019. そんでさ、一緒にすげぇ魔法使いになろうよ!
部屋の外で待機していたアミュレットさんに、報告代わりにドヤ顔で親指を立てると、彼女はほっと一息ついた。そして、はしたないぞとでも言うように、ムッとした顔で睨みつけられた。ので、怒られる前にとっととアリアさんの部屋へ戻った。
そしていつものようにベッドに倒れ込み、だらしなく声を上げた。しかし、いつもと違ってアリアさんは、恥ずかしそうに鳴き声を上げなかった。
「アリアさん、大丈夫? もしかして俺、なんか余計なこと言っちゃった?」
(――ぁっ、いえ! だ、大丈夫ですわ……! その、少し、驚いてしまいまして……)
「たしかに……急に呼び止められて、めちゃくちゃビビったよね~」
(あ、えと、それもそうなのですが……。そのあとに、お父様からお褒めいただいたことが……)
「あー……。まあ、厳しそうなお父さんだしねぇ……」
(厳しい…………と、いうよりも…………)
そう言って、彼女は黙り込む。俺は体を起こし、続きを待った。
(……実はわたくしには、歳の離れた、兄がおりましたの……)
少しの沈黙のあと、彼女はそう呟いた。
(兄はわたくしとは違い、剣も魔法も、何もかもが優秀だったそうで……『天才』や、『神童』とまで言われるほどのお方だったそうですわ。けれどその兄は、わたくしが生まれる少し前に、亡くなってしまいました……。そして、わたくしを産んですぐに、母も……)
ひどく寂しげに、彼女は語る。
(残った跡取りは、わたくし一人……。兄がそれほどまでに優れていたことと、両親もまた、優秀であったこと。それらが重なり、わたくしに向けられた期待はとても大きく、重いものとなりましたわ。けれど、悲しいことにわたくしには、なんの才能もなく……。そのせいで周囲の皆様からは、兄と比較され蔑まれ……出来の悪さから、血筋すら疑われるようになってしまいましたの……)
後半、彼女の声は涙をこらえるように、かすかに震えていた。
……王家という偉大なる立場に向けられた期待と、その裏に生じた闇。学園でのイジメは、氷山の一角に過ぎないのかもしれない……。
(……そんな日々の中で、わたくしは少しずつ、自信を失っていきました。抱えきれない重責に押しつぶされ、性格も、どんどん内向的になっていってしまい……。お父様もきっと、そんなわたくしを見限られたのでしょう、いつしかその厳しさは、やがて冷たさへと、変わっていったように感じられましたわ……)
王と対峙するたびに俺が感じていた威圧感は、アリアさんの言うとおり、『冷たさ』から来るものだったのだろうか……。
(ですから……先ほどのお言葉はわたくしが、初めてお父様にかけていただいた、『お褒めの言葉』だったのかもしれませんわ。……もっとも、実際にかけられるべきはエイト様のほうなのですが……)
そして彼女は、ひとつ息をついた。
(……てっきり、見捨てられてしまったものと思っておりましたから……優しい言葉をかけられるだなんて、思ってもおりませんでしたわ……)
戸惑いを声に浮かべながら、彼女は呟いた。
「うーん……。見捨てられたってのは、ちょっと考えすぎじゃないかなぁ……」
(そう、でしょうか……)
――周囲からの重責と、それに応えられない無力感。そして、実の親からの愛情不足。それらが積み重なって形成された『自己否定』が、長くアリアさんの精神を沈めていたようだ。だが、先ほどの王の言葉はたしかに、彼女の心の奥底まで届いたはずだ。引っ張り上げるなら、今しかない。
「だってさ、もしほんとにアリアさんのこと見限ってるんなら、用心しろだなんて忠告はしないと思うんだ。それに一昨日のダンジョン探索も、一人じゃ危ないからって、アミュレットさんにわざわざ護衛を頼んでくれてたわけでしょ? どうでもいいと思ってたなら、一人で勝手に行ってこいって言うんじゃない?」
(そ、それは……そう、かもしれません……)
「スキルのこともあるし……アリアさんのことを心配してるからこそ、厳しく接しちゃうんだと思うよ。世の無口な父親って、そういうとこあるしね。……まあ、親になったことないからわかんないけど……」
――生前の自分について、これといって何か思い出したわけではないが、少なくとも子供とかはいなかった気がする。
「あとさ、アリアさん自分のこと卑下しすぎ! 気持ちはわかるけどさ、自分からネガティブに向かってってんだから、そりゃ暗くもなるよ。もっと気楽に考えないと」
(き、気楽に、でございますか……?)
「そ。魔力感知だってさ、他の子よりちょっと時間かかっただけで、できるようにはなったんでしょ? 全くできないっていうんなら話は別かもだけど、そうじゃないなら、ただ大器晩成型なだけなんじゃない? 他の魔法もさ、ゆっくり時間かけりゃ絶対できるようになるって」
(大器晩成……わたくしが……?)
意外そうに聞き返すその声は、ほのかに嬉しそうだった。
「てかさ、まだ子供なんだしそんな焦る必要ないって! ちょっとずつでも前には進めてるんだからさ。なんだったら、俺がコツとか教えるし! そんでさ、一緒にすげぇ魔法使いになろうよ!」
……他人を励ますのって難しいんだよなぁ。うまく伝わってくれればいいんだけど……。
(……ふふっ……! エイト様は、本当にお優しい方ですのね……)
軽く笑って、アリアさんはそう呟いた。
(今朝も……わたくしの代わりに、皆様に対して声を荒げてくださいましたし……)
「あぁ、あれはまあ、俺もムカついてたから……」
(それに、この体のことも……本当は好きなようにできますのに、あくまでわたくしのままでいようとしてくださっておりますわ)
「それは……そんなことしちゃかわいそうだし……」
(ふふっ、ありがとうございます……! そのお気持ちが……わたくし、とっても嬉しいのですわ……!)
軽く声を弾ませ、彼女は言った。
(……本当はこんなこと、誰にも話すつもりはなかったのです。わたくし自身の問題ですから、自分だけで抱えておくべきだと、そう思っておりましたの。けれど……なぜだかエイト様には、話しておきたいと…………)
ほんの少しの間、沈黙が場を満たした。
(……いえ、もしかしたら……『聞いてもらいたい』と……そう、思ってしまったのかもしれませんわ……)
そしてどこか恥ずかしそうに、彼女は呟いた。
(エイト様のその、包み込むような優しさに……わたくしはつい甘えて、身を委ねてしまうのです……)
「お、大袈裟だなぁ……! そんな大したことしてないって……! 俺はただ、普通に……」
(ご謙遜はよしてくださいまし? エイト様は、ご自身が思っていらっしゃるよりずっと、素晴らしいお方ですのよ?)
「すばっ……!?」
やめてぇ! 照れるから急に褒めないでぇ!
(わたくし、自分に自信が持てなくなってからは、アミュレット以外の方とは上手く話せなくなってしまっておりましたの。ちょうど、初めてお話ししたときのように、言葉がつっかえてしまうというか……。他のメイドたちや、お父様ですら、目を合わせて話すことができず……)
……そういやアリアさん、最初の頃はすごいおどおどした話し方してたっけ。いきなり体乗っ取られて怯えてるんだと思ってたけど、そんな理由もあったのか……。
(けれど……不思議といつのまにか、エイト様とは気兼ねなく、お話ができるようになっておりましたわ。それはきっと、エイト様の素晴らしいお人柄があったからで……わたくしが抱えていた不安を、そのお優しさで和らげてくださったからですわ)
「いやぁ……! そんな……えへへ……!」
わー! 俺いま顔真っ赤になってんだろうなー!
(エイト様は常にわたくしを気遣い、まるで家族のように、親身に接してくださって………………あっ)
身悶えするようなこっぱずかしい話の途中で、彼女はふと、何かに気付いたように声を上げた。
(……もしかしたらわたくしは……亡くなった『兄』をエイト様に、重ねてしまっているのかもしれませんわ……)
「っ……!」
――アリアさんの呟きをきっかけに、俺の頭の中で、何かが解けたような気がした。
(あっ、わっ……! な、なんだかっ、恥ずかしいことを言ってしまった気がしますわ……! わっ、忘れてくださいましっ……!)
「……いや、わかるよその気持ち」
ぼんやりとだけど思い出した、大切な記憶。アリアさんに抱いていた、親近感にも似た感情と、無意識のうちに掻き立てられていた庇護欲。その正体が、ようやくわかった。
「――俺にも、妹がいるんだ」
(ふえっ……!? そ、そうなのですか……!?)
「うん。内気で、引っ込み思案で……いっつもおどおどしてたなぁ」
(わ、わたくしと一緒ですわ……!)
「ははっ、そうだね。それに……思いやりが深くて、他人のことを一番に考えるところも、かな」
(はっ、はわわっ……!?)
妹の顔も、名前も、まだ思い出せてはいない。けれど、アリアさんとそっくりな性格だったということだけは、不思議とわかった。
「だから俺も、無意識のうちに妹を、アリアさんに重ねてたのかもなーって……」
(そ、そう……でしたのね……)
そして訪れた沈黙の中で、無性に、何かが体の中を這い上がってくるのに気付いた。
「……あー、なるほど。すっげー恥ずかしいねこれ……!」
(はうぅ……! そ、そうでございましょう……!?)
……『赤の他人に自分の兄弟姉妹を重ね、親近感を覚えている』なんて、そんな子供っぽいこと、人に言うもんじゃなかった。ましてや本人に向かってなんて、もってのほかだ……。
時計の振り子が揺れる音だけが響く部屋の中で、二人揃って無言で、恥ずかしさに耐えていた。
「――お嬢様、そろそろお休みの時間にございますわ」
「うひゃあ!?」
(ひゃわぁ!?)
ノックの音とともに聞こえたアミュレットさんの呼びかけに、今度は二人揃って、すっとんきょうな声を上げることとなった。
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