犯人と対決
男は俺達の方にナイフを向け、ニヤニヤしながらゆっくり近付いてきた。
「今夜の獲物はお前らで決まりだど」
ヒヒヒッ、と絶え間無く笑っている。俺もナイフを構えたが、刃渡りが短いせいでリーチではどうも勝ち目がなさそうだ。俺もナイフの練習こそしたものの、実際に闘ったことが無いから直接対決になるのは避けたいな。
シュログが気付かれないようにそっと後ろに下がってロズを庇いに行ってくれた。ちらっとロズを見たが、青ざめてはいるもののそこまで怖がってはいないようだ。頼もしいな、俺が気にかけないようにしてくれているのかもしれない。
相手も待ってくれている。対大勢は嫌なのかもしれない。
「お前だな、吸血鬼と呼ばれてるやつは」
「ああ、そうだども。お前も切り裂いてやるど。見知らぬ顔だが、覚悟は出来てるが?」
手を伸ばせば相手の剣先が頬に触れそうなほど近付いていた。興奮しているのか、黒目が大きくなっており
、血走っている。どこから狙おうかと考えているのか、顔はにやけたまま目は忙しなく動いている。
相手の顔を見ている内に確信が持てた。こいつはただの殺人狂なだけだ。村を襲った吸血鬼は瞳が紅かったし、開けた口から鋭利な牙が覗いていた。そして何より漂ってくる気迫が違う。目の前の男からは、殺意と狂気しか感じられない。けれどあの日、俺は動けなくなる程のとてつもない"恐怖"を感じたんだ。
こいつは絶対人間だ、命をかけて闘う必要は無い。むしろ殺し合いにまで発展する前に助けを呼んだ方がいいと判断した俺は、村中に聞こえるよう力の限り叫んだ。
「吸血鬼が出たぞ」
相手が怯んだ隙に自分のナイフで相手のナイフを叩き落とす。不意打ちが成功し、俺の前には握った形のままの手が残った。慌ててナイフを拾おうと屈んだ隙に、走ってきたシュログが脇腹をおもいっきりパンチした。もちろんメリケンサックを付けて。
「ヴッ」
相手はお腹を押さえて転がった。体が震えているようにみえる。よほど効いたのかな。
話し掛けようと近寄ったところで、周りから数人の声がした。
「何があったど?」
「何処だど?」
さっきの声で村の住人が駆けつけてくれたのだ。その中でも一際大きく、怒りに満ちた女性の声があった。
「どら息子、おみゃーなにやっとるが」
「母ちゃん見てわからんど? 殺人だど」
「今までの事件もお前か。とんだ息子だ。もうお前の顔、見とうないど」
「おらも見たくなかっ」
ここで後から駆けつけた人達がどっと増え、被害者の家族や村長などが二人の間に入ってきて壮大な言い合いが始まった。
「喧嘩始まる前に逃げな、逃げるで」
「そうだよな」
命の危機を感じていたのも忘れるほどの急展開に唖然としていた。けれど村の若者による殺人だったと分かった今、もうこの場にいる必要は無くなった。ならば宿に帰ろう。そして明日にでもここを発とう。
ところで、シュログの拳の強さを間近で見て、頼もしい人が仲間になってくれて良かったと初めて思えた。まあ良い機会だったんじゃないかな。
新たな報が舞い込んだのは、そんな矢先だった。
昨日のこともあり疲れはてていた俺達は、昼過ぎまで熟睡していた。余りに静かだから宿主が心配して部屋を覗きに来てくれて、ようやく起きた。俺達の無事を確認した宿主が、去り際にぽつりと呟いたのだ。
「カランの住人が全員突然死だそうだど」
宿主の背に声をかける。
「待ってください。カランってどこですか? 伝えてくれたってことはもしかして」
「そうだ、吸血鬼じゃなかかと噂だど。だども、本当に行く気かい? ここからじゃどんと遠いし、あすこはネミゴーチェ国の領土だど。物価も上がっとると聞くし、ヴィレタレアンとも未だ対立しとるだとか」
「それでも行きたいんです」
二人を見ると、二人とも覚悟を決めた目をしていた。流石何日も共にしてきた仲間だ。
「そうかえ。幸い、昨日のお礼、と村からお金を貰ってるが、そっちはすぐには困らんだろ。家に地図があったと思うが持ってけろ」
「ありがとう。ほな……」
「お金なんて貰えません」
シュログの言葉をロズが遮る。俺も騒ぎを起こしてしまった訳だし罪悪感があるので渋っていた。
「いいでいいで、あんだら困っとるんとちがうが? 理由はさでおき村が助かったんだがら、もらっとげ。ここ持って来るから待ってんだ」
そう言われては仕方がない。好意を拒みすぎるのも迷惑だと、主が戻るのを待った。
似非方言がだんだんと適当になっているのは気のせいです。




