004. さ、お着替えいたしましょうか
「ふー……。なんとか怪しまれずに済んだ……かな?」
部屋のドアを背中で押し閉めながら、軽く一息ついた。
(申し訳ございません……。理由なき外出は怪しまれるかと思い、咄嗟にダンジョン調査ということにしたのですが……そのせいで、護衛が付いてしまいましたわ……)
頭の中に響くアリアさんの声に、反省の色が滲んでいる。
「や、大丈夫だよ。その護衛の人に怪しまれないように、気を付ければいいだけだしね」
(そ、それが……! その護衛というのが……!)
――その時、ノックの音が三度鳴った。
「お嬢様、アミュレットでございます。支度のお手伝いに参りました」
すぐ背後のドア越しに、くぐもった女性の声が聞こえてきた。
(わわっ……!? も、もう来てしまいましたわ……!)
「とりあえず返事だけする……!?」
(そ、そうですわね……! えと……!)
アリアさんの指示に従い、くるりと振り向き一歩後ずさりしてから、ドアの向こうに声をかけた。
「どっ、どうぞ!」
そしてゆっくりとドアが開き、一人の女性が部屋の中へと入ってきた。「失礼いたします」と一礼し、頭を上げたその立ち姿は、まるで体の中心に棒が一本入っているかのように美しかった。
「本日は、ダンジョン調査に向かわれるとのことですが……」
深い青に染められた髪は後ろで丁寧に編み込まれ、一本の長い三つ編みとなり、左肩から胸元へと流れるように垂らされている。
その頭の上には、フリルの付いた白のカチューシャ。純白のエプロンと、背中で結んだ大きなリボン。綺麗に折り目の付けられた大きなスカートは、床スレスレでふわりと広がっている。
これぞメイド! といった姿に、思わず息を呑んだ。
「……自分の目で世界を見てみたいだなんて、すごく立派な志だと思いますわ」
そう言って彼女は口元を手で隠し、ふふっと笑った。垂れ目ぎみなその目尻をさらに下げて笑う、柔らかな笑顔。そしてこちらを、そっと抱き締めるような優しい声色。その包容力溢れる佇まいに……正直惚れてしまいそうだ……。
(え、エイト様……! どうかお気を付けくださいまし……! アミュレットはお父様よりも、さらに難敵でございますわ……!)
こんな綺麗な人が難敵? アリアさん、バカ言っちゃいけねえぜ……。
(セントリアル城のメイド長を務める彼女は、わたくしの礼儀作法の先生でもありますの……。彼女の授業はそれはそれは厳しく……! わたくしができるようになるまで、何度も繰り返させられますの……しかも、あの柔らかな笑顔のまま……!)
ほえ~、意外だな。そんなにスパルタな人なのか。……でもきっちりしてる人って、素敵だと思うよ……?
(ですので、少しでも普段とは違う言動になってしまったりしたら、一気に怪しまれてしまう可能性がございますわ……!)
なるほど、それは厄介かも。気が抜けない相手ってことかぁ……。
「道中は私が、命に代えてもお嬢様をお守りいたしますから、どうかご安心くださいませ?」
首を傾げ、こちらに微笑みかけながら、アミュレットさんは言った。……こんな笑顔見せられたら、気が緩んでもしょうがないと思うの。
「さ、お着替えいたしましょうか。お手伝いいたしますから、鏡の前にどうぞ?」
アミュレットさんにエスコートされ、姿見の前へ。
俺の周りをくるくると回る彼女によって、ティアラや手袋、ネックレスなどの小物がすごいスピードで剥ぎ取られていく。
(……あっ!!)
背中の紐が緩められるのを待っていると、不意にアリアさんが頭の中で叫んだ。……急に大声出されると、俺が驚いた拍子に怪しまれるかもしれないんですけど!?
(き、着替えるということは……このまま下着姿に……!?)
あー、たしかに。とか思ってる間に、アミュレットさんの手が俺のスカートにかけられた。
(お、お願いいたしますエイト様!! 後生ですから……!! み、見ないでくださいましぃ!!)
そんな無茶な……。いくら手伝ってもらってるからって、ノールックで着替えられるもんでもないのでは? いちおう、目はつぶっておくけど……。
「……お嬢様? 足を上げていただかないと、スカートが外せませんわ」
(はっ……!? め、目を閉じたままでは、着替えられない……!?)
はい、そうなんです。……しょうがない、アリアさんには悪いけど……!
「ご、ごめんなさい……!」
頭の中のアリアさんにも向けて、そう呟きながらおそるおそる目を開けた。
(あうっ……!? ひゃわあああぁぁぁ!!)
そうして見えたのは、裾がすぼまった短パンのようなパンツ……ドロワーズって言ったっけ? を履いた、幼気な少女の姿だった。
(そっ、そんなにまじまじと見ないでくださいましぃ……! ううぅぅ……!)
正直、期待してたほど刺激的な格好ではなかった。が、ここまで恥ずかしがられると余計に……。
(わたくしっ……! もうお嫁にいけませんわぁ……!)
……いや、君は嫁入りするような立場ではないと思うよ?
「え、えーっと、ごめんね……?」
長い長い沈黙に耐え切れず、馬の足音と車輪の音に紛れるよう、俺は小声で呟いた。
(い、いえ……! 謝らないでくださいまし……! やむを得ない状況であったことは、理解しておりますので……)
よくわからない男に下着姿を見られ、ひどく傷ついているだろうに、きちんと気遣いは欠かさない。さすがは気高き第一王女様だ。
(ぐすん……)
いや泣いてんじゃんかよ。
「……あのさ! ダンジョンって、具体的にどんなとこなの?」
このままじゃダメだ、気分転換に話題を変えないと。
(だ、ダンジョンでございますか? えぇと……)
――あれからなんとか着替えを終えた俺は馬車に乗り込み、念願のダンジョンへと向かっている。
さすがに一国の王女様が大手を振ってお出かけするのは危険だということで、いろいろと対策が講じられた。人員を護衛のアミュレットさんと馬車の運転手のみに絞り、馬車は王族用ではなく従者用の物を。俺は申し訳程度の変装として、ぶかぶかの外套を着させられた。これなら、第一王女がお出かけ中だとは誰も思うまい。
ちなみに、アミュレットさんが運転手とともに外で警戒をしているため、キャビン部分には俺一人しか乗っていない。そのおかげで、いまこうやって堂々とアリアさんと話ができているのだ。
(例えば洞窟や、森の奥深く、廃墟と化した町など……人気のない場所では、魔物たちの活動が活発になりますの。そうした場所では、往々にして強大な魔物が棲みついてしまうことがございますわ。そういった、いわゆる『主』と呼ばれるような魔物が現れる場所を、『ダンジョン』と呼びますの)
なるほど? 俺が想像してたようなダンジョンとは、ちょっとだけ違うみたいだ。
(ダンジョンと化してしまった場所は、その危険性から簡単には近付けなくなってしまいますわ。それこそ、希少な資源が眠っているとしても……。またその付近では、溢れた魔物による被害が発生したり……その魔物たちが定着することで、ダンジョンの範囲が広がってしまったり……)
ほえ~、そういうデメリットがあったりするのね。
(こういった、様々な面で厄介な問題を抱えているのが、ダンジョンという領域ですわ。……と、拙い説明で申し訳ございません……ご理解いただけましたでしょうか……?)
「もちろん! むしろ、すごくわかりやすかったよ!」
(ふえっ……!? ほ、本当ですの……!? それなら、よかったですわ……!)
まぁなんにせよ、俺の憧れたファンタジー世界であることに変わりはない。今朝の式典で見た冒険者パーティーの人たちも、みんなかっこいい装備付けてたし、俺もとっとと魔法使いになってダンジョンで無双したいぜ……!
(……あ、あのっ! 今度はわたくしからも……し、質問させていただいても、よろしいでしょうか……?)
不意に、おずおずとした口調でアリアさんは言った。
「ん、いいよ! 俺が答えられることなら、なんでも!」
(あ、ありがとうございます……! では、その……)
そして少しの間をおいて、意を決したように彼女は呟いた。
(……え、エイト様は一体、何者……なのでございましょうか……?)
「な、何者……?」
(そのっ……! ま、魔法やダンジョンについての知識は……本来であれば、幼少の頃に教わるはずのもの、ですわ……。ですがその、エイト様は……まるで、初めて知ったかのような反応をなされておりましたので……)
……あぁそうか。魔法やダンジョンについての知識なんて、この世界では常識とされていることなんだ。それなのに俺は何も知らなかった。いわば、常識のない奴に見えてしまっている……ってことか。
(ぶっ、不躾な質問であることはっ、重々承知しておりますわ……! この非礼に関しては、後ほどしっかりと謝罪をさせていただきます……! ですが、その……)
つまり、『無知なやつめ、お前は何者なんだ』と問いかけているも同然だということ。その失礼さをわかったうえで、彼女は聞かずにはいられなかったようだ。
「いや、大丈夫だよ。そういえば、自分の中では解決してたんだけど、アリアさんには話してなかったね。ごめんよ」
そもそも、俺が最初に説明を怠ったのが悪いんだ。気にすることはないよ、という思いも含め、精一杯の優しさを声に込めた。
「そうだなぁ……まずはどこから説明すればいいか――」
その時、外に響いていた馬の足音と車輪の音が消え、揺れが止まった。
「お嬢様、ポーターに着きましたので、少々休憩にいたしましょう」
キャビンの外から、アミュレットさんの声が聞こえた。
(……お話の続きは、また後ほどお願いしますわね)
そう呟いたアリアさんの声は、少し残念そうだった。そんな彼女と、外にいるアミュレットさんに向けて、俺は声をかける。
「ええ! わかりましたわ!」
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