048. 僕は別に、どこへも行く気はないのに……
自習会のため、ヨゾラさんとともに師匠の研究室へ。ドアの上部には、『魔法研究開発局』と書かれている。魔法学園は『教導養成局』の附属らしいが、他にはどんな局があるんだろうか。
「途中入学か……できないことはないだろうけど……」
マグカップを手に、研究室内をうろうろと歩き回りながら、師匠は言った。
――昨日の夜、一緒に学園に通おうというアリアさんからの提案に対し、チャームくんは『大丈夫』と言っていた。だが……正直あの流れで、本当に大丈夫だとは到底思えない。たぶんチャームくんは、アミュレットさんがなぜか反対ぎみだったのを察して、空気を読んだんじゃなかろうか。
そしてそれにはアリアさんも気付いていたようで、昨日の夜、寝る前に俺たちは二人で相談して、彼が学園に通うためにはどうすればいいのかを調べることにした。
問題は、アミュレットさんがなぜか乗り気ではないことだが……まあ、外堀さえ埋めておけばたぶん大丈夫だろう。あの人結構、押しに弱いし。
「あいにく、僕はそこまで学園の制度に詳しくなくてね……。大した助言もできそうにないなぁ……」
……仮にも高等部の担任が、この体たらくである。
「ま、師匠も半ば無理やり教師にさせられたようなものだし、しょうがないわね……」
隣で机を拭いていたヨゾラさんが、手を動かしたままそう言った。
「おぉ……わかってくれているようで助かるよ……。おかげで、研究も滞ってしまって……」
向こうの机に置かれた石を眺めながら言った師匠の顔は、しょぼしょぼになってしまっていた。
『む、無理やり……でございますか?』
「そうなんだよ……。あれは、半年ほど前のことか。放課後、この子たちの面倒を見ているところを、学園長が目にしてね。せっかくなら教師になってくれないかと言われて、その時は断ったんだけど……教員不足を理由に、結局押し切られてしまったんだ……」
しょぼくれた表情はそのままに、師匠の肩がどんどん落ちていく。
「僕は技術屋だし、そもそも教導養成局……学園の人間でもないというのに……。魔導院に入ってからというもの、あの人の無茶振りに振り回されてばかりだよ……」
机に軽く腰掛け、愚痴を語る師匠のそのうんざり感は、周囲にどんよりとしたエフェクトを幻視するほどだった。
『そ、そうでしたのね……』
「まあまあ……。元気出してください、師匠。研究なら私、また手伝いますから」
「ありがとう、ヨゾラ……。卒業したらぜひ、うちの局に来てくれ……」
今にも泣きだしそうな師匠に対し、ヨゾラさんは苦笑いを浮かべていた。
『そっ、そういえば……! 他の局員の方々は、どちらにいらっしゃるのでしょうか……? 研究室にお邪魔させていただいていることですし、一度ご挨拶を……』
「いやぁ、それが……」
「『魔法研究開発局』のメンバーは、局長である師匠、一人だけよ」
『ふえっ……!?』
……いやいや、じゃあ人手不足なの学園じゃなくてこっちじゃね?
「毎年数人は入局してくれるんだけど……なぜかみんな、一年も経たないうちに辞めていってしまうんだよ……」
『そ、それは、どうしてなのでしょうか……?』
「それが……みんな口を揃えて、『ついていけない』と言うんだ……。僕は別に、どこへも行く気はないのに……」
「そういう意味じゃないと思いますけど……」
ヨゾラさんが苦笑いのままツッコミを入れた。
「……師匠、研究が佳境に入ってくると、平気で何日も徹夜したりしますよね? そのせいなんじゃないですか?」
「い、いや! だけどそれは、他の子たちに強要したりはしていないよ……!? むしろ、皆が遅くまで残ったりしなくていいように、データの計測なんかは自分でやってるし……!」
……ほへー、めっちゃいい上司じゃん。研究所的なとこってなんだかハードなイメージだけど、ここは結構ホワイトな職場なんだな。
「じゃあもうアレですね、何度片付けても師匠が散らかしちゃうから。それで嫌になって、みんな辞めていくんですよ」
「うぐっ……! そ、それは……」
ヨゾラさんからの指摘に、師匠はまるで苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らした。
「まずは身の回りの整頓から、始めてみるといいですよ」
そう言って、ヨゾラさんは立ち上がった。
「さ、アリアさん、行きましょ」
『ふえっ……!? どどっ、どちらに、でしょうか……!?』
「学園長に聞きにいくの。それが一番、手っ取り早いでしょう?」
「たっ、たしかに、ですわ……!」
そうして俺たちは、しょんぼりとした顔で手を振る師匠を置いて、研究室をあとにした。
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