043. ふっ、不束者ではございますがっ、どうかよろしく、お願いいたしますわ……!
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中庭から吹き込む暖かな風が、陽だまりの香りを乗せて、わたくしの頬を優しく撫でてゆきます。この心地よさを、わたくしと同じように感じてくださっている方がいると思うと……この身に起きた奇妙な現象も、あながち悪いものではないように思えてしまいます。
「緊張してるのかい?」
背後からかけられた声に、わたくしの体がひとりでに振り返ります。視界に映ったのは、わたくしに目線を合わせようと身を屈めてくださっている、シオン様の姿でした。
『は、はい……! 少しだけ……!』
わたくしが答えるのに合わせ、体もわたくしの意思とは関係なく、けれども思ったとおりに、動いてくださります。それは、わたくしの心情を隅々まで理解してくださっているからこそ、できることなのでしょう。それはすごく、恥ずかしいことではありますが……同時になんだか、『嬉しい』と、わたくしはそう思ってしまうのです。
――きっかけは、二週間ほど前のこと。その日はとある冒険者パーティーの皆様の、ダンジョン踏破記念式典が開かれるということで、王女であるわたくしは朝早くから衣装に着替え、部屋で待機しておりました。
……本来であれば、領地に平穏を取り戻してくださった皆様へ、感謝と労いのお言葉を述べなければならない立場なのでしょうが……あいにくわたくしは、そのような大役を任せられるほど立派な人間ではなく、陛下からは『ただ座っておればよい』と申しつけられておりました。
いつものように、自身の未熟さに打ちのめされたまま、わたくしはベッドに腰かけ、ぼーっとシャンデリアを眺めておりました。
その時でした。見上げた天井から、キラキラ光る何かが、ふわりと落ちてきたのです。
不思議に思い、受け止めようと開いた手のひらを、その光はするりとすり抜けてしまいました。そしてそのまま、不意にわたくしの胸へと、飛び込んできたのです。
驚く暇もないうちに、ふっと意識が途切れ……目が覚めたときにはすでに、体が動かせなくなっておりました。いま思えばあの光こそが、わたくしの体に宿ることとなった、『エイト様』の魂であったのでしょう。
それからわたくしたちは、文字どおり『一心同体』として、日々を共にすることとなりました。
初めはただ、困惑と不安に押しつぶされるだけだったわたくしも、エイト様の優しさに触れるうち、少しずつ現実を受け入れられるようになってゆきました。
エイト様は……ご自身もまた、大変な状況にあるのにもかかわらず、常にわたくしのことを気遣い、寄り添っていてくださいました。
今こうして、ネックレス越しのわたくしに会話を任せてくださっているのも、エイト様がそうしたほうがよいだろうと提案してくださったからで……少しでもわたくしらしくいられるようにと、気を遣ってくださっているのでしょう。
そんな優しさが、わたくしにはとても心地よく、そして嬉しく感じられるのです。
どうすれば元に戻れるのか、その手がかりすら、まだ掴めてはおりません。けれどもわたくしは、なにも心配していないのです。なぜならわたくしには、エイト様がついていますから――。
「まあみんな年上だし、無理もないか」
そう仰って、シオン様は軽く微笑みました。
開いたままの扉の向こうでは、黒板の前に立つ学園長先生が、新たなる学びの日々に向けて、高等部の皆様……わたくしのクラスメイトとなる方々へ、お話をされています。
「そんなに気負う必要はないよ。離学せず高等部まで残っている時点で、魔法を極めるためにこの学園に来ているということだからね。つまりはキミと同じ志を持った、仲間だということだよ」
『な、仲間……でございますか……!』
「……まあ、全部あの人の受け売りだけどね……」
学園長先生を指差し、彼女は苦笑いを浮かべております。
「シオンさん? いらっしゃい!」
「おっと。では、お先に」
そうしてシオン様は、片手をひらひらと振りながら、教室の中へと入っていきました。
「――アリアさん、大丈夫?」
わたくしと全く同じ音色で、けれどもどこか違った響きで、わたくしを呼ぶ声がします。
「ダメそうなら変わろうか?」
『……ありがとうございます。でも、大丈夫ですわ!』
――緊張が解けたわけではありません。けれども、強がっているわけでもありません。あなたのその優しい気遣いが、いつだってわたくしに、勇気をくれるのです。
「はじめまして、と言いたいところだが……見知った顔ばかりだね。今期の高等部担任をまかされたシオンだ。引き続き、よろしく頼むよ」
一足先に挨拶をしたシオンさんに向け、教室内では拍手が巻き起こります。
「しっかりね、シオン。……それから、編入生を紹介します! アリアさん、いらっしゃい!」
学園長先生の呼びかけに合わせ、体がゆっくりと歩き出しました。その所作は、王女としての作法を叩き込まれてきたわたくしと、寸分違わぬほどに自然で、美しいものでした。
「編入……?」
「アリアってたしか、王女の……?」
教室内が一気に騒めき立ち、全ての視線がわたくしへ向けられました。ある方は驚いたように、またある方は、怪訝そうに。わたくしと同じローブを纏った、およそ十名ほどのお姉様方が、席についたままこちらを見つめています。
「知っている人もいるでしょう、彼女はこの国の第一王女である、アリア姫です。このたび、その類まれなる才能が認められ、初等部から飛び級で、みなさんと同じ高等部に編入することとなりました」
――いくら緊張したところで、エイト様に体を預けている以上、鼓動が早くなったりしないのは幸いといったところでしょうか。おかげで、過呼吸で倒れたりする心配をせずに済みますから。
「まだ不慣れな部分もあるかもしれませんから、みなさんでしっかり、面倒を見てあげてくださいね?」
学園長先生のその言葉をきっかけに、わたくしの体が一歩、前へと踏み出しました。
――それがなんだか、エイト様に背中を優しく押していただいたように感じて……つい、嬉しくなってしまいました。
『……せっ、セントリアル王国、第一王女の……! あ、アルティラリア・クロスバード・セントリアル・ネクスナイト……とっ、申します……! ふっ、不束者ではございますがっ、どうかよろしく、お願いいたしますわ……!』
拙い挨拶とともに、わたくしの頭が下げられました。
……初等部ではクラスメイトの皆様に見限られ、嫌われてしまったわたくしですが……高等部では、受け入れていただけるでしょうか……。
「――あっ、あなた!! 今朝の!!」
その時、不意に教室のどこかから、驚きの声が上がりました。
視界がふわりと持ち上がり、見えた景色の中で、見覚えのあるお方がひどく驚いたお顔のまま、立ち尽くしておられました。
「と、というかこの国のっ、第一王女って!?!? しかもっ、初等部から飛び級?!?! いいいいったいっ、どういうこと!!!???」
「あらヨゾラさん、お知り合いだったのね」
ひどく動揺しておられるヨゾラさんとは対照的に、学園長先生は穏やかなご様子のまま、お言葉を続けられました。
「それじゃあ、何かわからないことがあったらヨゾラさんに聞くといいわ。彼女もあなたと同じく、とっても優秀な子なのよ」
そんなお褒めの言葉も、ご本人には届かなかったのでしょう。ヨゾラ様は言葉にならないご様子で、お口をぱくぱくとさせておられました。
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