037. 直接謝ってくださいね
「――あ! お姉ちゃん!」
嬉しそうなチャームくんの声に、後ろを振り返ると、森の中からこっちへ歩いてくるアミュレットさんの姿が見えた。
「チャーム、怪我は無いか……?」
「うん! 平気だよ!」
そう言って笑いかける彼の笑顔は、夜の闇を吹き飛ばすほどに、にこやかで……めちゃくちゃ可愛かった。
「それよりお姉ちゃん、ほっぺ怪我してるよ……?」
彼の言うとおり、アミュレットさんの頬には切り傷ができていた。血はすでに止まっているようだが、パックリと開いたその傷口は見ているだけで痛々しい。
「お姉ちゃん、しゃがんで?」
「ん……こうか?」
その場に膝を突いた彼女の顔に、チャームくんは手を添える。そして傷口をじっと見つめたかと思うと、突然、彼はそこにキスをした。
「ち、チャーム……!? なにを……!?」
「……ボクがこうするとね、その人の怪我が治っちゃうんだ。すごいでしょ?」
見るとすっかり、傷は消えてしまっていた。……魔法を使った感じじゃなさそうだし、そういうスキルなのかな……。
「……えへへ、やっと……お姉ちゃんにお返しができた……!」
「――っ……!!」
その言葉に、彼女ははっと息を呑んだ。そして彼の体を、ぎゅっと抱きしめた。
「すまない、チャーム……!! 私は……姉として失格だ……!! お前をずっとひとりぼっちにして……!! ずっと、辛い思いをさせて……!!」
声を詰まらせながら話す彼女の頬を、涙が伝い落ちていく。
「もっと早く……助けてやらなきゃいけなかったのに……!! 私は……私は……!!」
「……大丈夫だよ、お姉ちゃん」
細い腕で抱きしめ返し、優しく慰めるように、彼は呟いた。
「お姉ちゃんがずっと一人でがんばってたの、ボク知ってるから……。それに……優しいお姉ちゃんなら……いつか絶対助けに来てくれるって……! 信じてたから……!」
少しずつ、声が震えはじめる。
「だから……泣かないでよ……! お姉ちゃん……!!」
そして彼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ひぐっ……!! うえぇ……!! 会いたかったよぉ……!!」
――しばらくの間、二人は揃って泣きじゃくり続けていた。
少し肌寒い風が、静かに吹き抜けていく。
「アミュレットさん、謝らないといけない人、もう一人いますよね?」
「……ああ、そうだな」
小さく鼻をすすり、彼女は答えた。
「あんなことがあったから、気まずいんでしょうね。アリアさん、ずーっと黙ってるんすよ」
(はっ……!? あっ……う、うぅ……!)
「そ、そうなのか……?」
――崩れ落ちる城の様子を見にここへ来たとき、ドラゴンと対峙するアミュレットさんを見て、アリアさんは何か言いたげに鳴き声を上げていた。しかしそれ以降、彼女の声は一度も聞こえてこなかった。なんと声をかければいいのか、わからくなってしまっているんだろう。
「……勘違いしないでくださいね? 俺もアリアさんも、あなたが裏切ったから怒ってるんじゃないんですよ。色々事情があったこと、それしかやりようが無かったこと……よーくわかってます。……アリアさんも、あんなに怖くてしんどい思いをしたってのに、咎めるつもりは無いって、そう言ってましたから」
「そ、それは……! ……そう、なのか……」
何か言いたげに、彼女は言葉を詰まらせた。たぶんアミュレットさんは、厳しく責め立ててほしかったんだろう。そうすれば自分の中の罪悪感が、少しは解消されただろうから。
……そんな簡単には許してやんねーからな。罰されない罰ってやつを、まずは受けてもらおう。
「俺はね、あなたがアリアさんの心を、深く傷つけたから怒ってるんです。心当たり、ありますよね?」
俺の言葉に、彼女は黙ったまま顔を伏せた。
「……んじゃ、交代するんで直接謝ってくださいね」
まだまだ言いたいことはいくらでもあったが、それは一旦飲み込むことにした。
「こ、交代……?」
怪訝そうに呟く彼女を無視して、俺はその場に正座する。
「『凪ぐ意識』」
そして詠唱のあと、訪れた猛烈な眠気に身を委ねた。
ふわふわと、俺は空中に浮かんでいた。そのまま体をひねり、真下を見下ろす。
「エイト……? いったい、何を――」
その時、地面に正座したままのアリアさんが、突然涙を流しはじめた。
「ひぐっ……!! うっ、ううぅ……!!」
その泣きじゃくりかたに、どうやら覚えがあったらしい。アミュレットさんの表情が、驚きに変わった。
「お、お嬢……様……!?」
彼女の問いかけに、アリアさんは目元をこすりながら、小さく頷いた。
「『凪ぐ意識』……交代するといったのは、そういうことか……」
ぶつぶつと呟きながらも、彼女は姿勢を正し、アリアさんに向き合うように座り込んだ。
「……お嬢様、その……」
そしてひどく言いづらそうに、彼女は口を開いた。
「裏切り者の言葉など、信じられないかもしれないが……どうか、聞いてほしい……」
彼女はすっと、顔を伏せる。
「初めは、たしかに演技だった……。王家に、貴方に取り入るため、ただそれだけの……。けれど貴方と過ごすうち、自分の中で何かが……変わりはじめているのに気付いた……。しかしそれは、いずれ裏切ることが決まっていた以上、抱くべきではない感情だった……」
すすり泣くアリアさんに向けて、アミュレットさんは言葉を探すように話していく。
「……お嬢様と過ごしたあの日々は、まるで微睡みの中にいるように、心地よくて安らかな時間だった……。だから、そこから自分を無理やり、使命へと引き戻すために、あの場で私は………………私は、あんなことを言ったのです……」
そしてようやく、彼女の声色が柔らかくなった。
「申し訳ございません、お嬢様……。私は貴方様に、噓をつきました……」
そう言って、彼女は深く頭を下げる。
「……全てが演技で、偽りであると……あの時私が言ったあの言葉……それこそが、嘘……なのです……」
言いながら、ゆっくりと顔を上げた。
「お嬢様は私にとって……かけがえのない、大切なお方ですから……!」
目元に涙を浮かべ、声を震わせながら、彼女は優しく微笑んだ。
「ひっぐ……!! うあっ……!! うわああぁぁん!!」
大粒の涙をこぼし、大声をあげて泣き出したアリアさんを、アミュレットさんはしっかりと抱き寄せた。そんな彼女の頬にも、同じく大きな涙の玉が伝っていた。
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