再会
不幸中の幸いか、走り出して程無くして雨が降ったことで煙は確認できなくなった。しかし、タスカに着いたときには元の面影は残っておらず、商店街は軒を連ねた店舖は形を留めているものの、何の店だか判別がつかなくなっていた。
「ついこの前まで居たのにね」
「あぁ、酷い変わり様だ」
「パン買うたの、ここらの店だったよなぁ。あの店主逃げられたんかな」
シュログの一言で静かになる。カランと違い、人が倒れているのを殆ど見かけないから、逃げられたと思いたい。
どこを見てまわっても、誰もいない。所々火を消すために使ったであろうバケツの影が幾つか、夕日で長く伸びている。それくらいしか、人が昨日まで生活していた痕跡が無い。蝙蝠が数匹飛んでいるのを見ると、まもなく暗くなるんだろう。
走ってタスカに戻ったは良いものの、俺たちが泊まった宿ももれなく焼けていたので今夜の寝床がない。火事の直後だから、賊が心配だ。疲れているから徹夜で見張りは出来そうにないし、何よりこの街で一夜過ごすのは気持ちの面で怖い。
「この街も吸血鬼が火を放ったんかなぁ。違う気ぃもするけどなぁ」
「そんなに燃えてないのに人が見当たらないのは、気付くのが早かったからなのかな」
「何でもいい、いったい誰なんだ。こんなに人を騒がせているのは」
苛立ちから思わず口から出た声は想像以上に大きく、二人を驚かせてしまった。
だが、それよりも驚いたのはそのあとだ。瓦礫の陰から人が出てきた。ゆっくりと俺たちの真ん前まで歩くと、腰に手をあてて立ちはだかった。
「折角現れてやったのに、黙りとは酷いねぇ」
ニヤリと笑うその口の端には、人のものとは思えない長い八重歯。目は楽しそうに爛々と紅く、宝石のように輝いている。こいつは見覚えがあるどころじゃない。
「お前はあの時の吸血鬼……」
「そうそう、よく覚えていてくれたね。しかしあの時、折角見逃してやったと言うのにわざわざ探しに来るなんて、命が勿体無いじゃないか」
笑いながらそう宣う。頭に来た俺はナイフを手に、切りかかっていったが難なくかわされた。
「少しは戦闘になるかと思ってたけど、その程度じゃ面白くないね……おっと」
続けざまにロズが放った銃は紙一重で避けられる。立て続けに撃つも、照準すら合わせるつもりも無いようであべこべの方向に散らばる。最後の七発目が瓦礫に当たって跳ね返り、銃弾が吸血鬼の目の前に落ちた。それを拾い上げようとしたようだが、掴んだ瞬間に手放していた。痛がっていたようにも思えたが、むしろ笑っている。
「そこの女の子は珍しい銃を持っているね。誰の入れ知恵だか分からないけど面白いことを考えるな」
お喋りの間に弾の補給を終えたロズがすかさず撃つも避けるに徹した吸血鬼には当たらない。そもそも相変わらず手がブレブレなせいもあるが。
銃が止んだことを確認すると、今度はシュログがロズの陰から突っ込んでいった。が、吸血鬼はメリケンサックを人指し指で止めると、左手のパンチも握って受け止め、掴んだまま投げ飛ばした。地面に倒れたままのシュログは意識を失っているようだ。触ってみても反応がない。
「お仲間さんの心配ばかりしてて平気なのかな」
いつの間にか背後から声が聞こえ、振り向こうとした時には胸ぐらを掴まれて持ち上げられていた。咄嗟にナイフを抜いて暴れると、手を離され落とされた。そこへまた銃声が聞こえたので、巻き添えを食らわないよう必死で退く。かすったのか、うぅと呻き声が一度聞こえたが、最後の一発が発射されるや否や、俺に殺気が迫ってくるのが感じられた。勘に任せて目をつぶり、右前の方向にナイフを突き出す。
「読まれたかな」
手に感触は無いが恐る恐る目を開けると、ちょうど俺に爪を立てた吸血鬼の首元に、ナイフが当たるギリギリでとまっていた。その体勢のまま吸血鬼は指を鳴らすと、どこからともなくコウモリの大群が俺とロズに向けて二手に分かれて飛んできた。腕で顔を覆っている隙に今度は羽交い締めにされ、落としたナイフも蹴飛ばされた。ロズの甲高い悲鳴が聞こえる。抜けようともがけばもがくほど締め付ける力は万力のように強くなり、今にも腕が折れそうだ。
「気分では無かったけど、これだけ元気な人間だ。このまま君たちの血を吸い尽くしてやろう」
いっそう強く締め上げられ、とうとう身体に力が入らなくなった。視界が闇で染まり、目を開けているのか閉じているのかすら分からない。
最後に感じたのは、首にかかる生暖かい息だった。
ここで第一章は終わりです。連載再開まで暫しお待ちください。年内は無理だと思います。
もうしわけございません。




