣き出してしまうほど嫌だったはずなのに、彼女はそれでも俺を気遣うことをやめない。どこまでも優しいその心根に、俺は罪悪感で押し潰されそうだ……。
「……うん、ありがとう」
だからって、謝ってばかりじゃ前には進めないだろう。彼女の想いに報いたければ、こんな体験は早く忘れてあげるべきだ。そう思い、一つ深呼吸をした。
「よし、切り替えよう! アミュレットさんに怪しまれないように!」
(そうですわね……! わたくしも、より一層気を引き締めて、ご支援させていただきますわ!)
そうして俺は一歩踏み出し、ドアノブに手をかけた。
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