序幕
月も星も無い夜に、飾り気の無い部屋にただポツンと置かれた玉座に座っているだけ。あぁ退屈だ、眠い。何か面白い話は転がって来ないものか。
「デュラ様、王としての仕事などなさっては如何ですか? もう継承なさって七日は経っております」
「具体的には?」
「集会を開き、立場を示すことや要望を整理することなど……確かに私でも何をすればよいのかは把握しきれておりませんが」
「集会なんて開いた所で誰も来ないだろう。先代サンガン王は何をしてたんだい?」
少し逡巡を見せてからリマコールは答えた。
「連日ドンチャン騒ぎをなさってましたね」
「酒か、つまらない」
僕も酔えればいいのだけれど、生憎酒には強いらしい。あんなの水と変わらないね。
「先代はお酒がお好きでいらっしゃいましたから」
「そのせいもあって僕に敗れたというのに」
そう、それはついこの前、ある月の綺麗な晩のことだった。月を見に外に出たからね、覚えているんだ。たまたま通った空き地で、"サンガン王と親衛隊ご一行"が宴会を開いていた。僕の顔を見た先代は呂律の回っていない様子で俺に一声かけた。
「おいデュラカル、俺が憎いだろう? 親の敵にどうだ、挑戦しないか?」
挑戦、それは王の座をかけた戦い。この宣言がなされると、他の何人も手出しは出来ない。普通は挑戦者側が言うものなのだけれど、サンガンは俺を早く倒しておきたいそうだと風の噂で聞いたことがあった。
手首を鳴らして、明らかに戦う準備をしている。復讐とか意味がわからないので面倒くさかったが、断ったら親衛隊から袋叩きに合いそうで渋々従う。酒の席だ、どうせ遊び半分だろうと考えていた。
「俺を負かせたらお前が王になるんだ、もうちょっと真剣になったらどうだ?」
相手の攻撃を軽くいなしていたら外野からも野次がとんできた。死にたか無いけど、王にはなりたくない。勝敗を回避できないものかと思案しながら拳をあわせていたら、サンガンが倒れていた。
「僕は王位なんて要らない。やりたい人がやればいい」
親衛隊に向けてそう言ってやったのに、それも文句が出る。王になりたいんじゃなかったのか? かくして、僕は最年少の王になったそうだ。
「僕の父はどうだったんだ?」
「先々代アズィル様は何よりも民の声を聞くことを大事にしていましたよ」
「では、僕もそうしよう。さっきの言い方だと届いているんだろう? 要望とやらが」
「ええ、ですが届いている何十件は恐らく全て同じ所からのもので」
「ヴランザからだろう? 分かるさ、それくらい」
年が近いからって僕のことを勝手にライバルだと思い込んでいるやつだ。僕が王になった瞬間にも、いの一番に睨んできた。僕自身はそんな彼の行動が面白いから、嫌いじゃないんだけどね。
受け取った葉の束には、『俺と挑戦しろ』だとか『不正者』だとか罵る言葉ばかりが彫られてあった。文字なんて今時誰も使わないのに、中々の執念だよな。ただ一枚だけ、興味を引く物があった。
『人の血を吸わせろ』
親が王だったが故に叩き込まれた知識によると、何百年か前、それこそ王室付きのリマコールや、コルロ爺すら生きていなかった時代に人間と一悶着あったそうだ。それ以来、人の血を吸うことは禁忌とされてきた。今日まで誰も禁忌を犯したことが無いそうで、前から興味はあった。僕が持ってる紙を覗き込んで、リマコールは慌てふためいた。
「王と言えど、人間と接触してはいけません。私は王の為すことには不干渉を決めているのですが、禁忌は見過ごせません。先代にもそうお伝えしましたよ」
「吸えと言おうとは思っていない。吸いたきゃ吸えばいいと言うだけだ」
どうせ、命令形にしたところで全員が聞く訳じゃない。"王"といっても国がある訳じゃなくて、一番強い代表、そんなレベルだ。本来僕ら吸血鬼は自由を好む。だからこそサンガンの親衛隊は、他の吸血鬼の目には異質に映ったのだけれど。
「ですが吸血鬼種族の破滅に繋がりましたら……」
「そしたら僕は歴史に名を残せるね、面白い」
「アズィル様とデュラ様とでは、どうしてこうも性格が異なるのでしょうか」
僕に何を言っても無駄だと感じたのか、リマコールは頭を抱えたままこの場を去ってしまった。
静かになる部屋に耐えられず、窓を開けて契約獣を呼ぶ。ほどなくして一羽、ひらひらと僕の目の前に飛んできた。
「外の様子はどうだい? コウモリ君」
発声器官が無いので声は返ってこないが、契約した父の一族だけに伝わる超音波によって返事を聞く。
あいも変わらず争いも起きない静かな日々を送っていた、と。明日も快晴だろう。……僕は天気予報を聞きたかった訳じゃ無いんだけど、まあいいや。ポケットから常備の餌の塊を投げてやると、間を開けず嬉しそうに飛び回って完食した。
「ありがとな、帰って良いよ」
一度閉めた窓をもう一度開けると途端に元気がなくなって肩にとまってしまった。撫でても落ち着かなかったが、乱れぎみな超音波を受け取り、納得した。
「僕のコウモリ君を虐めないでいただけるかい? ヴランザ」
狼と共に僕らの話を聞いていたんだろう。僕は気配を感じ取れなかったが、不意をつかれたくらいじゃあヴランザなんかには負けない自信があるから怒りはしないさ。コウモリ君を狙うんなら容赦しないけどね。
「用があるなら直接来て言えば良いじゃないか」
「門前払いされるんだろ」
「しないさ、誰だって来たけりゃ来れば良い。ただ、狼は連れて来ないでね」
ほら、僕のこと誤解してる。僕は彼に敵意なんて無いのに。
視界から消えて数分後、お供を一人連れて僕の部屋にやってきた。サンガン王の親衛隊がそのままヴランザに移ったらしいから、どこか可愛らしさのある彼もその一人なんだろう。
「僕も呼ぼうと思ってたところでね、気が合うね」
「お前と気が合うなんて願い下げだ。で、なんだ?」
こうも頑なだと、弄る僕も飽きなくて良いね。
「明日は天気が良いようだから、夕方から僕の就任パーティーでも開こうと思うんだ。どこかいい場所知らないかい?」
「俺を馬鹿にしてるのか?」
「違うさ。君達も勿論招待するつもりだよ。僕は見ての通り引きこもりだからね、餌の多い場所とか分からないんだよ」
「猪ならこの辺が多いんじゃねえのか? お前らが吸わないから」
「違うよ、もっといい餌場だ。そう、『人間』の」
人間、と発した時の彼の顔は見物だったね。これでもかという程目を開いてた。目玉って飛び出ないのかな。
「今度の王は、パーティーに人間を用意するのか? 誰も吸ったことの無い、味も分からないものを? それで反逆者を大量に毒殺するつもりか」
「でも昔話とかには美味しいって書いてあるじゃん。獣の血に慣れるのに時間がかかるほどって。君達、確か人間を憎んでるんでしょ、吸血鬼を迫害したって」
「そうだが、パーティーとなりゃ話は別だ。俺自身は人間の血は吸いたいが……」
彼は少し考えこんでいる。やっと僕の話に乗ってきた。もっとすんなり協力してくれると思ったのになぁ。
「僕が最初に血を吸う、それでいいだろ。運がよけりゃ、君達は僕が死ぬところを観れるんだからさ」
この一言が効いたのか、再び口を開いてくれた。
「ここの森の端に、他の人間の居住区からは分かりづらい"村"がひとつある。人間の数は少ないが、手始めには丁度いいだろう」
「良いじゃない、なんて名前なんだ? その、村とか言ったのは」
「ベギンス村と呼んでるらしい」
いかがでしたでしょうか。二章はまさかの吸血鬼視点です。




