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僕らは護られていた  作者: 齊藤さや
第二章
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来訪

 山道をひたすら歩いてきた疲労と、未知の恐怖に震える膝をどうにか動かし、ついに怪しい建物を発見した。人が住んでいるとは思えない山奥に不釣り合いな直線的な家屋、ドアとひとつの窓だけという簡素な外観だ。いつ頃造られただとかはオレに知識が無いから検討もつかないが、清掃はされているのだろう、廃屋には思えない。だが山中には生活の跡も無かったし、今も昼間だと言うのに物音ひとつ聞こえない。

 しかしオレの直感は、建物に入るなと告げている。こういう時の勘はよく当たる。やはりこんな法外な報酬の依頼、受けないほうが良かったか。『建物内に住み着いた獣の駆除』だなんて、今思えば怪しい書き方をしていたな。金に目が眩んだからこそ今ここに居るわけだが。証拠として毛皮の一部を持ってくる必要さえ無ければ嘘の報告で済ませられるが、"獣"が熊なのか何なのかも分からぬから出来ない。

 意を決してノックをするが、予想通り何も起きない。ノブを捻ると内開きのドアはすんなり開いてしまった。





 中に足を踏み入れると更に驚いた。外観からは想像がつかないほど立派な木造家具が置かれていた。やはり誰か住んでいるとオレは確信する。奥にある部屋なんて、壁一面書物で埋まっていた。

 けれど、どこを見て回っても、獣が荒らしたような形跡は全く無い。何かが腐ったような酷い臭いがするだけだ。住人も居ないが獣もいない。依頼は一体なんだったのかと思った時、ふと床の隅に奇妙な物が置かれているのに気付いた。人が一人ゆうに入れそうな長細い箱だ。片開きの蓋がついているが、鍵は見当たらなく、封もされていない。震えながらどうにか開けてみると、中に人が横たわっていた。

 いや、これは本当に人なのか? 大きさが明らかに違う。身長はオレの一.五倍はあるだろう。手など特に大きく、鋭く磨かれた爪は凶器そのものだ。獣とは"こいつ"のことだったのか。動いていないなら今がチャンスだ。愛用の毒を塗ったナイフを振りあげた時、目の前から何かが伸びてきてオレの腕をきつく掴んだため、刺すことは叶わなかった。無論、伸びてきたのは、動かないと思っていた獣の手だ。


「コール、こんな朝から叩き起こすなんて、どんな緊急事態だい? それに叩かなくても起きるよ」


 眠そうに空いた左手で目を擦りながら、こちらを見ようともせずそう呟いた。意味は分からないが、恐らく勘違いをしているのだろう。











 寝起きの感覚は鈍い。朝なら尚更だ。反射で掴んだ右手の中身が吸血鬼のものでないと気付いたのは、上半身を起こした後だった。コールの手は小さく非力な物ではない。そしてこんな"柔らかい"皮膚を持つ生物は一種類しか知らない。


「あれ、コールじゃないね。君、人間だよね?」


 よく見ると尖った物騒な武器を持っていたので、徐々に締め付けを強くしていき離させた。すると、途端に全身が震え出し、しゃがんでしまった。やっぱりこの人間も怖いんだ。


「単身でここまで来られたのに、武器が無いと立ってすら居られ無いんだね。ははっ、こんなやつに倒せると思われたとは、僕も舐められたもんだ」


 何を言っても震えるばかりで反応がないのが残念だ。いや、喋れないのかも。でも、吸う前に知ってることは訊いておいた方がいいのかな。


「さて、君はどうやってここの場所を知ったんだい? 偶然?」


 微かに首を横に振った。


「誰かに教えてもらったわけだ」


 こくりと首を振った。


「それは誰だい?」

「……知らない……依頼が出てた……」


 ようやく囁くような小声で答えてくれた。依頼か、よく分からないけど、依頼主を知らないならこの人間に用はない。朝飯にでも頂いてしまおう。餌の方から飛び込んできたんだ、文句は言われまい。


「そっか、話してくれてありがとう。ではさよなら」


 胸ぐらを掴んで持ち上げ、首に牙を立てる。悲鳴をあげなかったことだけは評価しよう。口内に甘く、温かい血が流れ込んできた。美味しい、いつ飲んでも人間の血は良い味だ。


「デュラ様、いかがなさいました?」


 この広間と繋がったところにコール用の部屋があるのだが、そこから出て声をかけたコールは、僕を見とめて酷く驚いた顔をしていた。そりゃあそうだろう、人間を吸血してる最中だったからね。まだちょっと血は残っていそうだったけど、釈明するために一旦口を離す。


「この人間の方が僕を殺しに来たんだ。街から(さら)ってきたりはしてないよ」

「デュラ様が朝の間に、この王の住まいを出られたとは思っておりません。それにしても人間が入ってくるとは、(わたくし)も不覚でした。お怪我は無かったです?」

「勿論さ。そうだ、コールも飲む?」


 すっと、動かなくなった人間を差し出したが、手で遮られた。


「老いぼれに朝飯は胃もたれをおこしてしまうのです。(わたくし)は今朝は、念のため起きて外を見て回っておりますね」

「ありがとう。僕は疲れたからまた寝る。あの様子だと一人で来たみたいだったけど、よろしく」

「畏まりました」


 寝床の蓋を開けて、横たわる。吸血鬼は夜行性で光に強くないから、みんな箱かなんかに入って寝ている。まあ僕の場合、お洒落にしたかったのか窓を作った先代のせいなんだけどね。穴の中だから。そういう訳で、小腹も膨れ上がるほどに満たされたし、もう一眠りしよう。

朝飯とは、私達で言う夜食のことです。

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