祭場
人の血を吸う事を考え付いてから半日ほどしか無かったが、僕の言葉はあらかた伝わったらしい。「デュラカルは奇人だ」という声もちらほら僕の耳に入ってきたが、一方で城の前の広間には二、三十人の物好きが集まった。
「よく集まってくれたね。今日は僕主催のパーティーだ。会場は知っての通り、人間の居住区――規模からして"村"と呼んでるらしいんだけど――ベギンス村というところだ。全責任は僕にあるから、皆好き勝手してもらって構わない。ただし、僕が合図したら火を放つこと。契約獣も無しだ。人間は僕ら吸血鬼より数が多いからね、後日他の居住区から返り討ちにあわないとも限らない。痕跡はなるべく残さないようにしよう」
広間はうるさいくらいの歓声に包まれた。まだ日が出てるというのに、皆興奮状態にあるようだ。
火のことは、コールと話し合った結果だ。「私は一切関わりませんからね」と念を押されたし、本当に今日も来てない。
ヴランザを先頭に集団で森の中を駈けていく。動物達が殺気を感じて退いていく。はは、今日は吸わないよ。
すぐに着いたが、景色は全く面白そうでは無かった。どの家屋も木を組んだだけの簡素なもので、賑わいも無ければ喧騒もない。のどか、という言葉がよく似合う。もはや、生き物の気配すらろくにしない。他の吸血鬼達も似たことを思っているのか、僕への非難が聞こえてくる。見ていても何の変化も無いし、気付かれた様子も無い。
「行くよ」
そう小声で発し、事前に説明した通り先頭を僕に変えて出陣する。僕らを見て逃げ出そうとした小柄な男がいた。けど僕は走り出す前には既に背後に付き、服を引っ張ってやった。そしたら「ひいぃぃぇぇ」とかいう情けない声を出した。ひっくり返して顔を覗き込む。小鹿の方がまだマシだと思えるほど目が泳ぎ、焦点が定まらないようだ。何故こんな生き物に接触してはいけないのだろうか、こんなにも無害そうなのに。皆によく見えるよう、軽いこの男を高く掲げる。
「喜べ、人間。お前はこの時代の吸血鬼の餌第一号として、王直々に口付けされるのだからな」
好奇、期待、不安、そして遠くからは沢山の恐怖。様々な感情を持った視線が僕に集まるのが分かる。人間の血管は首に太いものがあるそうで、そこめがけて牙を立てる。
もし人間の血は毒だったら? その時は……まあ、僕の興味は満たされることだし悔いは無い。
迷いが消えたところで、ぐっと顎に力を込める。毛も生えていない皮膚は柔らかく、すんなりと僕の牙を受け入れる。口内に流れてきた血は温かく、雑味が多いが飲みやすい。なにより特筆すべき特徴は、人間の血は他のどの動物よりも力がみなぎることだ。もっと、もっとと舌が、喉が、身体がこの血を求めている。夢中になって最後の一滴まで絞りとり顔を上げると、皆が僕の感想を待っていた。
「即効性の毒ではなかったようだが、お味はいかがかな?」
ヴランザが僕に問う。僕の飲みっぷりを見ていれば、答えなんて決まっているじゃないか。
「格別だよ。さぁ、これより最高のパーティーを始めようじゃないか!」
散り散りになって各々獲物を探しに扉を開く。やがて、あちらこちらから悲鳴があがり始めた。どこからか逃げ出した人を捕まえ、自分も喉を潤す。一人目を食した者は、我先にと新たな人間を求め歩き回る。こんなに面白い事は初めてだ。僕も早くつぎの人間を探そう。
何軒目かの空振りを経て、今度こそはと橙色のドアを開いた。番と思われる男女、男性の方は女性を庇ったのか既に先客がいる。ならば僕は絶望をあらわにしている女性を頂くとしよう。
ぷつり、と牙を刺すときの感触は快感で、僕を掴んで離さない。何度も場所を変えて噛み痕をつけていると、ドアの開く音がした。誰だか知らないが遅かったね、と思いながらちらりと目をやると、吸血鬼ではなかった。
随分と小さい男、人間の子供だった。呑気な「ただいま」という挨拶が聞こえた。では僕の餌は彼の母親かな。彼は僕らが視界に入る位置まで来るなり、その場から動かなくなってしまった。子供が帰ってきたのを見た餌は先程まで苦しみにあえいでいたのに、はっきりした声で「逃げて」と発した。しかし子供はまだ動かない。面白いので目を合わせて睨んでやった。大型の契約獣でさえ逃げ出すんだ、か弱い人間などひとたまりもないなだろう。はてさて彼は硬直したままなのか、それとも気絶するのか。だが、餌が邪魔しやがった。
「コース、逃げなさい」
絞り出すかのようなか細い声で子供を叱ると、子供はとうとう足を動かし家を出ていってしまった。それを見届けると、餌は首をガクンともたげ、息をしなくなった。
「追わなくて良いんです?」
「どうせ外の誰かに捕まるだろうし、放っておこう」
流石に口には出さないが、仮に彼が生き残ったとしたら、それはそれで面白いじゃないか。
「さて、そろそろ吸い尽くしたよね。この家も火を点けよう」
ご一緒した吸血鬼にそう告げてから、外へ出て叫ぶ。
「じきに日が沈む、今日はお開きだ。最後に狼煙を上げよう」
証拠を消すためなので、むしろ狼煙とは逆の意味なのだけれど、響きが格好いいから許して欲しい。
あらかじめ全員に配っておいた火薬を塗った棒を取り出して、柱に擦り付ける。棒が燃えだしたので家の中に放り込んだ。これなら僕らが燃えてしまうというミスは起きないはず。人間も面白い道具を考えるな。
家は全て木で出来ているものだから火の手はすぐまわった。村の温度が高くなる。意識の残っている人間がいたのだろうか、新たな悲鳴が時々あがる。家の崩壊が始まってきていたので、自分が燃えないうちに、来た場所へと戻る。おおかた集まっているだろうが、ヴランザが見当たらない。親衛隊の数人が炎の中を探しに行こうとした時に、ちょうど現れた。髪が少し焼けて縮れている。さらに右手を押さえているところを見ると、火傷でもしたらしいな。
「大丈夫かい? 火に魅入られてたのかな」
「そんなところだ、帰ろうか」
親衛隊に睨まれながら帰路につく。どさくさに紛れて焼こうとしてたはずがないじゃないか。冤罪も良いところだよ、もう。




