021. ……おぅふ
帰りの馬車の中で、なぜかアミュレットさんは終始無言のまま、深刻そうな顔で俯いていた。どうにも話しかけることができず、アリアさんと二人、未知の病に怯えていた。
「――お嬢様、どうか落ち着いてお聞きくださいませ……」
(ふえぇ……!? な、なんですのぉ……!?)
「な、なんかヤバい病気にでもなっちゃった感じっすか……!?」
部屋に戻ってくるなり、アミュレットさんは真剣な表情で話しはじめた。
「先ほどお嬢様の体を襲っていた不調の原因、それは……」
(そ、それは……!?)
言いづらそうに顔を伏せ、そしてゆっくりと、彼女は顔を上げた。
「………………それは、『初潮』……でございます……」
「……おぅふ」
(しょ……ちょう……!?)
なんてこった、とんでもないもんが出てきちゃったぞ……。
「非常にデリケートで……なおかつプライバシーに関わる問題でございますので、エイトに体を乗っ取られてしまっているこの状況でお伝えすべきなのか、大変迷いましたが……。その……排出される物の、処理についてがございますので……」
(う、うぎゅうぅうぅぅ……!!)
どうやらそういった知識については、すでに教わっているようだ。アリアさんの声にならない呻き声が、頭の中に響いた。
……これはもう、恥ずかしいとかそういう次元の話ではないだろう。アミュレットさんの言うとおり、あまりにもデリケートな問題で、少なくとも男の俺が同席してていい話題ではない。
「もちろん、健やかにご成長なさっている証でございますので、誠に喜ばしいことではございますが……」
(ふぐっ……!! うええぇぇん……!!)
あぁ……泣いちゃった……。
「……エイト、その、お嬢様は……」
俺の表情から何かを感じ取ったのか、アミュレットさんはひどく申し訳なさそうな顔で問いかけた。
「えーっと……ちょっとだけ、待ってあげたほうがいいかもっすね……」
そしてアリアさんが落ち着いたころ、俺はアミュレットさんとともに、部屋のトイレの中にいた。
「先ほどシオン様にかけていただきました魔法、『静かなる月の律動』は、月経によって生じる様々な症状を緩和する複合魔法で、過剰になりがちな体の反応を抑えるものとなっております。効果は半月ほど持続しますので、逐一かけ直しさえすれば、先ほどのような苦しみを味わうことは今後ございませんわ」
便器の前に立つ俺に向かって、アミュレットさんはその場に屈んだまま言った。
「ですが……剥がれ落ちてくるものを止める機能は、この魔法にはございません。それは人体にとって、決して良いことではございませんから……」
子供の頃に保健の授業で教わった程度の知識しかないが……たしか、古くなった子宮の内壁が、剥がれて落ちてくるんだっけか……? 想像するだけで痛そう……というか、その痛みをさっき実際に体験したのか。ということは、世の女性たちはあれを、毎月味わっていると……キッツいなぁ……。
「よってこれからは、それに対処していかなければならないのですが……」
そこまで言って、アミュレットさんは不意に目を伏せ、そしてまた、俺の目をじっと見つめた。
「……もしお嬢様が望まれるのであれば、私が、できる限りのお手伝いをさせていただきますわ。その、排泄に関しましても……今はおそらく、やむを得ずエイトに任せていることとお見受けいたしますが……それも併せて、私にお任せいただくことも可能でございます。その際はただここに座って、目をつぶっておいてくだされば、その間に全ては済みますわ。そうすればエイトに見られることも、触れられることもなくなりますし、お心のご負担も軽くなるのではございませんでしょうか……?」
たしかに、実際風呂のときはそうしてもらってるわけだし、トイレのたびにアリアさんを泣かせることもなくなりそうだし……そのほうが俺も、気が楽かもな……。
(……アミュレットの、言うとおりかもしれませんわ……。ですが……)
まだ涙声のまま、アリアさんが呟く。
(……ご不快な思いをさせてしまうかもしれませんが……それでも……処理については、エイト様にお願いしてもよろしいでしょうか……?)
そして俺の頭の中に響いたのは、意外な申し出だった。
(アミュレットには、もうすでにたくさんの迷惑をかけてしまっておりますわ……。他のメイドに任せるわけにはいかないというのも、わかってはおりますが……メイド長としての仕事もありますのに、それを押してまで、わたくしに時間を割いてくれているはずです……)
アリアさんの言うとおり、朝の支度から学園の送迎、風呂の世話に髪の手入れ、食事の準備に片付けと、本来なら数人体制で取りかかるはずの仕事だろうに、俺の存在がバレないようにと、アミュレットさんがずっと一人で担当してくれている。
それに加えて、メイドたちを取りまとめる長としての仕事もあるんだろう。王から仕事を頼まれることだってあるはずだ。ブラック企業も顔負けの仕事量に、考えるだけでウンザリしてしまいそうだ。
(それに……わたくしのため、きっと寝る間も惜しんで、調べものをしてくれているはずですわ……。その証拠に、上の空になっているところを見かけるようになりましたから……。今までそんなこと、一度もありませんでしたのに……)
そういえば、昨日の朝もそうだった気がする。もしかしたらアミュレットさんには、思ってる以上に負担をかけてしまっているのかもしれないな……。
(いつ元の状態に戻れるかもわかりませんのに、これ以上アミュレットに負担をかけるわけにはいきませんわ……。それに……最悪の場合このまま、エイト様とともに生き続けることになる可能性だってございますし……もしそうなれば、アミュレットは永遠に、わたくしの世話に追われ続けることになってしまいます……。そんなことは、わたくしも望んではおりませんの……)
……『異世界転生』や『魔法』という概念にはしゃいでいただけの俺とは違って、アリアさんはしっかりと、自分の境遇について考えていたようだ。なんだか、自分が情けなくなってきたな……。
(……エイト様、先ほどは突然泣き出してしまい、申し訳ございません……。ですがそれは、エイト様に知られるのが嫌だっただとか、そういうわけでは決してございませんの。ただ、自分の身に起きた突然の変化に、少し驚いてしまっただけなのです……)
『少し驚いてしまっただけ』で、あんなふうに泣きじゃくったりはしないだろう。いつもどおり、彼女は俺を気遣う。
(むしろ……わたくしは、この体の全てを、エイト様にお任せするつもりでおりますの)
そう呟いたアリアさんの声には、もう涙の気配はなかった。
(ですから、いずれは髪の手入れや、その……ゆ、湯浴みにっ、関しましても……! お任せしたいとっ、か、考えておりますわ……!)
少し恥ずかしそうに、彼女は言葉を詰まらせながら言った。
(……それに、その……排泄……に関しましては……すでにエイト様に、お任せしておりますことですし……。いまさら恥ずかしがったところで、わたくしもう、遅い気がしておりますの……)
今度はどこか投げやりに、半分諦めたような調子で彼女は言った。
(エイト様、わたくしから、改めてお願いいたしますわ。エイト様さえよければ、この体のことを……引き受けてはいただけませんでしょうか……?)
――自分の体を見ず知らずの男に明け渡す。そんな決断を、彼女はした。そこに至るまで、様々な葛藤があっただろう。『恥ずかしい』だなんて言葉では言い表せないほどの思いを抱え、そしてそれに向き合い、受け入れることを決めた。もちろん、『こうなったらもうしょうがない』という諦めもあるだろう。けれども彼女の声には、それを自ら選び取るということへの、覚悟のようなものが込められているように思えた。
「……うん、わかった。アリアさんがそう言うなら、俺はそれに従うよ」
なら、それにきちんと向き合い、誠意を尽くすのが俺の役割だ。いつか彼女に返すその時まで、この体は丁重に扱い続けると、心に決めて返事をする。
「アミュレットさん。処理の仕方を、教えてもらえませんか?」
俺がアリアさんの話を聞いている間、アミュレットさんはただじっと、心配そうな表情を浮かべて待っていた。そして今、俺の言葉からアリアさんの選択を知った彼女は、ほんの少しだけ驚いたように目を見開き、そしてそっと、目を逸らした。
「……そうか。よし、わかった」
目を閉じ、一つ息をついたあと、彼女は力強い眼差しで俺を見つめながら、そう言った。
「いいかエイト、わかっているとは思うが……女の体というものは、ひどく繊細にできているんだ。ましてや今お前は、セントリアル王国の未来を担う、アルティラリア王女その御方の体を乗っ取ってしまっている。ほんの少しの粗相も許されない状況であること、肝に銘じておけ」
アミュレットさんのその表情には、俺を咎めるときの苛立ったような雰囲気とは違う、真剣さが込められていた。
「はい、わかってます」
その想いに少しでも応えたくて、俺は目を逸らさずに、そう言った。
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