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028. あなた方には、特別な任務を与えるとしましょう……

◇ ◇ ◇




 セントリアル王国より遥か北西に位置する、『スカラニア』と呼ばれる地域で、アミュレットは産まれた。自然に溢れ、原初の息吹が色濃く残るその地域は、森とともに生きる『エルフ』たちに残された、最後の楽園であった。他種族との交流が盛んとなり、種族間の垣根が取り払われたとされる現代においても、その地域ではいまだ排他的な思想が根強く残っている。


 スカラニアでは数百人程度の小規模なコミュニティが点在しており、彼女の生まれた村もまた、その一つであった。深い森の奥で、自然に寄り添い生きるその暮らしは、彼女を優しく穏やかな性格へと導き育てていった。


 ほどなくして、弟のチャームが生まれた。彼はどこか気弱な性格をしており、夜になると訪れる深い闇に、いつも怯えていた。


 弟に優しく寄り添い続ける日々の中で、アミュレットは自分が不思議な力を持っていることに気付いた。弟の目を優しく、手で覆ってやると途端に、寝息を立てはじめるのだ。そしてもう一度手で覆うと、ふっと目を覚ます。


 その特別な力を、彼女はとても気に入っていた。弟の不安を、自らの手で取り去ってやれるからだ。そしてチャームも、そんな優しい姉のことが大好きだった。


 愛おしい日々の中で、二人は互いに寄り添い生きていた。




 アミュレットが十二歳を迎えた頃の、ある晩。村を凶暴な『オーク』の群れが襲った。


 彼らオークは、人型ではあるが知能は低く、他種族との交流もできないため魔物として分類されている。イノシシに似た頭部を持ち、でっぷりと太ったその巨体は、大きいもので三メートル近くにもなる。


 硬い体表と強靭な腕力を誇るオークたちが数十頭、夜の闇に紛れるように突然現れたのだ。寝込みを襲われたエルフたちが対応できるわけもなく、一夜にして村は蹂躙されつくし、木々は血で染まった。


 知能が低いはずのオークが、なぜ夜襲(やしゅう)などという作戦じみた行動を取れたのか。なぜ、この地域に生息していないはずのオークが突然現れたのか。襲撃が何者かの手引きであることは、明白であった。




 むせ返るような血の匂いが立ち込める村の中心部には、十数人の子供が集められていた。生き残ったのは、彼らだけだった。周囲を囲むように配置されたオークたちから少しでも距離を取ろうと、子供たちは互いの体を抱きしめ合いながら怯えていた。そしてその中には、アミュレットとチャームの姿もあった。


「クローディウス様! それで全員のようです!」


「たったこれだけですか……? もう少し大きな村を狙うべきでしたね……」


 瓦礫の中から聞こえた青年の声に、そのヒューマンの男――クローディウスは不満そうに呟いた。


「まあ、そう大人数は一度に調教できないでしょうし、これで我慢するとしますか」


 そう言って、彼は背後で怯えていた別の男に向けて指を鳴らした。


「あなたの出番ですよ! さっさと『鑑定()』なさい!」


「ひ、ひいぃっ!!」


 悲鳴を上げながら、男は子供たちのほうへと駆け足で向かう。そして怯える彼らをじっくりと、端から順番に一人一人見つめていった。


「か、鑑定できました!」


「よろしい。では一匹ずつ聞いていきましょうか」


 そして男は、エルフの子供たちそれぞれが持つ『スキル』の鑑定結果を、クローディウスに伝えた。




「まったく……! 期待外れにもほどがありますね……!」


 苛立ちを眉に浮かべながら、クローディウスは言った。


「まあいいでしょう……。スキルが弱かろうと、エルフという種族の魔法適正の優位性は揺るぎませんからね」


 ――他種族と比較した際のエルフの特徴として、長く尖った耳と少し長めの寿命、そしてもう一つ、『魔法という概念への親和性』というものがある。これは簡単に言うと、他の種族よりも魔法の習得速度が速いというものだ。歴史に名を(のこ)す高名な魔術師たちに、エルフが多いのもそのためだ。


「あ、あの! もう、行ってもいいですかね……!?」


 恐る恐る問いかけたこの男は、『他人のスキルを鑑定することができる』というスキルを持っていたため、脅され無理やり連れてこられていた。


「あぁ、もちろん。あなたにもう用はありませんからね」


 クローディウスのその言葉に、男は安堵(あんど)の表情を見せる。


 ――しかし次の瞬間、クローディウスの手元から黒い影が飛び出したかと思うと、男の喉元から(おびただ)しい量の鮮血が噴き出しはじめた。


 その場に崩れ落ちた男の(かたわ)らには、黒い狼のような見た目の魔物『ダイアウルフ』が、口から血を垂らしながらクローディウスの指示を待っていた。


「もっとも、計画の一端を知っている以上、逝くのはあの世ですがね……」


 子供たちの悲鳴が辺りに響き渡る中、クローディウスは呟いた。


 ――クローディウスのスキル、『魔心掌握(キャッチゼムオール)』は、倒した魔物に手で触れることで対象を異空間へ格納し、無限にストックしておくことができるというものだ。格納した魔物はいつでも出し入れが可能で、自由に使役することができる。村を蹂躙したオークたちや、男の喉笛を食いちぎったダイアウルフも、彼が自らの手で集めた戦闘用の駒だった。


「さて! 君たちにはこれから、私の手となり足となり働いてもらいます! 逆らえばどうなるかは、いま見せましたからね? よーく考えて、行動することです!」


 怯え切った様子の子供たちに向け、彼は言った。そしてゆっくりと、アミュレットのほうへと向かっていった。


「……あなたと、その少年……なかなか面白いスキルを持っていますね? あなた方には、特別な任務を与えるとしましょう……」


 アミュレットとチャーム、二人の顔を舐めるように眺めながら、クローディウスは下卑(げび)た笑みを浮かべていた。




 没落した貴族の生まれであるクローディウスは、高い地位というものに異常なまでの執着を示していた。それは彼の祖父がうわごとのように繰り返していた、『自分たちは十二貴族の末裔(まつえい)である』という言葉に影響を受けたものだ。衣食住に困ることはなかったが、世の貴族たちのように裕福ではない日々。それが、彼は気に入らなかった。募る鬱憤が彼の性根を捻じ曲げ、ついには、『自分こそが正当なる国王に相応しい存在である』という、飛躍した発想へとたどり着くこととなった。


 王家の転覆と王国の乗っ取り。それが彼の野望であった。




 エルフの子供たちを連れ、スカラニアをあとにしたクローディウスは、セントリアル王国より東に三十キロほど離れたところにある、とある廃城を訪れた。そこは遥か昔、王国に(あだ)なすものとして十二貴族によって滅ぼされた、ある貴族が使っていたものだった。


 クローディウスは、そこで子供たちに魔法の技術を叩き込んだ。それは自らの手駒として、さらに強い魔物を手に入れるための戦闘要員として育てるためであり、魔法の適性が高いエルフの子供を選んだのもそのためであった。恐怖と暴力によって育てられた子供たちは、やがて抵抗の意思すら完全に削がれ、物言わぬ従順な兵隊として完成しつつあった。




 一方アミュレットは、彼らとは別の教育を施されることとなった。彼女のスキル、『微睡の導き手トゥインクル・リトル・スター』は、手のひらで相手の両目を覆うことで対象を瞬時に眠りへ落とすことができ、もう一度手で覆うまでは眠り続けるため、対象の無力化という点では非常に有用なものであった。上手く使えば国王自身を誘拐、人質に取ることすら可能であると、クローディウスは考えた。


 しかし、その力を活かすためには対象のすぐ(そば)にいなければならない。となればアミュレットは、王家へと潜り込ませておくのが賢明だろう。そうすればいつでも身柄を確保することができ、さらには王家の内部事情をも手に入れることができる。そう考えたクローディウスによって、アミュレットには王家へ潜り込むための、スパイとしての訓練が開始されることとなった。




 鉄格子に囲まれた冷たい石床の上、山積みにされた本を指差しながら、クローディウスは言った。「これら全てを頭に叩き込み、王家のメイドとして相応しい知性と作法を身につけなさい」と。なおも反抗的な目を向けるアミュレットに、彼は「弟がどうなってもいいんですね?」と付け加えた。たったそれだけで、彼女は反抗の意思を失ってしまった。そして彼は、泣きじゃくる弟をどこかへ連れて行ってしまった。それ以来、彼女が弟に会う機会は一度として与えられなかった。


 狭く暗い牢の中で、弟とも引き離されてしまったアミュレットは、必死にページを(めく)り続けた。脳裏によぎるのは、オークにゆっくりと踏み潰されていく父の、苦痛に(ゆが)んだ顔。そしてオークの醜悪な肉体に組み伏せられ、引き裂かれるような痛みによって上げさせられた、母の悲鳴だった。


 自分が折れれば、弟が同じ目に遭う。彼女の頭にあったのは、それだけだった。




 それから四年後、アミュレットは無事王家のメイドとして召しかかえられることとなった。そんな彼女に、クローディウスは王家の情報収集の指令を与え、『全てが終われば弟ともども解放する』という約束まで取り交わした。そんなかすかな光に、彼女は(すが)りつくように働きはじめた。その働き振りは、新人メイドの中に非常に優秀な者がいるという噂が、国王の耳に入るほどであった。




 その一年後、国王直々の命により、アミュレットは王女付きの侍女(じじょ)として、幼いアリアに仕えることとなった。


 アリアは、その頃にはすでに周囲から、過剰な期待を向けられていることに気付いていた。それがプレッシャーとして重くのしかかり、元々内向的な性格だったせいもあってか、彼女はいつも、どこか怯えた様子だった。


 その姿を、弟と重ねてしまうのは、アミュレットにとって必然であった。




 メイドとして潜入しはじめてからは月に一度、クローディウスへの報告の際に、通信越しではあるが弟と会話することも許されるようになっていた。それが彼女の唯一の希望となり、そして彼女の心を緩ませる要因ともなった。


 いずれは裏切ることが決まっている。だから情を持ちすぎないよう、アミュレットも用心していたはずだった。だが、幼いアリアとの交流は緩んだ彼女の心に入り込み、抱くべきではない感情をゆっくりと育てていった。




 潜入開始から六年が経ち、アミュレットの中ではもはや、アリアという存在が何者にも代えがたいものとなってしまっていた。


 十年前のあの惨劇を忘れたわけでも、弟への愛が薄れてしまったわけでもない。それでもゆっくりと、(ほだ)されていく感覚。それに気付いていながらも、彼女はそんなぬるま湯のような日々に、心を預けてしまった。


 それが自分自身の首を絞めることになると、わかっていながらも彼女は、いつしか目を逸らしてしまっていた――。




◇ ◇ ◇

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