呪詛
起きて玉座に座っていると、計ったかのようにコールが現れた。流石にフクロウは見張ってないだろうし、センサーでも付いているのかと考えるタイミングの良さだ。
「おはようございます、デュラ様。体調はいかがですか」
「よく寝たからもう大丈夫だ。昨日は疲れからああなっただけだし。コールが馬を狩ってきてくれて無かったら、未だに人間の街でのびてたかもしれないけど。ありがとう」
「滅相もございません。私は、王の世話係です。現王が野垂れ死になんてことになりましたら、私のご先祖様に合わせる顔もありません」
真剣な顔を見るに、どうやら冗談で言ってるようでは無さそうだ。まあ、何を優先されようが構わないけれど。
「ところで、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」
「なんだい、急に畏まって」
「いつも畏まっているつもりでしたが……。ええ、話は人間の事です。何故彼らを殺さなかったんですか」
僕はゆっくりとかぶりをふった。
「コールは、僕が興味本意で生かしたのかと疑っているのかい?」
「いえ、疑っているだなんて。ですが、あの場では、やはりデュラ様の体調のためにも吸血すべきではなかったのかと」
そう、僕が人間と戦ってるのを、結局残っていたコールも見ていたようだった。青年から血を吸おうとして、口も付けずに放ったことを言っているんだろう。その後疲れやら驚愕やらで倒れちゃった僕に、慌てて近くの馬を持ってきてくれたが、そもそも人間から吸っていればそんな手間は要らなかったはずだ、と。そう言いたかったはずだ。
「違うんだよ、コール。僕は吸おうとした。だけれど吸えなかった。牙をたてられなかったんだ。何かに阻まれているかのようだった」
「では絞め殺せばよかったのでは」
「それも出来なかった。一定以上の力が入らないんだ。コールにも試してもらえばよかったな」
あの不可思議な感覚は今でも手が覚えている。いくら腕に力を込めようと、砂を押すように力が流されてしまうのだ。噛もうとすると、歯は痛くはないが見えない壁があるようだった。青年だけじゃない、少女に対しても同じだった。
「左様でございますか。人間にも防衛手段はあったのですね」
「そのようだね。なぜ彼らだけに働いたか気にはなるけど、考えても分からないからいいや」
「やはりこれも呪いなのでございますでしょうか」
「案外そうかもね」
考え込みながら僕の前から去るコール。結局彼は呪いは未だ気になっていたみたいだ。
僕が最も気がかりなのは、コールのいるところでは言えないことで、無論、一度逃がしてみた時のことだ。あの時僕が青年を両親同様吸おうとしていたら、成功していたのだろうか。では、あの少女は? 僕は一人しか生かした覚えは無いが、あの火事の中自力で生き残ったとでも言うのだろうか。それも不可思議な力の成す技なのだろうか。
うーん、並べたところで僕の頭脳じゃ推論は進まない。ひとつ本でも探してみよう。玉座の手すりに手をかけ、立ち上がろうとすると右手に痛みが走った。見てみると、銃弾の形にそこだけ赤くただれている。拾おうとしたところだ。不便だしまずは銀のことから探し直してみるか。
書架には先客がいた。他でもない、リマコールだ。だって、他の吸血鬼は本なんて読めないからね。
「デュラ様も調べものですか」
「うん。他にすることないしね」
「二、三ご要望の声を受けておりますので、机上の葉に書き付けておいたのですが」
「早く言ってよ」
「失礼しました」
後回しにして、記憶を頼りに本を見つける。あった、光る背表紙が。銀についての項目を開くと、説明がびっしりと並び、ご先祖吸血鬼様の走り書きが添えてあった。流し読みしてたせいか、走り書きの内容までは記憶に無い。
光沢が美しいため、装飾に用いられることが多い。稀に、触れただけで皮膚がかぶれる症状を持つ人がいる。注意されたし。……うん、吸血鬼だけど身をもって知ってる。ええと続きは、身体の成分が銀の成分と反応してしまうのだろう、痕は自然に治まるのを待つ他治療法は無い。……なんだい。駄目じゃないか。じゃあ走り書きの方は――先天的に吸血鬼は銀に弱いらしく、触れただけで酷い痕になる。禁忌の際、人間は銀を使って吸血鬼を陥れたと思われる。弱点を知られている以上、素直に人間の提案に従うのがよかろう。どちらも不利益を被る訳では無いのだから――と書かれていた。
銀が弱点だと人間は知ってるのか。今時、森じゃ見ない物質だから吸血鬼でさえ自覚無いのが大勢だろうに。なのに少女しか使わなかったということは、持ってる人間が少ないんだな、きっと。それか咄嗟で忘れてるか。
最も、影響が痕になるくらいなら、僕はあの柔らかくすべすべした皮膚を突き破る牙の感触を堪能していたいけれど。
さて、次は禁忌について探そうと思ったが、目的の本は目の前にあった。コールが読んでいたのがまさにそれだった。こちらは、吸血鬼が書き記した本だ。
「コール、まだ読んでるよな」
「デュラ様もお読みになられます? では私が読んだところまで要約して差し上げましょう」
「よっ、さすが」
昔から、人と吸血鬼は容姿こそ似ているが、滅多に遭遇する生物ではなく、食に困った吸血鬼が稀に夜襲で一人連れ去る程度だった。ところが人間の狩猟技術が向上し、吸血鬼の餌も減ったことで、とうとう主食に人間を吸うことを思い付いた部落があった。夜に忍び込み、寝たままの人間を吸血することに成功してからは、毎夜誰かしらが襲いに行った。
人間も黙っておらず、一人が星空に白く輝く二本の長剣を武器に反撃してきた。部落総出で戦ったが、為すすべ無く殺られたので、命令通り吸血鬼の王への謁見を許した。着くなり王にですら易々と剣を突き付けると、突然呪詛を口にした。
「今後一切人間への吸血はさせない。破れば末代まで私の名を持ってして即刻吸血鬼を絶滅させる」
「呪詛ってそんなものなの?」
どうしても口を挟みたくなった。これじゃ脅しだ。不幸になるだとか、突然死するだとか、曖昧で不吉で対処のできない物かと思ってたけど。
「いえ、呪詛は書かれていないです。やはり文字にするのが憚られたのでは」
「そっか、さぞおぞましかったんだろう。ありがとう、続けて」
気迫に圧され、ただ頷く王。それを確認し、剣を鞘に納めると、立ち去った。否、煙のように消えたそうですね。
「以上でございますね。これ以降禁忌という形で人間の吸血を固く止めたと」
「で、結局僕が吸っても何もなかったってことになるんだな」
「今のところは、ですがね」
「だって今の話聞くに、血吸った瞬間、僕死んでそうじゃん」
「そこはやはり昔話、誇張されていた可能性があります。しかし、吸血鬼の王ですら"勝てない"人間が現れた。詳しいことは何一つ分かりませんでしたが既に"何か"始まっているのかもしれません」
そう言って、コールは身震いした。
説明的になってしまい申し訳無いです。次回アクションあります。少し。




