001. おっ……女の子になってるー!?!?
「……んぁ? どこだここ……」
不意に目が覚め、体を起こした。
目元を拭いながら見回した部屋の中は、どうにも見覚えのない家具で溢れていた。
個人の部屋としては広すぎる室内に、一人で眠るには持て余すほどのサイズのベッド。見上げた先には天蓋まで付いている。部屋の中央から吊り下がる巨大なシャンデリアから放たれた光が、金を基調としたド派手な家具たちに反射してギラギラと輝いている。
壁際に立てかけられた大きな姿見に、ふと目が止まった。そこに映る自分の姿に違和感を覚え、吸い寄せられるようにその前へと向かった。
鏡の向こうから、こちらに向かってゆっくりと近付いて来た『彼女』は、俺と全く同じ動きで自らの両頬に手を当て、驚きに目を見開いたまま口を開いた。
「おっ……女の子になってるー!?!?」
俺の喉から飛び出したはずのその言葉は、耳を疑うほど柔らかく、可憐な響きを帯びた音色で部屋の中に響き渡った。
「うぇ!? なんだこれ!? 声も可愛くなってるし、肌ももちもちスベスベで……!?」
頬を撫でる手のひらに吸いつくほど、肌にハリがある。その感触は、いつまでも触っていたくなるほどに魅力的だった。
(――あ、あの……)
むにむにとほっぺたを弄びながら、じっくりと鏡の向こうの……自らの姿を眺めてみる。
小柄な少女のシルエットを縁取るように、金色の髪が左右に広がっている。腰まで伸びた長い髪はまるで絹糸のように滑らかに流れ、光を受けて煌めいて見える。
視界を遮ってしまっていた前髪をかき分けると、ぱっちりと開いた目が現れた。サファイアブルーに輝くその瞳は、本物の宝石と見紛うほどに美しい。
(えと……! き、聞こえておりますでしょうか……?)
ピンクを基調とした豪華なドレスの、各所にあしらわれたフリルやリボンが、その見た目の愛くるしさを何倍にも高めている。
そして頭の上には、まるで苺のような色と大きさの宝石が嵌められたティアラが、ちょこんと乗せられていた。
「これ……どっからどう見ても……」
言いながら再度見回した室内は、プリンセスに相応しい豪華さを纏っている。
――間違いない。どうやら俺は、お姫様になってしまったみたいだ。
「……なんで?」
鏡に向かって小首を傾げながら、現状把握のため必死に頭を回す。同時に軽く頬を抓ってみると、現れた痛みが、これが夢や幻覚ではないことを教えてくれた。
(申し訳ございません……! どうか、お話を……!)
見知らぬ部屋に、すっかり変わってしまった自分の姿……。何が起こったのか全くわからぬまま、鏡に映し出された可憐なお姫様に、少しだけ見惚れていた。
「よくわかんないけど、これはこれで……ありか……?」
(あ、あのっ……! うぅぅ……!)
……さっきからなんか、話し声が聞こえるような……?
(――わっ、わたくしの話をっ、聞いてくださいましいいぃ!!)
「おわあぁっ!?」
鏡の前でポーズを決めていると、突然、すぐ近くで誰かが叫んだ。
(あっ……! よ、よかった……! 聞こえておりますのね……!)
「だ、誰!? ってか、どこから……!?」
慌てて周囲を見回すも、人影はどこにもなく。
(と、突然申し訳ございません……。少々、よろしいでしょうか……?)
丁寧ながらもどこかおずおずとした口調で話すその声は、不思議なことに俺の頭の中で響いているようだ。
「なんだ……!? テレパシー!? 頭の中に直接……ってやつ!?」
(え、えぇと、わたくしも何が何やらわからず……。ですが……まずは、その……!)
……待て、このテレパシーの声、俺の声と一緒じゃないか!? あ、俺の声っていうのはこの体の、お姫様ボイスのことなんだけど……。うーむ、なんともややこしい……。
(わっ……わたくしの体を……! か、返してはいただけませんでしょうか……!?)
……ん!?
「――つまり、この体は君の……アリアさんのものなんだ?」
ベッドに腰かけたまま、虚空に向かって俺は話しかけた。
(は、はい……その通りですわ……)
すると、頭の中で返答が返ってきた。
なんとも不思議な感覚だ……。しかも聞こえてくるのは、両方とも同じ声だというね。
「で、いきなり俺に乗っ取られて困ってる、と……」
(あっ……! い、いえっ、その……! え、エイト様のことを疑っているわけではなく……!)
「あー、その、冗談だから気にしなくていいよ!」
取り繕うように、慌てて声をかける。
「それにしても、いったい何が起きたのやら……」
そう呟き、軽くため息をついた。
――さて、彼女の話を聞いている間、おぼろげに自分のことも思い出しつつあった。ここらで一度、自分の中で整理しておこう……。
まず俺、エイトについて。
ぼんやりとだが、なんとか思い出せたのは……自分が、日本人の男だったこと。下の名前がたしか、『えいと』だったこと。横断歩道で誰かを庇って、トラックに轢かれて死んだこと……それだけ。
跳ね飛ばされながら見た最後の光景では、その子は道路の端で倒れ込みながら、宙を舞う俺のことを悲痛な表情で見つめていた。ということは、少なくとも彼女は無事だろう。それならいいんだ。
……未練とかは今のとこ、無い。ほとんど思い出せてないけど、たぶん無いと思う。不思議と、そんな気がする。
そうして、トラックに撥ねられ死んだ俺だったが、天国でも地獄でも極楽浄土や黄泉の国でもなく、ましてや輪廻転生で他の生物に生まれ変わるでもなく、なぜか少女の肉体に乗り移ってしまっていた。
……うむ、よくわからんな。
次に、俺が乗り移った肉体の元の持ち主、アリアさんについて。
服装やら何やらでわかってはいたが、彼女はどうやら本物のお姫様らしい。しかも、第一王女様だという……。王位継承権持ちのリアルプリンセス様を相手に、恐れ多くもタメ口で話しかけてしまっているが、これは彼女からのお許しをすでに得ているので見逃してほしい。
彼女はこの国、『セントリアル王国』の王女様で、『アリア』は愛称らしい。正式な名前も教えてもらったが、ラストネームが『ネクスナイト』だったことくらいしか覚えていない。それぐらい長くて覚えにくい名前だったので、許してほしい。
……ん? 『セントリアル王国』? そんな国あったっけ……? まあでも、イギリスとかも正式名称は違ったりするし、ヨーロッパのどこかなんだろう。たぶん。
彼女が言うには、夢の中で不思議な光が自分の胸の中に入ってきたと思ったら目が覚めて、その時にはもう体が動かせなくなっていたらしい。しかも勝手に喋ったり動いたりしだしたから、体が乗っ取られてしまったんだと焦り、声を荒げてしまったんだと、さっき謝られた。
……不可抗力とはいえ、乗っ取っていることに変わりはないのかもしれない。俺もあとで謝っておこう。
とりあえずはこんなところか。『よくわからない』ということが、改めてわかっただけだな――。
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