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036. お前がどこまで逃げようと、私は地の果てまで追うぞ

◇ ◇ ◇




「ひっ、ひいぃっ……!! こんなっ、こんなところで……!!」


 夜の森を、クローディウスは荒い息を吐きながら必死に逃げていた。ドラゴンの背から落ちた拍子に痛めた左足の激痛が、彼の顔を(ゆが)ませている。


「ラーティーズ!! 何をやっているのです!! 早く私を助けなさい!!」


「く、クローディウス様……!?」


 馬車の(かたわ)らでうずくまったままの部下に、クローディウスは怒声を飛ばした。ラーティーズは慌てて跳ね起きるも、体にはまだ痺れが残っており、たまらず膝を突いた。


「も、申し訳ありません……!! あのガキが、魔法を……!!」


「言い訳など聞きたくはありません!! あの女を止めなさい!!」


 足を引きずり、なんとかたどり着いた馬車の荷台に手をつきながら、クローディウスはアミュレットを指差し叫んだ。ゆっくりと迫りくるアミュレットの前に、ラーティーズが立ちはだかる。


「てめぇ……!! 裏切りに裏切りを重ねるつもりか……!?」


「……退()け、貴様に用はない」


 ラーティーズを見上げるアミュレットの目が、ひどく冷え切っている。それが彼の怒りを、一気に頂点へと押し上げた。


「お前のその目が、気に入らねぇんだよぉ!!」


 掴みかかるように伸ばされた両手は、アミュレットの首元へと向けられていた。それを彼女はひらりと(かわ)し、その場で軽く跳び上がる。


 よろめく体を立て直し、再度掴みかかろうとしたラーティーズの顔面に――空中から打ち下ろすような蹴撃(しゅうげき)が叩きこまれた。


 地面に叩き付けられ、転がった彼の頭部は、もはや原型を失っていた。


「ら、ラーティーズ……!? 何を、やっているのです……!?」


「……次は貴様だ」


「ひぃっ!?」 


 向けられた殺意に、クローディウスの喉から悲鳴が漏れる。慌てて振り返り、逃げようとした拍子に足がもつれ、彼は地面に倒れ込んだ。


「諦めろ。お前がどこまで逃げようと、(わたし)は地の果てまで追うぞ」


 その場で仰向けになり、上体を起こしたまま()うように後ずさるクローディウスを、アミュレットは冷ややかな目で見つめていた。


「……(わたし)たちから全てを奪った、その報いを受けてもらう……」


「ば、馬鹿な真似はやめなさい……!!」


 一歩ずつ、ゆっくりと近付いてくるアミュレットに向かって、クローディウスは片手を突きつけた。


「あ、あなたたち姉弟を育てるのに、いったいどれほどの労力をかけたと思っているのですか!? 感謝される(いわ)れはあれど、恨まれる筋合いなどこれっぽっちもありませんよ!?」


「……呆れて物も言えないな……」


 クローディウスの言葉に、アミュレットは思わず目を伏せ、ため息をつく。


「この……!! 恩知らずがァ!!」


 その瞬間、クローディウスの手から黒い影が飛び出し、アミュレットに襲い掛かった。


「――だろうな」


 爆発音とともに放たれた回し蹴りが、黒い影を一蹴(いっしゅう)した。


「なっ、なにいイィィ!?」


 影は痛々しい悲鳴を上げながら吹き飛び、木の幹に叩き付けられたかと思うと、そのまま動かなくなった。


 ――炎魔法によるジェット噴射で加速された金属製のブーツは、クローディウスの虎の子であり切り札であった、『ダイアウルフ』の鋭い牙をものともせず、一撃でその頭蓋(ずがい)を蹴り砕いたのだった。


「計画の準備に十年以上を費やすような男だ。何か奥の手を残していることなど、予測に容易い」


「バカな……!! ありえない……!! おっ、お前のような、小娘にィ!!」


 秘中の策をも看破されてしまったクローディウスの、化けの皮がついに剥がれ落ちる。


「ふざけるなァ!! 人の世を知らぬエルフ風情がっ!! お前に俺のっ、何がわかるゥ!!」


「……妄言吐(もうげんは)き、か?」


「違う!! 正当なる王はこの俺だァ!! 間違っているのは、この世界のほうなんだアァ!!」


 血走った眼で怒号を上げるクローディウスを、アミュレットは冷めきった眼差しで眺めていた。


「……貴様がいったいどんな人間なのか……ようやくわかった気がするよ……」


 そう呟きながら彼女は場所を変え、地面に倒れ込んだままのクローディウスの頭上へと、その足を構えた。


「そっ、そんな目でっ、私を見るなアアアァァァ!!」


 ――その叫びは、熟れた果実が潰れるような音とともに、夜の闇に沈んだ。




◇ ◇ ◇

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