002. 俺!! 異世界来てんじゃん!?
(え、エイト様も、このような現象については、なにもご存じないのでしょうか……?)
アリアさんの声が、頭の中で響いている。
「ないなぁ、こんなファンタジーな現象。いまだにほんとは夢なんじゃないかと疑ってるくらいだし」
ちなみにさっき、「様付けもいらないしタメ口でいいよ」とは伝えたのだが、「そういうわけにはいきません」と断られてしまった。
(そう……でございますか……)
今にも泣き出しそうな声で、彼女は答えた。まあ無理もないか、自分の体が知らない男に乗っ取られてるわけだし。
「ごめんね、こんなことになっちゃって。できることなら、体もすぐに返してあげたいんだけど……」
(あ、謝らないでくださいまし! エイト様も、その……! 命を……落としてしまわれたばかりで、大変な心持ちでしょうし……。それに比べればわたくしは、少々不便になってしまっただけですわ……! ですので……どうか、気にしないでくださいまし……?)
優しく慰めるように、彼女は俺に言った。
自分の体を他人に乗っ取られるだなんて、不便で済ませていいようなことじゃないはずだ。なのにそれをおくびにも出さず、あまつさえ俺を気遣うそぶりまで見せた。……ノブレスオブリージュって、こういうことを言うんだろうか。
……そういえば、こうやって頭の中で考えていることは、彼女には聞こえてないみたいだ。頭の中から聞こえてるけど、頭の中にいるわけではない……のか?
(魔法でどうにかできればとも考えたのですが……わたくし、魔法のほうも才能がなくて――)
「……え? 魔法!?」
(はひっ!? も、申し訳ございません……!)
思わず叫んだその声に彼女は驚き、なぜか謝った。
「待って!? 魔法ってあの、手から炎撃ち出したり、敵に雷落としたりする、あの!?」
(え、ええ……その魔法、ですわ……?)
さも当然とでも言いたげに、彼女は語尾を上げた。
「えっ!? じゃあ、まさか魔物……モンスターとかも!?」
(は、はい……! 街の外に、たくさん……)
そしてようやく、俺は全てを理解した。
「俺!! 異世界来てんじゃん!?」
(ひゃわぁ!? い、いきなり大きな声を出さないでくださいまし……!)
なんで気付かなかったんだ……! トラックに撥ねられたうえでこんな不思議現象が起きてるなんて、そんなんもう異世界転生確定じゃないか!!
「すっげ、マジでこんなことあるんだ……!!」
感動からか、体がかすかに震えている。憧れだった剣と魔法の世界が、まさか実在してるだなんて!
(あ、あの……! なにか、わかったのでございましょうか……!?)
「まあね! ……あでも、なんで俺がアリアさんの体に入っちゃったのかまではわかんないや、ごめんね!」
(そ、そうなのですね……ふぅ……)
残念そうに、彼女はため息をついた。
……実際のところ、なんで俺はアリアさんの体に入ってしまったんだろうか。俺を撥ねたトラックはすごいスピードだったし、元の俺は確実に死んでいるはずだ。もし異世界『転生』なら、この世界のどこかで赤ちゃんとして生まれ変わるのが普通だろう。そんでここが異世界だと知って、本気だすんだ。
しかし俺はなぜか、すでにこの世界で何年も生きている少女の肉体に……『憑依』? してしまっている。これはいったい、どういうことなんだ……?
「……ね、アリアさん。魔法の使い方、教えてくれない?」
なにか理由があるのだろうが……考えたところで答えは出ない気がする。どうせなんか、女神様とかそういう上位存在の仕業だろうし……。
(ま、魔法の使い方、ですの……?)
わからないなら一旦スルーで、まずはこの奇跡を存分に味わうとしよう。まずは憧れの、魔法使いに俺はなる!
(……その、先ほども申し上げましたとおり、わたくしには魔法の才が無く……。人様にお教えできるほどの知識もありませんの……)
「ありゃ、そうなんだ」
(それに……エイト様はいま、わたくしの体を使っているわけでございますから……。結果は目に見えていると申しますか……)
アリアさんの声がどんどん小さくなっていく。よっぽど自信がないみたいだ。
「それでもさ、まったく使えないってわけじゃないんじゃない? 初歩的なやつでいいからさ、お願い!」
(うぅ……。か、かしこまりましたわ……。ではまずは、体内の魔力を感じ取るところから……)
「よっしゃー! めっちゃワクワクしてきた!」
テンションが上がりすぎて、ベッドから思わず立ち上がってしまった。興奮に拳を握り締め、彼女の言葉をじっと待つ。
(えぇと……体内で生成された魔力は、普段は体中を巡っています……。ですので、えと……血液が体を巡るように回っているのを……イメージ、していただいて……)
自信なさげに、たどたどしく彼女は語る。
(それで、えと……あっ、温かく感じるのです。……あっ、違っ、その……! 感じ取った魔力は、温かく感じられるので……! それがわかるようになるまで、瞑想を続けていただいて……)
……すごいな、説明の下手さからも才能の無さを感じられるぞ。
「うーん……温かく、かぁ」
(初めは誰しも時間がかかるものだと、先生が仰っておりましたわ……。適性の高い方でも数日はかかると……現にわたくしも、自分の魔力が感じ取れるようになるまで、一ヶ月もかかりましたの……)
げっ、思ったよりハードルが高いみたいだな。そんな簡単にはいかないってことか……。
……あれ? なんか、体中が熱く……!?
(ふえっ!? か、体が熱って……!?)
「ちょっ、もしかしてこれ!? このアッツいのが魔力!?」
(そ、そのはずですわ……! でも、こんなに早く……!? あっ、えとっ……! い、いったん瞑想を中断したほうが……!)
彼女の言葉に従い、慌てて目を開けて大きく息を吐いた。
「ふーっ……サウナ入ってんのかと思った……」
(こ、こんなにも早く『魔力感知』に目覚めるだなんて……! エイト様、すごいですわ!)
「そう? でも結局はアリアさんの体なわけだし、ほんとはアリアさんも才能あったんじゃない? 最初は調子悪かっただけで」
(へっ……? そ、そう……でしょうか……)
「それにしても、熱かったなぁ……。魔法使うたびにあんなの味わってたら、熱中症で倒れちゃいそうだけど」
(それに関しては心配ありませんわ。魔力感知は本来、他者の魔力を探るために使われるものですので。……なんにせよ、あの温度の高さは異常と言わざるを得ないかもしれませんが……)
「ふーん……? まあいいや、汗だくになっちゃったけど」
頬を伝い落ちた汗を片手で拭いながら、もう片方の手で胸元をつまんで風を送る……と思ったけど、このドレスすごくキツイな……。締め付けが強すぎて動きづらいし……ってか、内側どうなってんだ……?
(え、エイト様!? おやめください! そんな……! は、はしたないですわ!)
「え? あ、ごめん! そっか、俺いまプリンセスなんだった……」
あぶねっ、いま無意識に胸元覗き込もうとしてた……。借り物の体で大セクハラかますところだったぜ……。
「っていうか、アリアさんも熱いって感じたんだね。感覚は共有してるのかな」
(そ、そういえばそうですわね……。視界も、エイト様と同じ景色を見ておりますので、そういうことなのかもしれませんわ)
……じゃあ、こっそり胸とか揉んでもすぐバレるってことか。いや、やらないけどね?
「そんじゃ続きね。まずは王道の、炎系の魔法とかってある?」
(炎、ですと……あちらの魔導書に初級魔法が色々と載っておりまして、その中にいくつかあるはずですわ)
「……あちら?」
(あっ! も、申し訳ございません……! 手で指し示しても、見えるわけございませんわね……!)
彼女の声には、どこか照れたような響きが混じっていた。
(エイト様の右手、ちょうど姿見のそばにある書架にございますわ。たしか、中段の左隅だったような……)
言われるがまま、壁際へと向かった。五段ある本棚の、ちょうど目線の高さの段の左隅に視線を向ける。
(あっ、そちらですわ! 背表紙に『初級魔法』とある……)
彼女はそう言うが、俺がいま見ている本の背表紙には、見たこともない形の文字が並んでいた。
「……これ?」
(はい!)
人差し指を本の上部に引っ掛け、引き寄せながら問いかけると、アリアさんは元気よく答えた。そのまま、本を引き出し手に取った。
……間違いない。この異世界、言語が独自のやつだ……。
「よ、読めねー……」
パラパラとページを捲るが、どれも全く見覚えのない文字ばかりだ。一文字も解読できそうにない……。
(ふえっ……!? そ、そうなのですか……!? で、であればわたくしが音読を……!)
「……ん、これ表紙と同じ文字だ。ってことは『魔法』か。隣のは……『応急処置』……?」
(あっ、正解ですわ! そこは医療系の魔法の章ですの!)
なんだ……? 一個読めるようになったと思ったら、他のもどんどん解るようになってきた……! 読める……! 読めるぞぉ……!
「なんでいきなり……? アリアさんの体だからか……?」
(そう、なのでしょうか……? ですが、エイト様がご聡明だから、という線もありましてよ?)
褒められて悪い気はしないが、そういうレベルの話ではない気もする。しれっと会話が通じてるのも、よく考えてみるとおかしいし……。
「……まあいいか。攻撃魔法の章はどこだー!?」
なんにせよ言語問題はクリアだ。念願の魔法使いまであと少し……!
(あ……少々お待ちくださいませ。先に冒頭の、『魔力とは何か』という章をお読みになったほうが、わかりやすいかもしれませんわ)
「そう……? 俺、説明書とかもあんまり読みたくないほうなんだけど……」
ぶつくさと呟きつつも、俺はページを遡りはじめた。
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