020. お初にお目にかかるよ、アリア王女
朝、目覚めるとともに感じたのは、軽い頭痛と倦怠感。そして下腹部の、重く沈み込むような謎の痛みだった。
「なんでよりによって……試験の日に体調悪くなるかなぁ……」
(か、風邪を引いてしまったのでしょうか……。エイト様、大丈夫でございますか……?)
感覚を共有しているため、アリアさんにもこの感覚は伝わっているわけで。
「うーん……まあ、そこまでしんどくはないし大丈夫かなって。ちょっと疲れが溜まってるだけかもね」
この前のダンジョン探索で相当運動したし、それが引きこもり姫の肉体には、ちょっとキツかったのかもしれない。試験が終わったらあったかくして寝ようねぇ。
「――おはようございます、お嬢様。アミュレットでございます」
ノックとともに届いた声。「どうぞ!」と返答し、現れたアミュレットさんと朝の挨拶を交わす。
「本日の特別試験、王室からは私が立ち会うこととなっておりますわ」
(そうですのね。それなら、何かあっても安心ですわね?」
事情知ってる人がいるのって楽だなぁ。誰かにバレそうになったら、アミュレットさんになんとかしてもらおっと。
「もちろんでございますわ。エイトが勝手なことをしないよう、しっかりと監視しておきますので、どうかご安心くださいませ?」
「……あ、俺ぇ!?」
馬車を降り、出迎えてくれた職員らしき人に案内されて向かったのは、進級試験で使ったのとは別のグラウンドだった。そこでは二人の女性が、俺たちを待ち構えていた。
(あれはたしか、学園長先生と……もうお一方は、お見かけした覚えがありませんわね……)
丸眼鏡をかけた年配の女性と、猫背気味の若い女性。たぶん前者が学園長かな。
「学園長、到着されました」
「ご苦労様、下がっていいですよ」
思ったとおり、年配の女性がそう答えると、職員らしき人は建物の中へと戻っていった。
「ごきげんよう、私の可愛い生徒さん。会うのは入学式以来ね」
白く長い髪を揺らし、こちらへ歩み寄ってきた学園長は、目尻に皺を寄せた柔らかな微笑みを浮かべながら言った。
「お、お久しぶりですわ、学園長先生!」
……まあ、俺は初対面なんだが。
「そちらは、お家の方かしら? はじめまして、学園長のコールです」
「セントリアル王家メイド長、アミュレットと申します。本日は、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
軽く会釈をした学園長に対し、アミュレットさんは恭しくお辞儀をした。
「……もう! ほら、シオンさん? あなたもご挨拶なさいな!」
不意に学園長が、ムッとした顔でもう一人の女性に声をかけた。
「ん……もう少しだけ……」
しかしその女性は、向こうでまだ眠そうに目を細めたまま、手に持った紙の束とにらめっこし続けている。
「魔鉱石の純度は十分なのに定着しないのは……術式が高度過ぎるせいか……。莫大な魔力を長時間注ぎ込んでようやく、といったところかな……」
なにやらぶつぶつと呟きながら、左手のペンで紙に何かを書き記したあと、ようやく彼女はこっちにやってきた。
「まったくあなたって子は……。寝ても覚めても魔法のことばっかり……」
「……それが仕事でもあるんだけど……」
眉間に皺を寄せ、小言を言う学園長に対し、彼女はギリギリ聞こえないくらいの小声でそう呟いた。
「まあいいわ……さて! 紹介するわね、彼女はシオン。学園の卒業生で、今は魔導院で魔法開発局の局長をやっているの」
「お初にお目にかかるよ、アリア王女。あいにく僕は礼儀だのなんだのには興味が無いので、粗相があっても見逃してもらえると助かるな」
そう言って、シオンさんは口元を綻ばせた。
(お若そうに見えますのに、局長だなんて……すごい方ですのね……!)
見た感じ、アミュレットさんと同年代くらいだろうか。腰まで伸びたオレンジ色の髪には軽くウェーブがかかっているが、手入れが甘いのかボサボサになってしまっている。学園長や俺の着ている物と同じローブを、彼女も身に着けているが、表面には皺が目立つ。なかなかズボラな人のようだ。
「飛び級制度について、もう話は聞いているわよね? 今日は、アリアさんの実力をここでしっかり見たうえで、どこまで上がるべきかを判断させてもらうわけだけど……」
ふと、学園長の表情が曇る。
「……シオン、あとは任せるわね?」
シオンさんに向けてそう告げると、学園長は軽く身を屈め、俺に目線を合わせた。
「ごめんなさいね、本当は私も立ち会うべきなんだけど……魔導院から呼び出されてしまっていて……」
申し訳なさそうに眉をひそめ、そして彼女は立ち上がる。
「それじゃあ、アリアさん、頑張って!」
優しく微笑み、学園長は建物の中へ入っていった。……なんだか、慌ただしい人だったな。
「……さて、さっそく始めようか」
「あっ、よ、よろしくお願いいたしますわ……!」
慌てて返事をした俺を、シオンさんは興味深そうに見つめていた。
「聞いたよ。試験で、『有声詠唱』をしたんだって? その歳で『制限解除』ができるなんて驚きだ。はっきり言って、天才というほかないね」
――『初級魔法事典』、その最後のページに、興味深いことが書かれていた。それは『制限解除』と呼ばれる、魔法の威力を高める方法についてだった。
定法式で発動した魔法は、術者が誰であろうと同じ威力となる。それは魔法発動における、ほとんどの工程が自動化されているからだ。『制限解除』は、その自動化された部分をあえて手動で行うことで、魔法の威力向上や多重起動を可能とする技術だ。
昨日俺がやったのは、『呪文の有声詠唱』というテクニックだった。これは呪文を直接口に出して唱えることで、魔法の威力を自由に調整できるようになるというものだ。実際に、俺が放った火球は他のクラスメイトと比べて、数倍の大きさと威力になっていた。
もちろんデメリットはある。呪文を間違えた場合は当然として、リズムや声の調子が少しズレただけでも、魔法は不発となってしまう。それから、使う魔力の量も自分で調節しなければならないのだが、そこが上手くできなかった場合、魔法が暴発してしまう危険があるらしい――。
……いま思い返せば、よくぶっつけ本番で成功したな……。頭に血が上った状態でやるようなもんじゃなかったぜ……。
「危ないから本当は、高等部に上がってからじゃないとやっちゃダメなんだけど……まあ、細かいことはいいか。才能は隠すもんじゃないからね」
言いながら、シオンさんはグラウンドに向かって片手をひらりと翻した。
「『無機なる傀儡の造成』」
すると、地面を覆うように魔法陣が展開され、そこから土で出来た大きな人形のようなものが現れた。
「わ、わぁ……!」
「土でゴーレムを作ったんだ。的にはちょうどいいだろう?」
人間の二倍ほどはあろう大きさのゴーレムが、グラウンドの中心で俺を待ち構えている。初級魔法事典に載っていたものとは明らかにレベルが違う魔法に、思わず感嘆の声が漏れた。……こんな魔法もあるのか……! 俺もやってみてぇ……!
「そうだね……とりあえず、適当に魔法を撃って見せてもらおうかな」
ゴーレムを指差しながら、シオンさんは言った。
「なんでもいいよ。もちろん、制限解除してもらっても構わないし、魔法の種類も問わないからね」
「か、かしこまりましたわ……」
返答するとともに、チラッとアミュレットさんのほうを見る。『やり過ぎるなよ?』とでも言いたげな表情で、彼女は俺を睨みつけていた。
うーん……さすがに、『魔力収束砲』ぶちかますのはマズいか……。アミュレットさんにブチギレられるだろうし、そもそも威力がヤバすぎて、グラウンドの塀とかぶち抜きそうだしなぁ……。
「ふぅ……」
そして俺は、軽く深呼吸をしてから目を閉じた。
(――はぁっ、あの……エイト様……? ふぅ……だ、大丈夫……でしょうか……?)
俺に問いかけるアリアさんの息遣いは、何かをこらえているかのように、苦しげだった。
それもそのはず、時間が経つにつれて、どんどん体調が悪くなってきていたからだ。頭がぼーっとしていて、なおかつズキズキと痛み、体はダルくて重い。そしてなにより、下腹部を強く握りしめられているような鈍痛が、俺を襲っていた。
(んぅっ……はあっ……! こ、これは本当に……風邪や疲れによるもの、なのでしょうか……?)
感覚を共有しているアリアさんが、疼く痛みに声を上げながら、不安そうに呟いた。
立ってられないほどしんどいわけではないが、それでも、集中を乱すには十分過ぎるほどに辛い。こんな状態で、制限解除なんてテクニックに手を出そうものなら、暴発して怪我しちゃいそうだな……。
「――アリア様……!? どうかなさいましたか!?」
「えっ、あっ……!」
いつのまにか、アミュレットさんが俺の顔を覗き込んでいた。
俺の体調に気付いたのか、彼女は慌てて俺の前にしゃがみ込み、肩に手を添えた。
「その……! 少々、体調が……」
「熱が出ているではございませんか……! なぜ黙っておられたのです……!」
俺の額に手を当て、ひどく心配そうにアミュレットさんは言う。
……外だからこうやって心配そうにしてくれてるだけで、実際はブチギレてるんだろうな……。『なに無理してんだ! お前の体じゃねぇんだぞ!』的な……。
「おっと、ずいぶん顔色が悪いね」
こちらにやってきたシオンさんが、傍らに屈んで俺の顔を覗き込んだ。
「どれ、少し診てあげよう。医療についても、多少は心得があるからね」
そう言って彼女は、片手を俺のおでこに近付けると、そのままゆっくりと下ろしていった。
「ふむ……? この魔力の乱れ方は……風邪ではなさそうだけど……」
触れずにかざしたままのシオンさんの手は、よく見るとぼんやりと光っている。魔力が放つ光のようだが、魔法で病気の診断とかもできるということだろうか。
そして彼女の手が、俺の下腹部まで降りてきたとき、ピタッと動きが止まった。
「……おっと、これはこれは……」
驚いたように軽く目を見開き、そう呟いたかと思うと、彼女はなぜか微笑みを浮かべた。
「シオン様……? アリア様の病状は……?」
「あぁ、なんてことはないよ。むしろ健全で……喜ばしいことかもしれないね」
怪訝そうに見つめるアミュレットさんに向かって、シオンさんは穏やかな笑みを浮かべながら、そう言った。
「アミュレットさんといったか。差し支えなければ、処置のほうも僕が引き受けようか」
「本当でございますか……? では、お願いいたしますわ……」
アミュレットさんの返答に、シオンさんは軽く頷く。
そして彼女は、俺の右手を取ると、自分の手をその上に重ねて置いた。
「『静かなる月の律動』」
詠唱とともに、シオンさんの手が再び、ぽうっと光を帯びた。その光は俺の手へと移り、腕を伝い、全身へと満ちていく。
そして優しく、温かな気配だけを残して、光は静かに薄れていった。
(――ふえっ……? か、体が……!?)
「い、痛みが、消えてしまいましたわ……!?」
ふと気付くと、頭痛や下腹部の沈み込むような痛み、さらには全身の倦怠感さえも、全てがきれいさっぱり消えてしまっていた。
「これでよし。あとは……アミュレットさん? 少々、耳を貸してもらえないだろうか?」
「私でございますか? 構いませんが……」
突然の変化に驚き、思わず自分の体を見回しているうちに、二人は俺を置いて離れていった。
(ま、魔法って、本当にすごいのですわね……!)
「すげぇ……! こんなんもう医者いらねぇじゃん……!」
バレないよう小声で、アリアさんと驚きを共有する。そんな俺を放って、向こうでは二人が、こそこそと何かを話している。
「――なっ……!?」
と思いきや、いきなりアミュレットさんが、ひどく驚いた表情で俺を見た。
彼女の目が泳ぎ、深刻そうに顔を伏せ、そして意を決したように、顔を上げた。
(な、なにかあったのでしょうか……)
こっちに戻ってくる二人を見ていると、アリアさんが不安そうに呟いた。
「というわけで、試験は中止だよ」
(……ふえっ?」
シオンさんの唐突の宣告に、アリアさんと同じ鳴き声が漏れた。
「いや、延期と言ったほうがいいかな? なんにせよ、王女の実力についてはまた今度、しっかりと見させてもらうとするよ。だから今日のところは、帰って安静にしておくといい」
安静……? 治してくれたんとちゃいますのん……?
「……行きましょうアリア様、お急ぎくださいませ」
「え!? あっ、わ、わかりましたわ……!」
待って、俺の容態そんなに悪いの……!?
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