035. いっけえぇぇぇぇぇぇぇええっ!!
ブレスが止み、焦げ臭い匂いが辺りに充満している。後から慌てて追加した二層目のバリアすら、少し溶けかけているのが見えた。
……防御魔法、教わっといてよかったぁ……。
「帰ったらシオンさんにお礼言お……」
俺の背後にはアミュレットさんと、その弟らしき少年。そして目の前には、クソデカドラゴン。
うおお本物のドラゴンだぁ!! と、言いたいところだが……威圧感がすごすぎるのと、ちょっとでも気を抜けば焼き殺されていたという恐怖で、ちょびっとだけ足が震えていた。
「エイト……すまない、私は……!」
「ストップ! 謝んのは俺にじゃないし、そんな状況でもないでしょうが! ほら立って! またブレス飛んできますよ!?」
「うっ、あっ……!? そ、そうだな……!」
本当は一発ビンタしてやらないと収まらないくらい怒ってはいるが……それはあとの楽しみにとっておくとしよう。
「アミュレットォ!! あなた私に、嘘をついていましたねェ!?」
不意に、赤の竜の背に乗ったクローディウスが、アミュレットさんに向かって怒号を上げた。
「ドラゴンのブレスにすら耐えられるほどの防御魔法を張れるガキがァ!! 無才なわけがないでしょう!! よくもこの私をォ!! 騙してくれましたねェ!!」
「声デカっ……」
思わず引いてしまうぐらいのハイテンションで、クローディウスがなんか言ってる。
「こうなってしまってはァ!! そのガキを傀儡としての搦手も全ておじゃん!! 全く、やってくれますねェ!!」
……その割にはなんか楽しそうだな、あいつ……。
「名残惜しいですがしょうがない!! 諸共ォ!! こいつで踏み潰してしまいましょう!!」
クローディウスの叫びを合図に、ドラゴンは大きく翼を羽ばたかせて飛び立った。
「わー!? すげー風!!」
台風とかよりよっぽど強い風圧に、吹き飛ばされそうになるのをなんとか踏ん張る。
「……って!? やべっ!?」
思わずつぶってしまった目を開けたときには、すでにドラゴンの巨体は俺の頭上に降り注ぎつつあった。……ブレスはなんとか耐えれたけど、これバリアもつか!?
――そう思った瞬間、聞き覚えのある爆発音とともに、体が後方へ勢いよく引っ張られた。
「跳ぶぞエイト!」
「わっ!? あ、あざっす!」
どうやらアミュレットさんが助けてくれたらしい。俺と弟くんを両脇に抱え、彼女はジェットブーツの跳躍力で一気に後方へ距離を取った。
そしてドラゴンの巨体が地面にぶつかると、凄まじい轟音とともに大量の土煙が辺りに広がった。
「やっべー……! マジのドラゴンマジやべー……!」
あまりのヤバさに語彙を失ってしまったが、こうやってふざけてないと恐怖でちびってしまいそうなので許してほしい。
「『紅炎の赤竜』……禁域に生息する魔物か……。クローディウスめ……こんな化け物を手に入れていたとは……」
解説の中に興味深い単語が聞こえたが……のんきに興奮してられるような状況ではない。
「なんでそんなバケモンが、あんなクソ野郎の言うこと聞いてんすか……!?」
アミュレットさんに小脇に抱えられたまま、俺は問いかける。
「それが奴の、クローディウスのスキルだからだ……。どんな魔物も、奴にとっては手駒に過ぎない……」
おいおい、魔物使いかよ……! そいつ生み出すのに、だいぶ配合繰り返したんじゃないか……!?
「ドラゴンの類は、体表が硬い甲殻に覆われている……。そのせいで生半可な攻撃では、傷一つ付けることもできないだろう……。なんとか隙を見て逃げるしか……」
「え!? 逃げんすか!? 俺戦えますよ!?」
「……たしかにお前の『魔力収束砲』は、お嬢様のスキルもあって絶大な威力を発揮するだろう……。しかしあの魔法は、魔力をそのまま撃ち出すことによって生じる熱エネルギーによって、対象を攻撃するものだ……。高熱を操るドラゴンの甲殻に、効果があるかどうか……」
「おぅふ……」
そういえば最初に撃ったときも、スライムが蒸発して後ろの壁が赤く溶けてたっけ……。アレって閃熱系の魔法だったんだ……。
「お、お姉ちゃん!! ドラゴンがっ!!」
「ッ!! また跳ぶぞ!!」
「えっ、わわっ!?」
そう叫び、アミュレットさんは空へ跳んだ。その瞬間、俺たちがいた場所を炎が包み込んだ。
「逃しませんよォ!!」
クローディウスは相変わらずテンションが高く、ドラゴンは開いた口元から、炎を漏らしながら俺たちを見上げていた。
「――あっ!!」
落下中に見えた景色が、俺の脳内に電流を走らせた。
「なんだ!? どうしたエイト!?」
「アミュレットさぁん! このままっ、あいつの真上まで行けますか!?」
「真上……!? 行けるが……何か策があるんだな!?」
「はい!」
力強く返事をした俺に、アミュレットさんは大きく頷いた。
「チャーム! もう少しだけ我慢してくれ!」
「う、うん! わかったよお姉ちゃん!」
俺とは逆側に抱えた弟くんと言葉を交わしたあと、彼女は空中を蹴り上がるように、何度もジェット噴射を繰り返して高度を上げた。
「フハハァッ!! 自分から逃げ道を無くすとは愚かな!! 望みどおりィ!! 焼き尽くして差し上げましょう!!」
その叫びを合図に、ドラゴンの口内が赤く光り輝いたかと思うと、そこから凄まじい勢いで炎が噴射された。岩をも溶かす高熱の奔流が、まっすぐに空を昇ってくる。
――狙うは一点、そのド真ん中。
「『全霊を以て、標的を穿て』!」
アミュレットさんに抱えられたまま、俺は両手をドラゴンに向かって突き出した。
「『魔力収束砲』!!」
展開された魔法陣から、甲高く歪んだ独特の発射音とともに放たれたのは、初めて撃った時の、半分以下の細さのビームだった。それはまっすぐに、ドラゴンの吐くブレスに向かっていく。
――そしてそれらがぶつかったその瞬間、ビームがブレスの中を突き抜けていった。
「いっけえぇぇぇぇぇぇぇええっ!!」
視界を埋め尽くさない程度に規模を絞り、魔力の密度を高めることで貫通力を引き上げる。『有声詠唱』によってカスタマイズされたハイパービームが、ブレスを一直線に貫いていく。避ける暇もないままに、ドラゴンの口内へビームが叩き込まれた。
――こちらを見上げたまま動かなくなったドラゴンの口の奥、ぽっかりと開いた大きな穴の向こうに、赤く溶けた地面が見えた。
「っし! 討伐完了っ!」
頭の中でファンファーレを流しながら、俺はガッツポーズをした。そしてアミュレットさんに抱きかかえられたまま、力無く地面に倒れ込むドラゴンを横目に、俺たちは着地した。
「――そ、そんな……!! 馬鹿な……!! ありえない……!!」
衝撃で吹き飛ばされたのか、いつのまにか地面に倒れ込んでいたクローディウスが、何やらぶつぶつ言っている。
「こいつを手に入れるために……!! どれだけの時間と犠牲を払ったと……!!」
ドラゴンの亡骸を見つめるその顔は、ひどく青ざめていた。
「……エイト、チャームを……弟を頼めるか?」
「え? あ、はい……?」
「お、お姉ちゃん……?」
アミュレットさんの言葉に、弟くんと二人、揃ってきょとんとしてしまった。そんな俺たちを置いて、彼女はゆっくり、クローディウスのほうへと歩いていく。
「クローディウス……」
「……はっ!? あ、アミュレット……!! 何のつもりです……!?」
彼女の接近に気付いたクローディウスが、慌てて立ち上がる。
「もう、わかっているだろう……」
「ひぃっ!? く、くるなああぁぁ!!」
怯えた様子で叫び声を上げたかと思うと、クローディウスは足を引きずりながら森の中へ逃げていった。
その時、振り返ったアミュレットさんと目が合った。彼女がこれから何をしようとしているのか、なんとなくわかった。
――そのまま、彼女はクローディウスの後を追っていった。
「……俺は、それでいいと思いますよ」
きっと彼女は、『自分の運命に決着をつける』つもりなんだろう。それは世間的には、決して許されるようなことではないのかもしれない。けれども俺は、彼女の選択を肯定すべきだと、そう思った。
「そうだ、チャームくん……だっけ? 怪我はない?」
「あっ、はい……! だ、大丈夫です……!」
そう返答した彼も、アミュレットさんと同じ青髪だった。しかし、ちゃんとした手入れもしてもらえていないんだろう、髪はボサボサに伸び放題だ。目元に垂れた前髪の隙間から覗く表情は、どこか緊張しているようだった。
……ってか、さっきまではそれどころじゃなかったからよく見てなかったけど……この子、めちゃくちゃかわいいな……?
「えっと、アミュレットさんの……弟……? だっけ……?」
「あっ、そ、そうです……!」
見た感じは、俺と同い年くらいだろうか。背丈も同じくらいで、長い間監禁されていたせいか体は細く、月明りに照らされた肌がすごく白く見える。軽く上擦った声はまるで女の子のようで、長い髪も合わさって……つまりは、『男の娘』ということだな……。
「あ、あのっ……! あ、アリア王女……ですよね……?」
「え、あー、えと……」
不意に問いかけられ、返答に困ってしまった。けどまあ……アミュレットさんの弟くんだし、正直に話しても問題はないか。
「すっげーややこしくてごめんなんだけど……アミュレットさんも、戻ってくるまでちょっとかかりそうだし、一から説明するね」
「あっ、はい……? よ、よろしくお願いします……?」
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