滞在時間は半日
カナビラの宿主が言っていた通り、カランまでの道はとても長かった。まずネミゴーチェ国に入る前に、出身をひたすら聞かれた。街ごとではないから、入国が厳しいのだろうな。気を利かせたシュログが、「チェクマ出身です」と言ったから良かったものの、きっとヴィレタレアン出身だとバレたら入れなかったんだろうな。イントネーション微妙だったけど。
お金はあったが国境には馬車は通らないから乗れなかったし、近くの街に寄るにも時間がかかる。ひたすら十日程歩いてきたが、いまだにカランには辿り着かない。そろそろタスカという、ネミゴーチェ一の広さをもつ街があるらしい。そこで一日くらい滞在しようと思っている。リュックサックに沢山入れてきた食料も、残りわずかだし。
いい加減慣れたのか、シュログも文句言わないまま淡々と歩き、日が沈みかけた頃にようやく到着した。食料を確保しようと市場でパンの値段を見た俺達は危うく大声を出しそうだった。
手のひらより少し大きいくらいのパンが108ポルもするのだ。ツェベンでは15ポル程だったと記憶しているから、十倍近く高いことになる。
「困ったなぁ、これじゃ宿なんか泊れへんと違うか? 困ったわぁ」
「でも買わなきゃいけないでしょ」
俺達が迷っているものだから、店員が声をかけてきた。
「あんたたち、デリティリ国から来たんかい?」
「はい、そうなんです」
「それなら驚くわけだ。なにせこの国は小麦があまり穫れなくてね、ヴィレタレアンから輸入してるのさ。あそこは悪どいからね、値段をはね上げられるんだ」
「だからネミゴーチェ国とヴィレタレアン国は仲が悪いと言われているんですね」
「そうだよお嬢ちゃん。賢いなら意味は分かると思うんだけど、この国では売り物は大概均一価格で売られているんだ。さあ、この店で買いなさいな」
ここまでネミゴーチェのことを教えてくれたんだし、と必要最低限の三日分くらいを買って店をあとにした。
疲れた二人をどうにか見付けた宿に置いて、タスカでもいつものように道行く人へ吸血鬼のことを尋ねてみた。しかしそもそも取り合ってはくれず、答えてくれても「何の仕業だとしても、カランの二の舞はごめんだ」としか言わない。馬車は今では当然出ていないが、通行規制などは無く、カランには行ってもいいようなので、確かめたいなら自分達で行く他は無いんだろう。
帰ってその事を二人に伝えると、「行くしかないんやろな、でも詳細聞けてもどうせ行くやろ?」と言われてしまった。その通りなんだけどさ。
「明日すぐタスカを発つの?」
「そのつもりだよ。歩けば一日もせず着くだろうって言ってたし」
「なんや、ここまで来たら近いんやな」
「近いらしいよ。でも流石に夜には行きたくないだろ?」
「見えないかもしれないわね」
「待ってや。それ以前に休ませてぇな?」
翌朝、布団を離さないシュログをひっぺがしてタスカを後にする。ご丁寧に看板があったので道中も迷うことは無かった。狭いのに他の国より街の数が多いとあって、街同士近いそうだ。地図によるとちょうど街の無いハグリ大草原というところを突っ切っていただけらしい。確かにこの辺りの植生はデリティリで見慣れたものと大差無い。木があっても背が低く、はるか遠くまで容易に見通せる。
ただ、歩いて一日と言われた通り着かない。旅に慣れて歩くのも速くなっているだろうに。仕方がないので、途中で寝ることにした。食事を済ませ、ランプの灯りを消して、寝袋を取り出し、執心の準備をしているところで遠くから話し声が聞こえてきた。
「俺達ばっかりこういう役回りだよな」
「仕方無いだろ、序列どんだけ低いと思ってるんだ」
「だけどよ、兄貴ったら人使い荒いとは思わない?」
「なら挑戦でもしてみればいいじゃないか」
「馬鹿言うなよ」
「誰だろうな、こんな時間に」
「盗賊じゃないといいけれど……」
とりあえず通り過ぎるまでは寝ないことにして手を止める。だがいつまで経っても前を通る人影は現れない。どうしたものかと辺りを見回すと、遠く木の影の誰かと目が合った。次の瞬間、恐らくその影にいた人だろうが、木も吹き飛ばすような勢いでこちらに向かってくるものがあった。
「おい、何やっ。離せっ」
いつの間にかシュログが立たされ、腕を押さえられていた。暴れているが全く効いていないらしい。
「バレてしまっては実力行使に移るしか無いだろうが。腹も空いてたし、役得と思って……」
バン
相手が皆まで言う前に、突如俺の背後で銃声が鳴った。その拍子にどうにかシュログは脱出できたようで、地面に座り込んだ。音を聞いて、発砲したのはもしや話し声のしたもう一人の方なのか、と思った。ナイフに手を掛け、こわごわ振り返って見る。
しかし銃を構えていたのはロズだった。




