012. いいい今すぐ目を閉じてくださいましいぃぃ!!!!!
( で始まって 」 で終わるセリフは、アリアが話した言葉をそっくりそのまま、エイトが話しているという表現です。(毎回地の文で補足するとウザいので……)
たどり着いた部屋の中、ごそごそと何かを用意するアミュレットさんの後ろ姿を眺めていた。
「さて……。エイト、そのまま動くなよ」
「え? な、なんすか……!?」
手に何か、布のようなものを持ったまま、アミュレットさんが俺の背後へと回る。そしてその布で、俺を目隠しした。
「お嬢様、この部屋にやってきた時点で勘付いておられるとは思いますが……どうかご安心を。この後のことは全て、私にお任せくださいませ?」
(う、うぅ……!)
意味深に話すアミュレットさんと、どこか怯えたように呻き声を上げるアリアさん。いったいこれから、なにが行われるというんだ……!?
「……エイト、これからお前は湯浴みをする。しかし、実際に手を動かすのは私だ。お前はただ黙って、私に身を委ねていればいい」
なるほど、お風呂タイムってことね。全裸にならないといけないわけだから、そりゃアリアさんは嫌がるよなぁ……。でもアミュレットさんが全身洗ってくれるなら、トイレのときみたく罪悪感を感じずに済むかも?
「その目隠しは、お嬢様を辱めないためのものだ。わかっているとは思うが、もしそれを取ろうものなら……その時は、貴様を殺す」
「ひえっ……」
そうなったらアリアさんも死にますが!? というツッコミも入れる気にならないほど、声に殺気が込められていた。
「くれぐれも肝に銘じておくことだな。では、服を脱がすぞ」
(エイト様……どうか、くれぐれも……! お願いいたしますわね……!?)
目隠しされたまま、浴室内? に設置された椅子? に腰掛けた俺は、アミュレットさんが髪を洗ってくれているのを、ただじっと待っていた。
「こんだけ髪長いと、やっぱめちゃくちゃ時間かかるんすね〜」
もうかれこれ、十分くらいは髪をわしゃわしゃされている気がする。アミュレットさんがじっくり丁寧にやってくれてるのもあるが、男の感覚ではどうにも長丁場に感じてしまう。
「……えーっと、アミュレットさん? 大丈夫っすか?」
「――ん……? あ、あぁ、悪い……! 少し、考え事を……。何かあったか?」
とは言うが、その手つきはずっと優しく繊細なままだった。できるメイドは思考と行動を切り離すことだってできるらしい。
「あ、いや、大したことじゃないんすけど……髪長いと時間かかっちゃうんすねって……」
「それは、当然だろう? 長く美しい髪こそ、一国の王女の証だ。それを保つためなら、何時間かかろうが惜しくはない」
知らない文化だなぁ、この国ではそうなんだ。
(その……退屈な思いをさせてしまい、申し訳ございません……)
「あ、いや! そういう意味じゃなくて……! 大変だなーって思っただけで……!」
「ん……? あぁ、なるほど……。お嬢様? このようなデリカシーのない男の言うことになど、耳を貸す必要はございませんわ」
「は、はは……」
俺の言葉からアリアさんが何を言ったのか推測するとは……やはりこの人、シゴデキすぎる……。
「それにしても、厄介な状況でございますわね……」
優しく俺の髪を撫でながら、アミュレットさんは言った。
「せめて直接お話しができるようになるだけでも、幾分か事態は好転するのですが……」
(それについては、そこまで悲観する必要はないと思いますの。だってこうやって……ふふっ! エイト様が、わたくしの口調を完璧に真似て伝えてくれますもの!」
楽しげに答えたアリアさんの言葉に、アミュレットさんの手が止まった。
「……それが本当にお嬢様のお言葉なのか、私には判別がつかないのです。……もしもエイトが、悪意を持ってお嬢様に成りすましていたとしたら……? 本物のお嬢様は、今もどこか別の場所に囚われているのではないかと……。私は不安でたまらないのです……」
(あ、アミュレット……)
アミュレットさんは今も俺を疑っているようだが……それが当然の思考だろう。俺がいくら口調を真似ようと、それがアリアさん自身の言葉であると証明できるものは、現状何もない。『二人だけの秘密』にしたって、縋るには細すぎる糸だ。
「……アミュレットさん、俺が今ここで何を言ったって、意味がないのはわかってます。けど……信じてください。アリアさんは、ここにいるんです」
疑われるのはしょうがない。でもそのせいで、アミュレットさんが不安を抱え続けるのは嫌だ。だから俺は、精一杯の誠実さを言葉に込めた。
「……すまない、気を使わせたな」
背後でひとつ息をついたあと、アミュレットさんはそう呟いた。
「お嬢様、必ずや私が、元に戻す方法を見つけてみせます。それまでの間は……いえ、これからも、私がずっとそばにおりますから、どうかご安心くださいませ?」
俺の中にいるアリアさんに向けて、アミュレットさんは言った。それはきっと、『お前の言葉を信じるぞ』という意味でもあるはずだ。それがなんだか嬉しくて、無意識のうちに口角が上がっていた。
(ふふっ、それなら安心ですわ! では、アミュレット? これからも、よろしくお願いしますわね?」
「もちろんでございますわ、お嬢様」
――その微笑ましいやり取りには、単なる主従関係を超えた、愛情にも似た何かがあった。
(それで、元に戻る方法についてなのですが……なにか、当てはあったりしますの?」
「たしか……ジ・アールのほうでは、魂や霊魂といったものが宗教と深く結びついているため、体系的に研究が進んでいるとか……。まずはそこから、当たってみようかと思っておりますわ」
(ジ・アール……というと、遥か東にあるという……?」
「ええ、そのとおりでございますわ」
よくわかんないけど、地理の話をしてるっぽい? 地理は苦手なんだよなぁ……。
「私の考えでは、お嬢様は今『エイト』という別の人間の魂に、『取り憑かれている』状態なのではないかと思っております。ですので、どうにかそれを分離する方法はないか調べるつもりでございますわ」
(分離……もしそうなれば、エイト様の手を煩わせることもなくなるでしょうか……)
――まずは他人を思いやり、自分は二の次。わかっちゃいたが、アリアさんはそういう人なんだ。
「……エイトがただの悪人なら、除霊してしまえば済む話かもしれないのですが……」
(じ、除霊!? そんなのダメですわ! エイト様がいなくなってしまいます!)
「そ、そんな、人を悪霊みたいに……」
いや待てよ……? 人の体に乗り移って好き勝手動かしてる奴なんて、悪霊そのものなんじゃないか? ……念仏とか唱えたら、セルフで成仏できないかな……。
「フっ……冗談だ。命の恩人に対して、そんな恩知らずなことはできない」
いえ……こんな迷惑な奴、サクッと除霊してもらって大丈夫ですんで……。
「なんにせよ、解決の目処が立つまではお前にも多少、無理をさせるかもしれない。公務や学業をおろそかにするわけにはいかない以上、お嬢様の代わりに、お前にやってもらうほかないからな」
「うっ……。れ、礼儀作法とか自信ないんすけど……」
「心配するな。私がお前に、王族としての作法全てを叩き込んでやる」
「ひえっ……」
あぁ、終わった……スパルタ確定だ……。
(うぅ……エイト様……厳しい役回りを押し付けてしまい、申し訳ございませんわ……)
気にしないでくれアリアさん……これは、体を乗っ取ってしまった俺への罰なのさ……。
「……っと。泡を流すから、そのまま待っていろ」
髪に添えられていた手の感触が消えるとともに、ヒタヒタという足音が俺の前方へと移動した。
「うぃーっす。……んっ、ふえっ……」
ちょうどそのとき、頭から流れ落ちてきた泡が鼻先に滴ってきた。それが妙に俺の鼻をムズつかせ……。
「はっ……はっ……! ……くちゅんっ!」
こらえきれず、くしゃみをした。そしてその響きは、自分でもときめいてしまうほど可愛らしかった。アリアさんの体だと、こんなにも愛嬌あるくしゃみができるんだなぁ……。
「……あっ、やべっ」
(はっ……!?)
そして顔を上げたとき、異変に気付いた。俺の目を覆っていたはずの布が、ずれている。
「ん……どうかしたか?」
気付いたときにはもう遅かった。鮮明になった視界に映ったのは、振り返ったアミュレットさんの、豊満な胸の谷間。そして聞いていたとおり、その奥では小さなホクロが、慎ましやかに顔を覗かせていた。
(えええエイト様ぁ!?!?!? いいい今すぐ目を閉じてくださいましいぃぃ!!!!!)
アリアさんは大慌てでそう言ったが、アミュレットさんは残念なことに……いや、幸いなことに、全裸というわけではなく薄手のシャツのようなものを着ていたため、決定的なものは何も見えてはいない。……まあ、キチッとしたメイド服とは違って胸元が非常にルーズなのと、水に濡れてところどころ肌が透けているせいで、十分センシティブではあるが。
「……貴様、なぜ目を開けている……?」
「はっ!? す、すいません!!」
アミュレットさんに射殺すような目で睨まれ、慌てて目を閉じた。
「布がっ! くしゃみでっ! すいません!」
「万が一ズレたときに備えて目を閉じておくべきだと……その考えにすら至らなかったということか?」
「そっ……! そう、です……すみません……」
「いや、謝らなくていい。そんな簡単な想定すらできないほどに、貴様が愚図であることを見抜けなかった、私の責任だ」
「うぐっ……」
そんなモラハラ上司みたいな責め方しないでぇ……。
(エイト様……!! いま見えたものについては、即刻忘れていただきますわ……!!)
一方のアリアさんは珍しく、低く唸るような声で俺に怒りをぶつけている。が……目に焼きついてしまったものは、すぐには忘れられないのだ。
「はぁ……まったく、体がお嬢様のものでなければ、この場で蹴り殺してやるんだが……厄介なものだ」
ともあれ、なんとか命拾いしたようだ。まあそもそもアリアさんの体である以上、どんな悪行を働こうがお咎めはなさそうだが……そこまで俺は悪人にはなれないし、なりたくもない。全部終わるまでは、大人しく目をつぶっていよう……。
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