016. わたくしの名は!
時間ピッタリに、駆け込むように現れた担任らしき女教師は、どこか気弱そうな顔をしていた。彼女に連れられ、俺たちは揃って講堂を出た。
案内されるがままやってきたのは、塀に囲まれたグラウンドのような場所。その中心部では、鎧を着せられたカカシのような人形が、十数体ほど地面に立てられていた。
先生の話によれば、各生徒ごとに事前に指定された魔法を発動し、カカシに命中させることができれば、その時点で合格となるらしい。
「さて、次は……カーミラさん!」
先に挑戦した生徒たちが軒並み合格をもらう中、聞き覚えのある名前が呼ばれた。
「あなたへの課題は『火の弾丸』でしたね。この魔法は、全ての魔法の基礎とも呼ばれるほどに重要なものです。クラスで最も優秀なカーミラさんの腕前を、皆さんしっかり見ておいてくださいね」
「はぁ……まったく、ずいぶんとハードルを上げてくれますわね……」
と言いつつ、満更でもなさそうな笑みを浮かべながら、カーミラは一歩前へ踏み出した。
「ですが、その期待に応えてこそのバートラム家ですわ!」
そして威勢よく叫ぶとともに、右手をカカシのほうへ向かって突き出した。
「刮目なさい!! 『火の弾丸』!!」
詠唱とともに展開された赤い魔法陣の中心部で、野球ボールほどの大きさの火の玉が生成された。
そして勢いよく発射されたそれは、前方のカカシの頭部へと着弾した。軽い爆発音とともに、被せられていた兜が跳ね飛ばされ、宙を舞ってガランと落ちる。
途端に沸き起こった甲高い歓声と拍手に包まれ、カーミラは満足そうに微笑みながら、えっへんと胸を張っていた。
「素晴らしいですね! 文句なしの合格です! それでは、カーミラさんにも、こちらを」
先生は足元の箱から、内側がオレンジ色のローブを取り出してカーミラへと手渡した。
「では最後に……あっ、えっと、王女殿下の番……でございます……!」
俺を呼ぶ先生の顔が、萎縮したように引きつっている。王族の子を受け持つというプレッシャーは、それだけ大きいものなんだろう。
「殿下への課題も、同じく『火の弾丸』となっておりますので……その、どうかご無理はなさらないように……」
頑張れ、とかではなく無理すんな、か。まあ、失敗して火傷でもされたら大変だしなぁ。
(え、エイト様……! どうか、がんばって――)
「ハっ! 時間の無駄ですわ」
アリアさんの声を遮るように、背後からムカつく声が聞こえてきた。
「魔力を感じ取るのでさえ、ひと月以上もかかったような無能に、いったい何ができるというのかしら?」
(あっ、はっ……!? うぅ……!)
「か、カーミラさん……! そういうことは言わないようにと……!」
「だって事実ですもの! ともかく、こんな無能に付き合ってる暇はありませんの。さっさと戻って、進級についての話をしてくださらないかしら?」
(うぐっ……!? う、ううぅ……!)
「そ、そういうわけには……」
おいおい……明らかなイジメに対してその対応かよ……教師失格だな。
「……先生? 始めてもよろしいでしょうか?」
「えっ!? あっ、ど、どうぞ!」
優しく微笑みながら問いかけた俺に、先生は慌てて返事をした。
カカシに向かって右手を構える。そんな俺に対し、周囲からは舌打ちとため息、そして見下すような視線が向けられていた。
(……ひぐっ……! ふっ……うぐうぅぅ……!!)
――ふざけるな。てめぇら、誰を泣かしたか分かってんだろうな?
「『根源よ、熱光の理を宿し、凝球と成りて放たれよ』」
構えた右手の先に、ひときわ赤く光り輝く魔法陣が展開された。
「は……? 『火の弾丸』の呪文……? なぜわざわざ口に出して……?」
「こ、これはっ……!! 有声詠唱での制限解除!?」
怪訝そうに呟くカーミラとは対照的に、先生は信じられないといったように声を荒げている。
その間、陣の中心部に生じた小さな炎はみるみるうちに勢いを増し、やがてバスケットボール大の火球へと成長していた。
「『火の弾丸』!!」
詠唱とともに火球はカカシへと一直線に飛んでいき、そして着弾の瞬間、大きな爆発音とともに炸裂した。
「きゃあああ!?」
爆発の衝撃に、生徒たちが一斉に悲鳴を上げた。
グラウンドに固定するための木の杭が根元からへし折られ、カカシは後方へと吹き飛ばされる。ガラガラと音を立てながら地面を跳ね、やがて静かに横たわった。
その胸部に付けられていた鎧は黒く煤け、着弾点には凹みが生じていた。
「な、なんなの……!? いまの威力は……!?」
カーミラの言葉をきっかけに、生徒たちがざわざわと騒ぎはじめる。
「じ、上級魔導士に匹敵するほど緻密な魔力コントロールに……思考詠唱の何倍も難しい、有声での呪文処理……! それを、この年で……!? し、信じられない……!」
その中で、先生だけが驚愕に声を震わせていた。
(え、エイト様……!? 今のは、昨日の……!)
「……アリアさん、もう一回だけ、フルネームを教えてもらってもいい?」
涙ぐんだ声のまま戸惑うアリアさんに向け、周囲の騒めきに隠れるように、小声で呟いた。
(へっ……? ふ、フルネーム、ですの……? え、えぇと――)
そしてゆっくりと、優雅に振り返る。
視界に映ったのは、アリアさんを『無能』と蔑み、見下した有象無象たち。そんな雑魚どもに向け、俺は毅然とした態度で口を開いた。
「――わたくしの名は! アルティラリア・クロスバード・セントリアル・ネクスナイト! いずれこの国を背負い立つ、正統なる後継者として生を受けし者! 決して『無能』などと誹られる謂れは、ございませんわ!!」
胸を張り、堂々と言い放った。そんな俺を、彼女たちはただじっと、口をつぐんだまま見つめていた。
「……こほん。それで、わたくしの結果はどうなのでしょうか?」
「えっあっ、え、えーっと……! も、文句なしの合格……というか、もっと上のクラスまで行ったほうがいい気が……」
「まあ……それは、飛び級ができるということでございましょうか? それは良いですわね」
いまだ面食らったまま動けずにいる生徒たち、そしてカーミラに、ちらと視線を向ける。
「わたくしは……どうやら皆様に、嫌われてしまっているようですので……」
声の端に、ほんの少しだけ皮肉を込めた。
「では、先生? 皆様の時間を無駄にしないためにも、飛び級について早急にお聞かせいただけませんでしょうか?」
「わ、わかりました! では、応接室のほうへ……あっ、皆さんは、先に講堂に戻っててくださいね!」
そう言って歩きだした先生の後ろを、背筋をピンと伸ばし、堂々とついて歩く。
「……あ、ありえませんわ、こんなこと……!」
すれ違いざまに見えたカーミラの顔は、絶望に青ざめているように見えた。
「何かの間違いよ……! そんな……飛び級だなんて……! 成績トップの私を差し置いて……!!」
自尊心を叩き折られ、行き場のない感情に苛まれているんだろう。カーミラは何かをブツブツと呟いていた。
「あなた!! 何かズルをしたんでしょう!? きっとそうよ!! このっ……! 卑怯者!!」
吐き捨てるような言葉が、俺の背中にかけられる。この期に及んでまだ負け惜しむその性根の悪さに、もはや哀れみすら覚える。相手をする気にもならず、振り返らずに歩き続けた。
……が、よく考えればズルをしてることに変わりはなかった。でもまあ、バレなきゃセーフでしょ!
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