027. い、いったい何が起きたのでしょうか……?
◇ ◇ ◇
華奢なその身体から力が抜けたのを確認すると、アミュレットはそのまま、腕を太ももの下に回して抱き上げた。そしてゆっくりと、ベッドのほうへと運びはじめる。その間彼女は、腕の中ですやすやと寝息を立てるその顔に、目を向けることすらできなかった。
ベッドの上へ仰向けに寝かせたあと、彼女はひとつ、大きく息を吐いた。その吐息は、かすかに震えていた。
――あとはバレないよう、秘密裏に運び出すだけだ。それにたとえ、誰かに気付かれたとしても、メイド長という地位がありとあらゆる弁明を正当なものにしてくれるだろう。なにも難しいことはない――。
それでも彼女は、その場から動けず、立ち尽くしていた。
「――エイト様……?」
「っ!?」
その呟きに、アミュレットは大きく体を跳ねさせた。驚愕の目線が向けられた先で、ゆっくりと、『彼女』が体を起こす。
「エイト様、大丈夫でございますか……? 先ほどからお声が、聞こえなく……?」
言いながら彼女は、自分の意のままに動く手を、不思議そうに見つめていた。
「……ふえっ!? か、体がっ、動かせますわ!?」
「そんな、馬鹿な……!? ありえない……!!」
慌てふためく『アリア』のことを、アミュレットは信じられないといった様子で見ていた。
「――あっ! アミュレット! 見てくださいまし! わたくしっ、元に戻れたかもしれませんの!」
自らの意のままに体が動く。そんな当たり前の感覚に彼女は喜び、はしゃいでいる。
「あっ、で、でも……! エイト様の声が、聞こえなくなってしまって……! い、いったい何が起きたのでしょうか……?」
一転、不安そうに彼女は呟いた。
「……きっかけは、私のスキルか……? であれば……エイトという人間の魂が強制的に眠りにつかされたことによって、裏に押し込められていたお嬢様の魂が、表層へと浮上することができた、ということだろうか……」
「な、なるほど、ですわ……?」
アミュレットは冷静に分析するも、アリアはいまいち理解できないままに、語尾を上げた。
「で、ではエイト様は、いなくなってしまわれたわけではなく、わたくしの中で眠られているだけ、ということですの……? それなら、安心ですわ……」
アリアは安心したように、ほっと息をついた。
「……まさか、こんな簡単に解決できてしまうとはな……。まあ、今更わかったところで、もう遅いが……」
対照的に、アミュレットはため息をつく。
「と、ところで……! アミュレットのスキルはたしか、『炎を操る魔法への適性』ではなかったでしょうか……? それとも、わたくしの記憶違いであったり……?」
アミュレットの様子が普段とは違うことに気付き、アリアは戸惑いつつもそう問いかけた。
「……問題は、『無力化』ができないことだな……。仮に、『強制的な入眠』が切り替わりのスイッチなのだとしたら、もう一度スキルを使っても眠らせることはできないどころか、エイトの魂を起こしてしまう可能性がある……。そうなった場合、抵抗するために高威力の魔法を撃たれる危険も……」
しかし当のアミュレットは、まるで聞こえていないかのようにぶつぶつと何かを呟き続けている。
「……このまま運ぶしかないか……。まあ、エイトが出てきさえしなければ、大した抵抗もできないだろう……。念のため、猿轡でも噛ませておくか……。できれば、手荒な真似はしたくなかったが……」
「ひっ……!? あ、アミュレット……!? なにをっ……!?」
目も合わせずに独り言を重ねるアミュレットの異様さに、アリアの喉から怯えが漏れた。
「……いや、少なくとも王宮を出るまでは、万全を期すためにも手足を拘束しておくべきだな……」
そう言ってアミュレットは、不意にアリアに向けて手を伸ばした。彼女の目はアリアに向けられていながらも、何も映していないかのように虚ろで、黒く沈んでいた。
「ひっ!? きゃあああぁ!!」
恐怖に歪んだアリアの叫びが、部屋の中に響いた。
◇ ◇ ◇
……なんだか、体が軽い。水の上に浮かんでる時みたいな、ふっかふかの布団の上で寝転んでる時みたいな、そんな感覚だ。
ゆっくりと、まぶたを開けてみる。眩しさに耐えつつ見えたのは、不思議な光景だった。
(……え、俺浮いてる……?)
まるで、天井付近に設置されたカメラからアリアさんの部屋の中を見下ろしているような、そんな変わった視点になっていた。横を見ればシャンデリアがあるし、目の前にはベッドがあって、滅多に見られないであろう天蓋の上部が見えている。
(どうなってんだこれ……)
直前の記憶がいまいち思い出せない。アリアさんに魔法を教えてたのは覚えてるんだけど……。もしかして、空を飛ぶ魔法かなんかを無意識に使っちゃったとか……?
(んっ! よっ! おぉ、泳げばいける!)
空中を掻くように手を動かすと、水中を泳ぐように移動できることがわかった。結構自由に動けるから、思ったより楽しいぜ!
(ほっ! ……あれっ!? なんで!?)
シャンデリアに触れようと伸ばした手が、するりとすり抜けてしまった。マジでどうなってんだこれ……。
……待てよ? 宙に浮いてて、物をすり抜けるって……それ、幽霊じゃね……?
(え!? 俺死んだ?! また!??)
ついこの前死んで、念願の異世界転生者になれたばっかだってのに!? まだ特級魔導士になってないのに!?
(待て待て、落ち着け……! こんなときこそクールに、冷静に……)
一旦素数を数えつつ、よく思い出してみよう。たしか、アリアさんが魔法を覚えるのを手伝ってて……終わったころにアミュレットさんが帰ってきて……そんでいきなり、アミュレットさんに抱きしめられて……手のひらで目を隠されて……?
(なんか、いきなり眠くなったんだよな……。しかも、全身麻酔かけられたときみたいに、我慢するとかそういう次元じゃない強さの眠気がきて……。それで、寝落ちしちゃった感じか……?)
なんで目を隠されただけで寝落ちするんだよってのはいったん置いといて……。そう考えると、いま俺に起きてることの正体が、なんとなくわかったような……。
(……ゆ〜たいりだつ〜、ってこと……?)
体から魂が抜け出てしまうという、『幽体離脱』とかいう現象に似てる気がする。なんか、寝てる自分を上から見下ろしてたーみたいな話もよく聞くし。しかも俺、アリアさんの体に憑依する形で転生してきてるわけだし……魂だけがスポーンと抜けちゃうことだって、十分あり得るんじゃなかろうか。
(だとしたら……見た目がアリアさんのままなのおかしくね……?)
見回した自分の姿は、さっき勉強してたときの衣装のまま、肌もスベスベでもちもちだ。生前の自分の姿を思い出せたわけではないが、少なくともこんなかわいい女の子ではなかったはずだ。
……いったい何が起こっているのか……。まったくもって、わけがわからないよ。
(……待てよ!? この状況、もしやアリアさんは、俺という悪霊から解き放たれたということでは!?)
慌てて部屋の中を見下ろすもアリアさんの姿は見当たらず、代わりに、ベッドに向かって手を伸ばすアミュレットさんの姿が……。
「――きゃあああぁ!!」
(ふえっ!? あ、アリアさん!?)
突如鳴り響いた悲鳴。音の出所は俺の真下、ベッドの中からだ。急いで空中を泳ぎ、見える場所に移動する。
「はっ、うぅ……!! ふぐっ……!!」
ベッドの上で彼女は、体をぎゅっと縮め、口元に手を当てたまま震えていた。潤んだ瞳は目の前のアミュレットさんに向けられているが、その顔には怯えが色濃く表れていた。
「――あ、あぁ……!! わ、わたっ、わたくしはっ、いったいなにを……!!」
一方のアミュレットさんは、震える声でそう呟いたかと思うと、膝から崩れ落ちてしまった。
「お嬢様に対して……なんてっ……!! なんてひどいことを……!!」
彼女はそう言って、ひどく青ざめた顔を両手で覆った。
(ちょっ!? なになに!? なにがあったの!?)
状況が全く理解できないまま、俺は声を上げた。
……せっかく元に戻れたってのに、アリアさんはなんかすごい怯えてるし、アミュレットさんはなんか絶望してるし、俺は幽体離脱したままだし……マジで意味わかんねぇ……。
「お嬢様……! 大変っ、申し訳ございません……! 私は……私は……!」
……ってかさっきから誰も俺に反応してくんないんだけど!? 声とか聞こえてない感じ!? なんで!? 幽体だから!?
「ひっぐ……! あ、アミュレット……? なにか、あったのですか……?」
目の前でうろちょろと浮かぶ俺には目もくれず、アリアさんはおそるおそる、アミュレットさんに問いかけた。
それから少しの間、重い沈黙が場を満たしていた。
「……私は……。私は、王家を……貴方様を、ずっと騙していたのです……」
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