015. ほんと、お可哀想なこと
( で始まって 」 で終わるセリフは、アリアが話した言葉をそっくりそのまま、エイトが話しているという表現です。(毎回地の文で補足するとウザいので……)
眩しいほどの朝日が窓から差し、外からは小鳥の楽しげなさえずりが聞こえてくる。麗しく、そしてご機嫌な朝だ。
「ぐえっ……!?」
(うぐっ……!?)
そんな清々しい朝には不釣り合いな声が、喉の奥から漏れた。
「――はっ!? も、申し訳ございませんお嬢様……!」
慌ててアミュレットさんが、俺の腹部を強烈に締め上げていたコルセットの紐を解く。危うく朝食をリバースするとこだったぜ……。
「お、お体に何か、異常はございませんでしょうか……!?」
(だ、大丈夫ですわ……! 少し驚いたくらいで、なんともありませんので……!」
心配そうに俺の顔を覗き込みながら、アミュレットさんは紐を締め直した。昨日よりもずいぶんと緩いが、その分動きやすそうだ。
「申し訳ございません、その……少し、気が緩んでいたようです……」
気まずそうに目を逸らし、彼女は言った。
(アミュレットが加減を誤るなんて……! 珍しいものを見ましたわ……!)
が、アリアさんはなぜか嬉しそうに呟く。ミスっても怒られないなんて、なんて素敵な職場なんだ……!
「なにやってんだテメェ、クビにすんぞ! ……って、アリアさんが怒ってますよ」
(えええエイト様ぁ!?!?)
とはいえ、多少は緊張感があったほうがいいよな! ちょっとだけ脚色しておくぜ!
「黙れ。お嬢様がそんなことを言うはずがないだろう。殺すぞ」
「ひえっ……」
え、こわっ……。ちょっとしたジョークやないですか……。
(エイト様っ! お戯れはよしてくださいましっ!)
アリアさんは可愛らしく、ぷりぷりと怒っている程度だが……俺を睨むアミュレットさんの目はマジだった。
「す、すんません……」
「はぁ……。ほら、次はドレスだ。手を上に上げろ」
指示通りバンザイをして、上から被せられるようにドレスを着せてもらう。公務用とは違って派手さはないが、それでも生地の手触りから察するに、相当高級なものなんだろう。
「こっちは学園指定のローブだ」
「うおっ! なんかすげーそれっぽい!」
次に手渡されたのは、外側は黒く内側が赤い、これぞ魔法使いといったデザインのローブだった。
「おおー! これこれ! やっぱ魔法使いはこうでなくっちゃ!」
姿見で確認してみると、『まさに』といった出で立ちになっていた。杖が無いのが非常に残念だが、その立ち姿からはどことなく勇敢さが感じられる。おでこに傷とかないかな……。
「……あ、忘れてた。これも付けてっていいっすか?」
「ん? ああ、構わないが……」
ついでに、棚の上に置いてあったカチューシャを手に取り、視界を遮るように垂れさがっていた前髪をかき上げて留めた。
(え、エイト様……!? それはっ……! 学業には必要ありませんわぁ……!)
「いやいや、こうしないと黒板が見えないじゃん?」
魔法の学校に黒板があるかは知らないけども。
(で、ですがっ、その……!)
「恥ずかしがらなくたって大丈夫だよ。だってほら、こんなにかわいいんだから」
(かっ、かわっ……?!?!)
姿見の前で、見せつけるように次々とポーズを決めていく。アリアさんという素材が良いのもあってか、どうポーズを取っても絵になるのがすごく楽しい。なんか、もっといろんな恰好したくなってきたな……。
「お嬢様、エイトの言うとおりでございます。せっかく可愛らしいお顔をしていらっしゃるのですから、隠してしまうのはもったいないですわ」
微笑みを浮かべながら、アミュレットさんはしみじみとそう言った。
(あ、アミュレットまで……! う、ううぅ……!)
照れくささが限界に達したのか、アリアさんはしばらくの間呻き声をあげていた。
道中、馬車に乗っていたのは、ほんの数分だった。王女様ともなると、この距離ですら歩かなくていいらしい。ちょっと過保護すぎやしないかと思いつつも、俺は馬車を降りた。
「いってらっしゃいませ」と、背中にかけられた声に振り向くと、心配そうな表情でアミュレットさんは俺を見つめていた。……まあ、口元が引きつっていたところを見るにそれは、『俺が勝手なことをしないか』に向けられた心配だろうけど。
入り口に立ち、見上げた建物は王宮と同じく石造りで、正面頭上には王国のものであろう紋章が掲げられていた。アリアさんの指示に従い、目の前の門をくぐり抜ける。
『セントリアル王立魔導院教導養成局附属魔法学園』。読み上げるのがイヤになるくらい名前が長いこの学園は、王国からの認可を受けた唯一の教育機関だ。そのため敷居が高く、貴族や上流階級の子供くらいでなければ通うことができない。また、貴族は子供といえど忙しいため、一日三時間程度しか授業は行われないらしい。……ずいぶん楽な時間割ですなぁ。
十二歳になる年に初等部へと入学し、魔力感知などの基礎から魔法を学ぶこととなる。そこで一年ほど学んだあと、進級試験を経て中等部へと上がることができるようだ。つまり今日の試験で合格できなければ、アリアさんは留年ということになる。……めちゃくちゃ責任重大じゃねえか。俺、登校初日なんですけどね……。
ちなみに、魔力運用の適性には性別差による偏りがあるらしく、男は身体強化に、女は魔法発動に、それぞれ適性が向きやすいとのこと。そのため魔法使いは基本的に女性が多く、特にアリアさんのクラスでは男が一人もいないらしい。ハーレムじゃんとも思ったが、今は俺も女の子になってしまっているわけで。……つまり、百合ハーレムってことだな!
講堂内に足を踏み入れ、キョロキョロと辺りを見回してみる。右手側には大きな黒板が向こうの端まで延びていて、左手側にはそれに向かって、弧を描くように座席が配置されていた。
「アリアさん、席どこ?」
他には誰もいないので、堂々と声をかけた。
「……アリアさん? 起きてる?」
(――あっ、え、えとっ! ど、どこでも大丈夫でございますわ……!)
とのことなので、適当に前から二列目辺りに腰を下ろす。……席固定されてないのか、大学みたいだな。
「誰も来ないし、早く来すぎた感じかな?」
(へっ……? あっ、そ、そう……かもしれません……)
黒板の上の時計を見るに、聞いていた開始時刻まではまだ十五分以上ある。まあ、大事な試験の日に遅刻するよりはマシか。
「……あー、アリアさん? なんかあった?」
(ふえっ……!? わ、わたくしでございますか……!?)
他に誰がいるというのだ。
「なんかずっと上の空っぽいけど、大丈夫?」
(うっ……! そ、それは……!)
留年がかかっているということで、緊張でもしてるんだろうか。俺はまったくしてないけど。
「――さっきから何を一人で喋ってらっしゃるのかしら?」
(ひっ……!?)
不意に聞こえた知らない声。いつのまにか、隣に少女が立っていた。
「ここはあなたの自室ではなくってよ? 周りに誰もいないからって、勘違いしてしまったのかしら?」
(か、カーミラ様……!)
胸元まで伸びた薄金色の髪を、右手でバサッと払いながら、彼女……カーミラは言った。大人の真似事がしたいのだろうその気取った話し方は、幼く甲高い声質のせいで妙に鼻についた。
「それに、いくら早く来たからって、試験で優遇されるわけではありませんのよ? 無能すぎて、そんなこともわからないのかしら。ほんと、お可哀想なこと」
バカにしたように鼻で笑いながら、カーミラは言った。
彼女の後ろには、取り巻きらしき少女たちが数人。その誰もが、ニヤニヤと俺を見下すように眺めている。……百合ハーレムどころか、四面楚歌だなこりゃ。
「それにしても……そのカチューシャ、似合っておりませんわねぇ……」
俺は特に返事もせず座っているだけだが、彼女はお構いなしに喋り続けている。
「ま、陰気臭く前髪を垂らしているよりは、よほどマシなんじゃないかしら? なんにせよ、どう足掻こうが覆せないほどにあなたは無能なのだから、諦めてさっさと帰ったほうが身のためですわよ?」
……ずいぶんよく喋るガキだな……。
「……なんですの? その目は。どうせ言い返す勇気もないくせに」
無意識に睨み付けてしまっていたようだ。途端にカーミラの顔が苛立ちに歪んだ。
「……まあいいわ。あなたと顔を合わせるのも今日が最後。明日から私たちは中等部だけれども、あなたは初等部に残ったままでしょうから。……もしかしたら、無能すぎて退学させられてしまうかもしれませんわね?」
周囲に同意を求めるように、カーミラは嫌みったらしく首を傾げた。すると取り巻きたちから拍手が巻き起こる。
そして満足気に「おーっほっほっほ!」と高笑いを残し、彼女は取り巻きを連れて別の席へと歩いていった。
「……今の誰?」
(――ぁっ、えとっ……! か、彼女は、王国建国に携わった『十二貴族』のひとつである、バートラム家のご令嬢、カーミラ様ですわ……)
じゅうにきぞく……? そいつら目玉に数字入ってたりしないよね?
「貴族のご令嬢ねぇ、それにしてはずいぶんお行儀が悪いなぁ」
人を見下して悦に入る、そんな悪い遊びを覚えたばかりなんだろう。甘やかされて育ったんだろうなぁ。
(……その、ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません……)
「なんでアリアさんが謝るのさ」
(そ、それは……。ひとえにわたくしが……無能なのが悪いのです……)
今にも泣きだしてしまいそうに声を震わせながら、アリアさんは言った。
(それこそ入学当初は、皆様にも親しく接していただいておりました……。ですが、ひと月をすぎてもなお、魔力を感じ取ることすら叶わないわたくしを見て、皆様のご様子は次第に変わっていきました……。どうやら、見限られてしまったようで……『第一王女のくせに、こんなこともできないのか』と、厳しいお言葉をかけられてしまいましたわ……)
ひどい扱いを受けたにもかかわらず、彼女からは恨み節のひとつも出てこない。あくまでも、『才能の無い自分が悪い』らしい。
(あの……! どうかアミュレットやお父様には、秘密にしておいてはいただけないでしょうか……? 余計な心配をかけたくはないのです……)
もし『王女をイジメている』なんてことが公になれば、カーミラたちはきっとひどい処罰を受けるだろう。おそらくアリアさんはそれをわかっているから、黙って耐え続けることを選んだんだ。どこまでいっても、他人が第一なんだろう。
ふと周りを見ると、取り巻きだけでなく全てのクラスメイトが、こちらをチラチラと見ながら薄ら笑いを浮かべていた。
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