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029. ヤバいってマジで!! なにやってんの!?

「――初めから(わたくし)には……貴方様の隣に立つ資格など、無かったのでございます……」


 両親を殺され、弟を奪われ、自らも地獄のような日々を過ごした。そんな壮絶な過去を、アミュレットさんは声を震わせながら語った。


「うそ……噓ですわ、そんな……! アミュレットが、スパイだなんて……!」


 目元に涙を浮かべながら、ひどく青ざめた顔でアリアさんは呟いた。


「だってアミュレットは……! いつだって、わたくしに優しくっ……!」


「いえ、嘘ではございませんわ……。この優しさも、穏やかな口調も……貴方様に取り入るために作り上げたもの……。王家へさらに深く入り込むための、演技にございます……」


 そう否定したアミュレットさんは、アリアさんに対し、目も合わせようとしなかった。


「……ずっと、そばにいると……! そう言ってくれたのもっ……嘘だったのですか……!?」


 アリアさんは必死に涙をこらえながら、絞り出すような声で問いかけた。


 一瞬だけ、アミュレットさんは眉を寄せ、感情を噛み潰すように歯を食いしばった。そして無言のまま、顔を伏せた。


「全ては……! 自由を、弟を取り戻すための……偽りに過ぎませんわ……!」


 吐き捨てるようなその言葉に、アリアさんは今にも泣き出しそうに、小さく息を詰まらせた。


「――そうだ……(わたし)は、チャームを助けなければならないんだ……!」


 そして顔を上げた彼女の表情は、どこか悲しげで、ひどく冷たかった。


「お嬢様……悪いが少し、拘束させてもらう……!」


「ひぐっ……!? いやっ、いやあああぁ!!」


 金切り声を上げて逃げ出そうとしたアリアさんの腕を、アミュレットさんはぐっと引き寄せ、そのままいとも簡単に組み伏せてしまった。二人の動きに合わせ、ベッドがぎぃぎぃと音を立てる。


(待って待って待って!? ヤバいってマジで!! なにやってんの!?)


 ここまで黙って聞いてたが、そうもいかない状況になってしまった。いろんなことが起きすぎてて目が回りそうだ……。


「この階には誰も近付かせないよう、警備の者には言ってある……。どれだけ叫ぼうが無駄だ……!」


 彼女の手にはいつのまにか、細い縄のようなものが握られていた。スカートの中にでも隠していたのだろうか。やっぱロングスカートって、物隠すのに便利よねぇ。


(言ってる場合か! やめなよアミュレットさん! アリアさんが怪我しちゃうよ!!)


 慌てて介入しようと手を伸ばすも、俺の手は二人の体をすり抜けてしまった。……クソッ、なんでこんなときに限って、幽体離脱なんかしてっかなぁ……!


(幽体でも魔法は撃てたりしないか……!? なんか、マヒさせるやつとかあったはず……!)


 その間にもアミュレットさんは、暴れるアリアさんの手足を無理やり、ぐるぐると縛りつけていく。焦る気持ちをぐっとこらえて、意識を集中するが……。


(――だ、ダメだ……! 魔法陣が出ないし、そもそも魔力が感じられない……!)


 他人には触れられず、魔法も撃てないとなると、もはや傍観するしかないのか……?


「んむっ……!? んぐっ、むー……!!」


 ついにはアリアさんは、大声を出せないよう口元に布を噛まされてしまった。苦しそうに(うめ)き声を上げる彼女の涙が、シーツに大きな染みを作っている。


 ……何もしてあげられない歯痒(はがゆ)さとともに、アミュレットさんに対する怒りが俺の中に、はっきりと目覚めつつあった。


(ふざけんな……! なにやってんだよアミュレットさん!! こんなひどいことして、あんたなんとも思わないのかよ!!)


 アミュレットさんの境遇を知り、その辛さを理解したうえでなお、俺は彼女に怒声を浴びせかけた。それが誰にも届くことはないと、わかっていながらも、心の内から突き上げてくるものを我慢できなかった。


「これでいい……。あとは見つからないよう、王宮を出るだけだ……」


 そう言って彼女は、アリアさんの体をシーツで包み隠すようにしてから担ぎ上げた。薄手のシーツではあるが、ぱっと見では何が入っているかわからないだろう。もぞもぞとうごめくシーツの中からは、アリアさんの泣き声が聞こえ続けている。


「お嬢様、あまり暴れないでくれ……。もし誰かにバレてしまったら、(わたし)はそいつを、殺さなければならなくなる……」


「んむぐっ……!?」


 息を呑むような音とともに、シーツは動きを止め、静かになってしまった。


(マズい……どうにかしないと……!!)


 このままではアリアさんが誘拐されてしまう。しかし、俺が幽体離脱? してしまっているこの状況では、どうすることもできない。何か手は無いのか……!?


 なんてことを考えているうちに、アミュレットさんはスタスタとドアのほうへ歩いていってしまった。


(――おわっ!?)


 突然、体がアミュレットさんのほうへ向かって引っ張られはじめた。


(な、なんだこれ!?)


 よく見ると、俺の胸から何か、赤い紐のようなものが飛び出しているのに気付いた。それを目でたどると、その先はアミュレットさんが担いでいるシーツの中へと繋がっている。


 ……もしや、アリアさんと繋がってる……? この紐の範囲でしか、俺は動けないってことか?


(……じゃあ俺、いま風船みたいになってんのか……)


 だからって何か、状況が変わるわけじゃない。この紐も結局、触ろうとしたらすり抜けてしまった。依然として傍観者になるしかない俺は、アリアさんが誘拐されていく道のりを、上からぼーっと眺めていることしかできなかった。

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