手紙
外の木々が騒がしい。今日は風が強いようだ。何か良からぬ物でも運んで来ないといいのだけれど。でも、暇だし事件が起きるのもまた一興かな。なんて考えながら起きると、血相を変えたコールが待っていた。
「デュラ様、起床早々で申し訳無いのですが、人間からこのようなものが届きました」
手渡されたのは、白い封筒。開封してみると、細かい字で何やら長々と書いてある。多分人間の文字だ、読めない。書架に引っ込み、人間の言葉の辞典を取ってくる。人間を餌にしていた昔は、吸血鬼も便利なので文字を使っていたらしい。しかし何せ長生きなので、書いて後世に残すよりも誰かに聞いた方が早いと知ってからは使わなくなったから今はご無沙汰だ。古い紙をぺらぺらと捲りつつ意味を理解していく。
「コール、分かったぞ。一昨日の件で僕がどっかの王様に呼ばれたらしい」
「だから私は止めてくださいと申したのです」
「言われた通り燃やしたもん」
「子供じゃないんですから、言い訳しても何も解決しませんよ。デュラ様の代わりに私が謁見してきましょうか?」
「いい、僕が行く。例え罠だろうと僕なら問題ないさ」
折角面白いものを見つけたのに、譲るもんか。呼ばれたんだし、自分で行くやい。
「今すぐ行くんです?」
僕がよそ行きの外套を着だしたのを見て、コールは慌てた。
「手紙にすぐと書いてあったからね。それに、今日もどうせやることなんて無いんでしょ? 明後日の夜までには戻るよ」
コールのため息が聞こえるが、気にしない。そろそろ僕が何を言っても止まらない人だと分かってくれたみたいだ。
それにしても、なぜ此処が分かったのか。つけてきたのか、それとも他の吸血鬼にやらせたのか。相手の場所の詳細な地図――地形を紙に描いたものらしい――とやらを添付したわりには、僕らの多くいる森や山は曖昧なのをみると、後者かな。
実はコールには一言も言わなかったが、来なかったらベギンス村は吸血鬼に襲われたと国民に伝え、軍で対抗すると書かれていた。やはり証拠隠滅を図ったのがバレたかな。それにしても、吸血鬼を脅してくるなんて中々な個体もいるんだな。一体どんな魂胆なんだろうか、とても面白くなりそうだ。
思いの外時間がかかってしまったな。川を避け山を越えたのがいけなかったのか、そもそもこんな遠距離の移動をしたことが無かったから見誤ったのか。贅の限りを尽くしたような馬鹿でかく下品な城にたどり着くまでに、日が上って、また沈んでいた。
城の前には兵士が数人長い武器を持って警備していた。自分の身もろくに守れない奴だとみた。王と言えど、僕とは大違いだな。人間の評価基準はなんなのだろうか。そんなことを考えながらゆっくりと近づいていると、兵士が四方から武器を突き付けてきた。
「止まれ、そこの大男。何故ヴィレ城に来訪したのだ」
僕は慌てることなく、懐から手紙を取り出すと、彼らに見せた。確認するなり武器を戻し、怯えながら数歩後ずさった。まあ、無理もないだろうね。はっきり『吸血鬼』って明記してあるから。
「危害は加えないよ。それで、どこにあるのかな? 王の間とやらは」
「私は城外の警備を任されておりますので、その……内部のことは……」
「知らないんだね。とりあえず入ってみるよ」
「どうぞ……」
都会に住もうと、なんちゃら村の人々と変わらず臆病らしいな、人間というのは。空腹でもないのに、無知を理由に殺すなんてそこまで見境のない怪物じゃないさ。
さて、重々しい扉をくぐると広がっていたのはおそらくロビーだと思う。ただ、広さが尋常じゃない。某親衛隊全員ここで雨風凌げるんじゃないかってくらい広いし、人間は僕らより一回り小さい筈なのに天井が見えないほど高い。いや、勿論見えるけどね、比喩ってやつ。どうも読んできた歴史書からの知識によると、人間は貨幣を用いていて、金持ちはそれを自慢したくなるらしかった。そういう奴は食事も良いものを食べてるから、血が美味しいとも。
偉い人は上に住むだろうと見当をつけ、手すりに宝石が埋め込まれた階段を上る。ようやく僕に気づいたのか、上った先には、コールみたいな見かけの、服装の整った年寄りがいた。最も、人間は短命らしいから三百年は生きてないだろうけど。
「貴方様が、吸血鬼の王で御座いましょうか?」
「そうだ」
「王の執事を担当しております、ヤントと申します」
執事は僕に対し恭しくお辞儀をすると、僕を案内してくれた。内心はどうだか分からないが、怯えてない様子だ。
「ラズゴ王がお待ちです。王室はこちらでございます」
案内された扉はなるほど、ここが王の部屋かと一目瞭然だった。なにせ重厚な作りだし、ひとつだけ金ぴかだからね。
「ラズゴ王様、吸血鬼様がいらっしゃいました」
「入れ」
低く、ぶっきらぼうな声が聞こえた。呼んどいてなんだと思ったが、自国の民が殺されたんだ、当たり前かもしれなかった。執事が扉を開けると、玉座に腰かけた、顎髭を蓄えた男性が拳に顎をのせながら待っていた。両脇には兵士が仕えている。最近の人間の礼儀は分からないが、一先ず外套を脱ぎ、目の前で跪き名乗った。
「僕が吸血鬼の現王、デュラカルです」
「畏まらなくともよい。そなた、顔をあげよ」
言われた通り王と目を合わせる。好奇に満ちた色をしていた。やはりなにか魂胆があるんだな。
「吸血鬼が人間の前に姿を現すのは何百年振りであろうか。昔話と化し、我が政権に関わってから探し求めた戦闘のプロフェッショナルが、そちらから現れてくれる日が来ようとは。道中、御足労であった」
戦闘のプロフェッショナル……確かに人間からすればそう見えるのかもしれない。ただ、人間を襲う生き物をプロフェッショナルと評するこの人物への疑念は深まった。
「早速ですが、僕は何故王に呼ばれたのでしょうか。やはり自国の村を一つ滅ぼした事を怒っているのでしょうか?」
単刀直入に聞くと、王は吹き出した。
「先程の我の言葉は理解出来なかったかな。我は吸血鬼を探していたのだ。それに、そもそもベギンス村は隣国の辺境の村、我が怒る道理は無いのだよ」
「ならば何故あなた方は吸血鬼を探していたのでしょうか」
「我はそなたたち吸血鬼と『協力関係』を築きたいと思っていたのだ。吸血鬼は人間の血を吸うのだろう?」
「数日前までは獣の血を吸っていましたが、人間の方が美味でしたね」
仕えていた兵士が震え上がった。口角を上げたときに牙が見えたのかもしれない。王は意外そうに目を丸くした。
「人間の血を吸っていなかったと。通りで今まで痕跡が無かったわけだ。人間を吸血しなくなった発端はやはり『十字双剣』なのかね?」
「らしいですが確かなことはなんとも」
『十字双剣』とは禁忌の事を言っているのだろう。双剣を持った人間一人に殺された吸血鬼の王が居たとか。
「すまないね、急かされたのに話が逸れた。吸血鬼が人間を好んで吸うことは分かった。それなら、我はそなたたちに人間を与えようというわけだよ。勿論この件に関しては誰にも詮索もさせないから、吸血鬼の仕業というのも他の人間には解るまい。どうやら、吸血鬼達は自分達の存在をうやむやにしておきたいそうだと聞く。どうだ、良い話では無いか?」
深く腰をかけ直してそうさらりと告げると、僕の反応を待っている。
「つまりは、指定した人間を吸血しろと言うことですか」
人殺しを代わりにやれと、そう理解した。王は唇を湿すように舌で舐めると、答えた。
「この前のように、地域を幾つか滅ぼして欲しいと言っているのだよ」
忘れもしない、あの脆く柔らかな肌に牙を突き刺し、芳醇な香りの血液をたらふく飲み干した宴を。それを今度はこそこそ隠れることなく、寧ろ人間に望まれて催すなど。こんなに面白く、滑稽な出来事はそうそう無い。心の内では既に乗った、と答えていた。
「条件は何でしょう?」
「我が指定した地域、日時以外では人間を吸血しないことを約束してくれるならば、我らは吸血鬼の存在を秘匿させることに全力を尽くそう」
「分かりました。手を結びましょうではないですか」
王は立ち上がり、僕に手を差し出してきた。握手をしろと言うことらしい。応じて小さな手を握り返す。加減が分からず、痛かったらしく王は顔をしかめたが、僕を避けようとはしなかった。
「それで、次は何時どこを攻めれば良いのです?」
「七年後だ」
してやられた、と思った。すぐさま獰猛な獣でさえ押し黙る睨みを効かせたが、偶然か、上手いことに王は目をそらした。
「ベギンス村の惨劇は、詳細こそ分からず仕舞いにしろ人々の心に深く傷を付けたらしい。何しろ例が無い凶悪事件、もとい災害事件だ。そのくらいは鳴りを潜めた方が良かろう。その間はこちらも一切連絡を取らないから、人間を襲わなければ、今まで通りに生活していてくれたまえ」
それを聞くと、僕は城を飛び出した。これ以上、王が口を開けばどう騙されるか分かりゃしない。最も、頃合いを見て王も吸い殺すつもりなんだけどね。
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七年後だと告げると、吸血鬼は逃げていった。折角巡り合えたのだが、分かり合えないとは残念だ。
「あんな化け物を利用しようなんて、本気で思っておられるのですか?」とは、腹心の兵士の言葉。
「御言葉ですが、ネミゴーチェ国はやはり武器を量産して制圧させるべきなのでは?」とは、ヤントの提言。
ハハハ、何故皆そこまで弱腰になると言うのだ。話ではたった二本の剣で鎮められ、また別の話では、吸血鬼は日光に弱いと聞く。人々の印象を薄れさせるためとは言ったが、流石に七年は長すぎる。無論、やつらを密かに滅ぼす秘策を練るための時間だ。
「吸血鬼も所詮大砲のような武器と同じよ。使えなくなったら捨てるまでだ」




