045. わたくしも、師匠……と、呼ばせていただいてもよろしいでしょうか……?
ヨゾラさんに案内されるまま王立魔導院へ向かい、たどり着いたのはシオンさんの研究室。
「失礼しまー……ってぇ!? ちょっと師匠!? なんでこんなに散らかってるんですか!?」
ドアを開け、中を見るなり彼女は声を荒げはじめた。
「私、進級休暇の前に片付け手伝いましたよね!?」
「いやっ、その……ちょっと研究が立て込んでいて……」
ヨゾラさんの背後から中を覗き込む。机の上には金属の破片や魔法石? の欠片が散らばり、床には紙切れや山積みの本が散乱していた。
『ず、ずいぶん賑やかなご様子ですのね……!』
アリアさんはだいぶオブラートに包んだが……ハッキリ言って完全にゴミ屋敷だ。
「まったくもう! 足の踏み場もないじゃないですか!」
「いやいや、こう見えて導線はきちんと確保されていて……あっ、ちょっ……! それはまだ経過観察中で……!」
ずかずかと中へ入り、てきぱきと片付けはじめたヨゾラさんに、シオンさんはあたふたしている。
「うーん、思ったとおりズボラな人だったか……」
『し、失礼ですわよエイト様……!』
二人に聞こえないよう、口元を隠しながら呟くも、アリアさんに窘められてしまった。
「んっ……しょっ、と……。アリアさん、こっちよ」
『へあっ……! か、かしこまりましたわ……!』
床に落ちていた椅子を起こしたあと、ヨゾラさんは俺に向かって手招きをした。足元に気を付けながら、そちらへ向かう。
「んじゃ私、片付けときますから。師匠はアリアさんの補習、先にやってあげてください」
「わ、わかったよ……。あっ、そこまだ触らないで……!」
……なんだか情けないな。師匠と呼ばれているわりには、少々威厳が足りてないんじゃないか?
「……こほん。えー、それじゃあアリア王女。早速始めようか」
『は、はい……! よ、よろしくお願いいたしますわ……!』
補習と聞いて身構えていたものの、内容自体は大したものではなかった。なぜなら中等部に入ってから習いはじめ、その後二年かけてじっくり磨いていくはずの『防御魔法』、その上位版を、俺はもうマスターしていたからだ。
なので、貰った『中級魔法辞典』に軽く目を通す程度で、あっという間に補習は終わってしまった。
「――と、こんなところかな。とはいえ役立つ魔法もいくつかあるから、あとは暇なときにでも、じっくり読んでおくといいよ」
そう言って、シオンさんは微笑んだ。それに対し、俺はアリアさんの返答に口パクを合わせるために、少し待つ。
「……王女? 大丈夫かい?」
『――はっ!? かっ、かしこまりましたわ! あああ、ありがとうございますっ、シオン様!』
慌てて返答するアリアさんの声に、口パクと表情を合わせた。……たぶん内容がわからな過ぎて、頭パンクしてたんだろうな、この子……。
「あんなに早足で進めるからですよ! もっと優しく、ゆっくり教えてあげないと……」
「そ、そうかい……? 純行式ですらあっさりと会得してしまうほどだから、これくらいなら余裕かなと……」
『ふ、ふえぇ……!』
……ごめんねシオンさん、あっさり会得したの、俺なんだ……。
『と、ところでっ! わ、わたくし……ひとつ、気になっていることがございまして……!』
……あの~、あなたの声に表情や動作、口パクを合わせないといけないんで、こうやって突然喋り出されるのは非常に困るんですが……。まあなんとかしますけども……。
「ん、なんだい?」
『そ、その……! 補習の内容とは、関係ないのですが……。な、なぜヨゾラ様は、シオン様のことを、し、「師匠」……と、お呼びになるのでございましょう……?』
「――あら、私? そうね、どこから話せばいいのか……」
片付ける手を止め、ヨゾラさんはそう言って腕組みをした。
「始まりは……中等部に上がりたての頃かしら。どうしても習得できない魔法があって、グラウンドで自主練をしてた時に、偶然会ったのよ」
「僕もその頃、研究に行き詰っていて、気分転換に散歩をしてたんだが……気付いたら、学園のほうまで来てしまっていてね。そこでなんだか、思い詰めたような顔をした子がいたから、心配になって声をかけたんだ」
そう言って、どこかイタズラっぽく目を細めたシオンさんに、ヨゾラさんはみるみる顔を赤くした。そしてじとっとした視線を返したあと、誤魔化すように一つ咳払いをした。
「……で、その時に、師匠にちょっとしたアドバイスをもらったんだけど、そのおかげなんとかできるようになったの。それから、ちょくちょく研究室に遊びに行っては、色々と相談に乗ってもらったりして……」
「そうしているうちに、いつの間にか他の子たちも来るようになっていたね」
「ですね。で、それをきっかけに、自習会という名目で魔法を教えてもらうようになって……そのうち、いつのまにか『師匠』ってみんなが呼びはじめて……だからそうね、成り行き、かしら?」
そう言って、ヨゾラさんは軽く首を傾げた。
『な、なるほど……! つまり、シオン様は皆様の、「魔法の師匠」、ということですのね……! なんだか、とっても素敵ですわ……!』
どうやら『師匠』という響きが、アリアさんの琴線に触れたようだ。声色だけでも、目を輝かせているのがありありと伝わってくる。
『シオン様! わたくしも、師匠……と、呼ばせていただいてもよろしいでしょうか……?』
「ん……まあ、構わないけど……」
そう呟き、シオンさん……師匠は目を逸らした。彼女の頬は、少しだけ赤く染まって見えた。
「――よし、片付け終わり!」
手に持っていたほうきを部屋の隅に立てかけ、ヨゾラさんは高らかにそう宣言した。そしてこちらを振り返り、にっこりと笑いかけた。
「アリアさん、今日の自習会を始めようと思うのだけど、よかったらあなたもどう?」
『――ぁっ……! えとっ、その……』
……おっと、どうやらここからは俺の出番のようだ。
「こほん! ぜひ、ご一緒させていただきますわ!」
そう言って、俺はネックレスに魔力を込めるのをやめた。
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