回想と解放
結局、大男を追いかけることすら出来なかった。ロズは興奮して、すっかり正気を失っていたので、いつかと同じくシュログに気絶させてもらった。ロズを抱えてナトエに戻ると、村の人の好意に甘えて民家に一泊させてもらうことになった。
「ロズちゃんは、前にもこんな……ええっと、荒っぽくなったことがあったの?」
メフェスさんは、ベッドで横たわるロズの頭をずっと撫でて、心配そうに見守っている。
「そうなんです。見境無く暴れだしてしまって」
「そん時もわいが強制的に止めたんや、な」
俺は頷く。シュログは、酒場での出来事を思い起こしているのか、人を蹴散らすような動作をしている。
「ロズちゃん、随分辛そうな顔をしていたわね。それなのに吸血鬼に立ち向かっていくなんて、よっぽどの事があったのね」
「今はましになったけど、"吸血鬼"って単語を聞いただけで手がつけられなくなってたんだ」
「それなのに、吸血鬼を探しに行くコース君の旅に付いてきたのね。もしかして、ロズちゃんはコース君のこと」
「それはないわ」
ベッドの方から声がした。驚いて三人で振り向くと、気まずそうな顔のロズが、薄目を開けていた。
「あら、聞いてたのね」
こくりと頷き、身体を起こす。
「コース君はただの幼なじみ、それだけよ。それよりもわたし、倒れる前、三人に怪我させてはいない?」
「大丈夫だよ」
「よかった。わたしね、思い出したの。わたしの家族がどうなったか。あの日のこと」
「あの日っていつのことや?」
「もしかして、バーニング・ダウン、ベギンス村が焼けた日のことか」
「そのとおりよ、コース君」
メフェスさんは驚いた顔をし、ロズをいっそう優しく撫でた。
「名前を出しただけで辛い顔してしまうなら、無理に思い出さなくても良いのよ?」
「ありがとうございます、メフェスさん。でもわたし、話したいんです」
「ロズちゃんが話したいんなら、わいはしっかり聞くわ」
「じゃあ話すわね、わたしが何で"吸血鬼"を憎むのか」
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わたしの家族は四人いたの。お父さんとお母さん、わたし、そして妹のマリーよ。わたしとマリーはとっても仲が良かった。コース君はわたしたちが喧嘩してるところ、見たことないでしょ?
ここで、コースは神妙な面持ちで頷いた。
家にいるときだって、めったに争わなかった。それほど仲良く幸せな家族だったわ。……あの日まではね。そう、バーニング・ダウン。でもね、わたしは村が、故郷が全焼したことを、よくは覚えてないの。気絶しちゃったから。わたしにとって最悪だったのは、その前。吸血鬼が火を放つ前に、わたしにしたことのせいなの。
あの日、一度コース君に会ったよね? 家族で買い物に行った帰りだった。その後はお母さんが夜ご飯を作るのを待ちながら、みんなでお話ししてた。
そしたら、村のあちこちから悲鳴が聞こえてきた。お父さんは、周りの人が心配だと言って様子を見に外へ出ていった。暫くしてお母さんも、帰ってこないお父さんを探しに、わたしとマリーには隠れているように言い残して外へ出ていった。
そして、わたしとマリーは別々の所に隠れたの。悲鳴は止むことがなくて、それで怖くなったのか、マリーは泣き出してしまったの。そんなとき、家のドアが乱暴に開けられた音がした。マリーも気付いて、必死に嗚咽をこらえようとしていたみたい。でも、見付かってしまった。
「随分と小さい娘だな、喰い応えはなさそうだ」
そんな声が聞こえては、わたしも姉として黙って隠れているわけにはいかなかった。
「妹を離し……」
叫びながら出てきたけれど、相手は想像以上におぞましかった。わたしの2倍は優に越える巨体、血まみれの服、マリーを今にも噛みきらんばかりの歯。勇気は途中で消えてしまった。
「嬢ちゃんがこいつの姉か。いい度胸してるな、名はなんて言うんだ?」
「ロズよ」
消え入りそうな声で、なんとか答えたの。
「ロズ……ロズか、いい名前だ面白い。よしチャンスをやるぜ」
相手は少し考えたと思うと、わたしに向かって何かを投げてきた。拾えと言わんばかりに指をさすので恐る恐る手にすると、麻袋のなかから銃が出てきた。相手はにんまりし、マリーを放して両手を広げた。しばらくそのままでいたが、震えるばかりなわたしにしびれを切らして、迫ってきた。
「ほら、早く俺を撃ちなよ。……まさか嬢ちゃん、使い方知らないのかい?」
お父さんが使っているのは見たことあったけれど、絶対に触るなと言われていた。だからわたしはこくりと頷いた。目をそらすと何が起きるかわからないから、ずっと目を合わせながら。
「へ、人間ってのは弱い上に平和ボケときたか。自分達で作ったんだろうに。こうして、こう撃つんだよ」
わたしの手は上から掴まれ、銃を握らされた。わたしの指が撃鉄を起こし、引き金を引く。
ばん
屋根に穴が空いた。
「簡単だろ? それで今度は俺様を撃てば、妹は助かるんだぜ? 早くしないと親衛隊が俺を探しに来るから急いだ方が」
言い終わらぬうちに、わたしは銃を相手の胸に向け、引き金を引いた。
ぱん
赤い血が吹き出す。わたしは反動で少し飛び、尻餅をつく。そして、立ち上がれなくなった。痛かったからじゃない。目の前の光景が信じられなかったの。
わたしの撃った銃弾は、マリーを射ぬいていた。
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「そこからはよく覚えてないの。この手で殺してしまったと泣き叫んで、顔をあげたら大男は居なくなっていて。あいつが何をしたかったのかもよくわからないけど、当てたかったあいつには当たらなかった」
「ロズ、それは明らかに向こうの誘導」
「わかってる」
シュログの言葉は、遮るロズの声に消えた。
「わかってるわ、頭では。でも、あんなにわたしに撃って欲しそうだったのに、逃げた。そして、今日も。だから私は撃つの、今度こそあいつらを。お父さん、お母さん、マリー、ベギンス村のみんなを殺して、わたしにまで殺させた吸血鬼を撃つの。でも、なんでわたしなの? なんであんなに可愛くて幸せなマリーが死んで、わたしだけが生きてるの?」
「ロズ、そこまで抱え込んでいたんだな。気付けなくてごめん」
「気付くもなにも、わたし自身が忘れてたのだから。マリーを殺したのは吸血鬼じゃないって、忘れたかったのよ」
「でも、マリーちゃんに申し訳無くて、感情まで無くして生きてきたんでしょ? もう十分許してくれてると、お姉さんは思うわ」
メフェスさんはロズの髪を優しく撫でた。ロズの瞳からぽたぽたと、涙が溢れてきた。バーニング・ダウン以来初めてであろう、ロズの涙、メフェスさんの膝で横たわる暖かそうな表情。どれも眩しく、同時に胸が締め付けられる。
ふと、旅立つ前の、宿屋での生活を思い出した。
──「辛いことは何時までも抱え込んでないで、忘れちゃうのも一つの解決策さ。忘れられるまで此処に居ていいから」──
女将さん、忘れすぎるのも辛いんですね。
一年ぶりすみません。リアルが忙しく、書く気力が起きませんでした。エタらせるつもりは全く無く、毎月100字くらいちまちまちまちま書いてました。
完結まで必ず書くので、これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。




