駆けた先には
メフェスさんに乗り方を教えてもらい、まずは乗っている感覚を覚えることになった。
ベギンス村にいた頃にも、馬車としての馬はよく見ていた。御者が手綱を持ち、しならせて馬の歩みを進めさせていた光景を思いだし、俺も真似てやってみた。しかし、馬は地面を掘るばかりで一向に進む気配が無い。そんな俺を見て、メフェスさんは興味深そうにしていたが、口を挟みはしない。何度か鞭のように扱っていると、ノロノロと動き出した。一歩踏み出す毎に体が大きく揺れる。バランスを崩して前屈みになった所で、メフェスさんが手綱を引いて止まらせてくれた。
「はい、一度降りようか。コースくん、筋が良いわね。筋力が足りないようだけれど、姿勢を教えればすぐ一人で乗れるようになりそうね。じゃあ次は、頑張ってくれたこの子を褒めてあげましょう。首の辺りを叩いてあげるの」
言われた通り、首を優しく触ってあげたが、メフェスさんがもっと強くというようなジェスチャーをするので、軽く音がなる位まで叩いた。馬は首を下げ、喜んでいるように思えた。
「馬とスキンシップをとって、信頼関係を築くの。コースくんだって、見知らぬ人に乗っかられるなんてごめんでしょ?」
「乗っかられる?! そ、そうですね。でも今の俺は、見知らぬ女性に助けてもらって今がありますし……」
「そう考えると、お姉さんが良い人でよかったわね。お姉さんじゃなきゃ、こんな可愛い男の子、食べちゃってたかもしれないし」
「吸血鬼に食べられる……そんなことになるなら、自決してやる」
「もう、冗談通じないわねぇ」
おっと、つい思考を口に出していたようだ。まずは手綱の持ち方からよ、と間髪入れずに、メフェスさんの怒涛の説明が始まってしまったので、果たして何を言いたかったのか解らずじまいだった。
さて、馬に乗りはじめて六日で、馬を長く走らせることが出来るようになったので、昨日の休息日があっての、今日はとうとうナトエへ向けて旅立つ。落馬しすぎて満身創痍のシュログの荷物を、三人で分担し、せめて負担が軽くなるようにした。メフェスさんは、弓と矢筒が装着していた。
「メフェスさんは弓使いだったんですね」
「そうよ、言ってなかったかしら。矢もこれだけあれば、足りるかしらねぇ」
そう言って、矢筒の中身を見せてくれた。二十五本くらいだろうか、ぎっしり入っている。
「いいんじゃないでしょうか、俺はよく知りませんが。ロズの銃もあるし、なあ」
ロズに問いかけると、小さく頷いた。
「あら、ロズちゃん、そんな良いものを持っていたのね。なら弾も持っていきましょう。見せてもらっても良いかしら?」
ロズがカバンから銃と弾の入った袋を取り出した。渡すときの手が、震えているようにもみえた。
メフェスさんは受け取り、袋を開くと、目を見開いた。
「大きさは、この街で売ってる拳銃と一緒ね。でもこの銀色の銃弾、普通の材質じゃないわ。何で出来ているのかしら」
ロズは、何を訊かれても、ただ分からないと言うように、首を振るだけ。そこで、シュログも覗きこんできた。
「なんや、たっかそうな色してんな。わいなら、適当に売りさばいとくわ。こんなん、撃つの勿体無い」
「そうね、この袋はロズちゃんが大事に持っていてくれるかしら。弾は買ってくるわ」
「わかったわ」
メフェスから一式受け取ると、物騒だから見たくないのだろうか、カバンに突っ込むようにしまった。几帳面な方だと思っていたから、武器がなおさら嫌なんだろうと思った。ツェベンの宿屋にいた頃も、俺がナイフを研いだり、切れ味を試しているのを、不満そうな顔をして見ていたのを知っていたから。
足りない物を買いに行ったメフェスさんが、帰ってきた。とうとう出発だ。メフェスさんの後を追いようにして、俺らは一斉に、馬の脇腹に蹴りを入れた。
馬上は、徒歩よりは快適に思えるかもしれないが、絶えず振動に耐えなければならない。駆けさせる時は俺も立ちあがったり座ったりを繰り返す。
ナトエに着くなりくたびれては元も子もないので、一度長く休息を取ったお陰で到着は半日遅れたが、それでも初心者にしては上出来だわ、とメフェスさんは誉めてくれた。
「着いたはいいけれど、町の人は普通に出歩いているのね」
「そのようやな。ちと話してみんか?」
シュログの意見に賛同し、各々町の人から情報収集をした。四人の話を合わせるに、みな俺達に好意的ではあるが、この森のそばの穏やかな町に、吸血鬼が出たなんて真面目に取り合っていないようだった。危害が出てないせいもあるだろう。しかし、一人だけ、目撃したとされる場所を教えてくれた。
「俺の友達から聞いたんだがよ、あの大きな木の陰に、知らない人が隠れていたんだと。そいつがとんでもない巨人で、嫌に歯も鋭いから、化け物だぁって、腰抜かして叫んだそうだ。そしたら、森の茂みに消えていったと。普段冗談なんて言わない奴だから、気になってよ。あんたたち、調べに来てくれたんだよな?」
「勿論です。本当に吸血鬼なら、すぐさま倒してやります。それで、あなたの友達がその人影を見たのはいつ頃だと言ってたんです?」
「ありゃあ月がよう出てた日だから、四日前じゃないか」
「四日前の夜、ですね。ありがとうございます」
「でもよ、嬢ちゃんたちもいるんだし、よう気を付けなよ」
こうして手掛かりを得た俺達は、夜になるのを待ってから、大きな木の周辺で、痕跡を探していた。
「あ、あんたは……マリーをよくも」
突如、ロズが暗闇を見詰めて、震え声で叫びだした。また、発作が出てしまったのだ。
やがて、ロズが向けた銃口の先に、その何かの姿が見えるようになった。
「よう、久しぶりだな。お、俺があげた銃、使ってくれてたのか。くれぐれも主に向けて放ったりするなよ?」
ガルルルと獣の唸り声が聞こえた。俺とシュログが驚くと、一言も発していなかったメフェスさんが、茂みに向かって鋭い一線を放った。
「おいおい、銃じゃなきゃいい訳じゃないからな」
ところが目の前の大男は、矢を軽々と掴み、膝でへし折った。語気は荒いが、顔は笑っている。
「さて、人間が数の利で攻めようとすることと、俺様の駒が動いてくれていることはよーく分かった。その様子だと、俺の舎弟を殺したのはお前らじゃない、ということも、な。どうやら俺は人間様には重要視されてなかったようだし、大人しく帰るか。蹴散らせ、狼」
そう吐き捨てるなり、狼が飛び出してきた。俺達の剣などの武器を見てもびくともしない。
「待て、お前は何なんだ?」
「吸血鬼だよ、お望みならば吸ってやろうか?」
ロズは、大男の後ろ姿に、ようやく銃弾を放った。だが当たらなかったようだ。
「ひとつ忠告しとくよ、女子さんよ。俺のあげた弾を変えない方が、お前らのためだぜ」
メフェスさんも矢で応戦したが、でかい割りに足が速かったので、矢は空しく枝に引っ掛かる音しか立てなかった。
遅くてすみません。早めに完結させる方向でいます。




