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039. もういいじゃないっすか

 王宮へ帰るため馬車のほうへ向かうと、地面に黒いシミができているのに気付いた。痺れさせておいたはずのマッチョ男の姿も見えないので、たぶんそういうことだろう……。あんまり見ないように、顔を背けた。


「しかし、困りましたわね……」


 馬車に繋がれた二頭の馬。その片方のたてがみを優しく撫でながら、アミュレットさんが呟いた。


『どうかしましたの?』


「実は(わたくし)、馬車の扱いは経験がなく……王宮まで上手く操れるか不安でして……」


『まあ、そうでしたのね……』


 ……へぇ、なんでもできる人だと思ってたけど、意外だな。


「王宮までどれほどかかるのかもわかっていない以上、歩いて帰るわけにも……」


 ――その時、どこかから(ひづめ)の音が聞こえてきた。


 森の奥からやってきたのは一頭の馬と、それに跨る、見覚えのある一人の男。


「おや? これはこれはアリア王女……。まさかこのような場所で、またお会いできるとは思ってもみませんでしたよ」


 現れたのは、シルクハットを被った仮面のマジシャン。たしか名前は、マーク・ドルフとか言ったっけ? 馬から降りるその所作も、なんだかキマっている。


 ……丁寧な口調はクローディウスと同じなのに、マークさんにはキモさが全然無い。イケメン無罪ってやつだろうか。


「ひっ……!」


「大丈夫だ、怪しい者ではない」


 謎の男の登場に、チャームくんはアミュレットさんの陰に隠れてしまった。人見知りなのかとも思ったが……まあ、急に仮面付けた奴が現れたら、警戒するに決まってるな。


『エイト様! マーク様に、先日のお礼を……』


「あっちょっ……!」


「お、お嬢様……!」


「ふむ……?」


 手の中の石から放たれてしまった声に、俺は慌ててマークさんに背を向け、しゃがみ込む。


「あ、アリアさん……! 聞こえちゃってっから……!」


『も、申し訳ございません……! つい……!』


「とりあえず、ここは俺が対応するね……!」


『はい……お願いいたしますわ……』


 小声でやりとりしたあと、改めてマークさんに向き合った。


「こほん! マーク様! 先日は素晴らしいショーを見せていただき、本当にありがとうございました! とっても楽しかったですわ!」


「おっと、まさか王女殿下(でんか)直々にそのようなお言葉をいただけるとは……恐悦至極(きょうえつしごく)にございます」


 軽く首を傾げ、笑顔でお礼を告げると、マークさんは(うやうや)しくお辞儀をした。


「それで……高貴なる王女様が、このような辺鄙(へんぴ)な場所で何を……?」


「そ、それが……」


 さて、どこまで話すべきか。迷ったので一旦、アミュレットさんに視線を送ってみる。


「……実は少々、厄介事に巻き込まれてしまいまして……。どうにか解決はしたものの、あいにく馬車を扱えず、帰りあぐねているのです……」


 どうやら事情は秘密にするらしい。彼女は困ったような表情でそう言った。


「なるほど……それはお困りでしょう。しかしご安心を! 不肖(ふしょう)このワタクシ、馬車の扱いにも多少の心得がございます! その大役……よければこのワタクシに、お任せいただけませんか?」


 渡りに船とはまさにこのことか。アミュレットさんとアイコンタクトを交わしたあと、俺は彼に、にっこりと笑いかけた。


「ありがとうございます! それでは、お願いいたしますわ!」




 巡業でとある街を訪れていたマークさんは、遠くの空に見えた黒煙が気になってわざわざ馬を走らせたらしい。おかげで歩いて帰らずに済んだんだから、巡り合わせってやつに感謝しないとな。


 数十分ほどでその街には着いたものの、正式な外出ではないため所持金が無く、宿に泊まることもできない。ので、マークさんには悪いがそのまま王宮まで送ってもらうことになった。無事に帰れたら、王家マネーで盛大にお礼をしないと……。


 王宮までは相当時間がかかるらしいので、それまでは荷台で待機するしかない。冷たい板張りの床に敷かれたシーツの上で、俺は大人しく座り込んでいた。




「……お嬢様、王宮に戻ってからのお話なのですが……」


 運転席にいるマークさんには聞かれたくないのか、俺の対面に座っていたアミュレットさんが、声をひそめて言った。彼女に寄りかかってウトウトしていたチャームくんも、その声の深刻さに気付き、不安そうな表情を浮かべている。


「長年に渡る潜伏と、情報の漏洩、裏切りに誘拐……。(わたくし)のやったことは、到底許されるべきものではございません……。おそらく陛下は、(わたくし)を厳しく処罰されるでしょうし、(わたくし)もそれを、甘んじて受け入れるつもりでございます……」


『そ、それはっ……! うぅ……!』


 アリアさんも、事の重大さは重々理解しているはずだ。だからこうやって、言葉に詰まってしまったんだろう。


「どのような処罰になるかはわかりませんが……少なくとももう、貴方様にお仕えし続けることは叶わないでしょう……。『ずっとそばにいる』と約束したにもかかわらず、それを果たせぬこと、どうかお許しくださいませ……」


 ひどく悲しげな顔でそう言って、彼女は頭を下げた。


『そ、そんなのっ……! 嫌ですわ……!』


 手の中の石の振動が、一層強くなる。


『アミュレットだって、そうせざるを得なかったからやっただけでしょう……!? たしかに、少しだけ怖い思いはしましたが……そんなもの、あなたの受けた苦しみに比べれば、取るに足らないことですわ……! わたくしはもう、まったく気にしておりませんし……なにより、許す許さないという話ではありませんわ……!』


「お、お嬢様……」


『だってアミュレットは……! わたくしにとっても……かけがえのない、大切な人なのです……!』


 まるで泣きわめくかのように、彼女は必死に訴える。


『お父様には、わたくしも一緒に謝りますわ……! 罰ならわたくしも一緒に受けます……! ですからもう……わたくしから、離れないでくださいまし……!』


 消え入るような声で、彼女は言った。それを静かに聞いていたアミュレットさんの目が、わずかに潤んでいる。


「……お気持ちは、とてもありがたいのですが……そういうわけにも――」


「もういいじゃないっすか」


 彼女の言葉を遮るように、俺は言った。


「アミュレットさんだって、散々しんどい思いしてきたでしょ。もうこれ以上無理する必要ないっすよ」


 十年もの間自由を奪われていた人が、どうしてまだ罰を受けなきゃならないのか。俺には全く理解できない。


「それともなんすか、アリアさんとは、もう一緒に居たくないってことっすか?」


「――っ……! そんなわけないだろう……! (わたし)だって、許されるならお嬢様の(そば)に居続けたい……! しかし今の陛下が、裏切り者をそう簡単に許すわけが……!」


 たしかに、そもそもメイド内に裏切り者がいたことがきっかけで神経質になった国王が、全く同じ状況のアミュレットさんを許すわけもなく。


 かといって変に嘘をつけば、バレたときにさらに大変な………………あれ?


「……黙ってちゃダメなんすか?」


「だ、黙って……?」


「だってアミュレットさん、誰にもバレないよう秘密裏に王宮から出てきたんすよね? ってことは、他の人たちはアリアさんのこと、いつもどおり部屋でぐっすり眠ってるって思ってんじゃないっすか?」


 俺の言葉にアミュレットさんは、はっとしたように目をぱちくりさせている。


「目撃者もたぶんゼロっすよ? 馬鹿正直に話す必要ないんじゃないっすか? だって……バレなきゃ裏切りじゃあねぇんすよ……?」


 『犯罪行為の隠蔽』という邪道へアミュレットさんを導くため、俺は精一杯の悪い表情で、眼光鋭く彼女を見据えた。


『お、お父様に嘘を……!? で、でもっ……そうすれば説得する必要もなくなって……!』


 アリアさんも悪いことだとは思いつつ、それでも俺の提案に惹かれ、葛藤しているようだ。これは押せば通るな……。


「し、しかしお嬢様……! 陛下に隠し事をするだなんて……!」


「は? 一回裏切った人が何言ってんすか???」


「うぐっ……!?」


 そしてアミュレットさんの葛藤は一蹴しておく。


「っつーことで、このことは俺とアリアさんと、アミュレットさんとチャームくんの、四人だけの秘密ってことで!」


「ぇあっ……!? ぼ、ボクもですか……?」


「もちろん! 誰にもしゃべっちゃダメだよ?」


「あわっ……! わ、わかりました……!」


 立てた人差し指を唇に当て、軽くウインクをすると、彼は緊張を顔に滲ませながらも大きく頷いた。


「……はぁ。せっかく別れる覚悟を決めたというのに……腹を(くく)って損したな……」


 すっかり緩んでしまった雰囲気に、彼女は片手で顔を覆い、軽く首を振ってため息をつく。そして観念したように呟いたその声には、かすかに喜びが混じっているように思えた。


 やがて彼女は、しっかりと俺の目を見つめたかと思うと、座ったまま姿勢を正した。


「……お嬢様、こんな(わたくし)でよろしければ……これからもずっと、貴方様のお側にお仕えすることを、お許しいただけますか……?」


 そう言って、彼女は眉を寄せたまま微笑んだ。


『ええ……! ええ、もちろんですわっ、アミュレット……! これからも……よろしくお願いしますわね……!』


 そしてアリアさんは、感極まったように声を震わせていた。




 ――規則的な(ひづめ)の音と、不規則な馬車の揺れ。そのおかげか、シーツを敷いただけの硬い床でも、不思議と仮眠ができていた。


 ぼんやりとした意識の中で、優しく頭を撫でられているのに気付いた。薄く目を開けると、アミュレットさんがすぐ(そば)に座り込んでいる。


 俺とチャームくん、二人の頭に添えられたその手は、髪をゆっくり()かしていくかのように何度も何度も行き来する。愛おしそうに目を細めるその表情は、まるで愛する我が子に向けられたもののように、穏やかだった。


 その感情はもちろん、俺に向けられたものではない。けれどもその感触は、どこかくすぐったくて、温かかった。しばらくの間、俺はその心地よさに身を委ねていた。

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