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七瀬詩仁 5

 学校中に爆弾を仕掛けたのは藤だと思っていた。納得はできていないけど、予測はできていた。だから本当にそうだとわかっても衝撃はなかった。でも、まさか刃物を向けてくるとは思わなかった。冷静になってみれば、学校の至るところに爆弾を設置するくらいなんだから、ナイフの一本や二本携帯していてもおかしくはない。今更気付いても、どうしようもなかった。

「これ全部、藤君が……?」

 佐伯先生の声は裏返る寸前だった。ナイフを突きつけられショックを振り払い、俺は数歩前で出て周囲を見渡した。爆発物らしきものは見当たらなかった。藤は走っていったから、この近辺ではなにも起こらないのかもしれない。外からの轟音も聞こえてこなかった。爆発は一旦収まった、ひとまずそう受け取ってよさそうだった。藤のことだから遠隔操作式の爆弾を作ったと考えられなくもないけど、俺と藤が対峙している間にも爆発は起こっていた。この校舎にいる夏也がリモコンをいじっているとしたら、そこにいる三橋が阻止するはずだ。夏也がバリケードの向こうにでもいない限り、どうにかアクションしているだろう。

 夏也は、酷い仕打ちを受けたからと言って仕返しする人間ではない。最初に藤を揺さぶったのはほとんど思いつきに近かったけど、確かにそれはそうだった。酷い仕打ちを受けてきた分、夏也は痛みを知っている。理解した上で他者に苦痛を与える選択なんて、優しい夏也にできるわけがないのだ。藤もそれをわかっていたから揺れた。わかっていたから、藤はナイフまで持ち込んで協力している。

「藤君、なにか言いかけてたね。どうせ誰かが犠牲になるとか、これで最後だとか」

「うん」

 藤がなにを言い残したか、脳によく焼き付けながら俺は頷く。どうせ夏也は救われない、と藤は言っていた。クールな藤が、感情を剥き出しにしていた。どんな思惑があって事件が起こされたのか、いまいち想像ができなかった。

「佐伯先生、夏也の能力のことは知ってるよね」

 振り向かずにそれだけ言うと、佐伯先生は、一瞬の間を置いて相槌を入れてくれた。俺は重ねて問うた。

「じゃあ、その能力が単に死を視てるんじゃなくて、視えた死が現実になることは?」

「え?」

「それは藤の憶測で確かめてもないんだけど、そう思うべきだって言ってた。夏也の性格じゃ試せないからって。だから俺、一時期夏也が怖くて避けてた。夏也の近くにいたら死んじゃうかもしれないって」

 言葉が出てこないのか、佐伯先生はなにも言わなかった。無理もない反応だった。納得して、俺は自分の思考に戻った。

 これで最後、というくらいだから、夏也は己の死でも認識したのか。言葉が悪いけど、それに起因してこの有様なら、理由としてはあまりにチープだと思う。話が戻るけど、夏也は自分が傷ついたからと言って人を傷つける人間ではない。自分が死ぬことを知っているなら、尚更こんなことはしない気がする。自棄になった夏也の無理心中に、藤が意図して力を貸すとは思えなかった。それに本当に無理心中が狙いなら、用意周到に犯行計画を立てなくても、教室でナイフを振り回しただけで犠牲者は出る。確実に大人数を仕留めようとすれば難しいだろうけど、藤の頭脳があれば、裏ルートでも使って拳銃を手に入れることだって不可能ではなかったと思う。そうしたほうが、ひとつひとつ爆弾を手作りするよりかかる手間は圧倒的に少なかっただろう。でも、その経路ではどうせ誰かが犠牲になるという藤の発言の説明がつかない。誰かが犠牲になるというより、誰もを犠牲にしたいのが無理心中だ。

 ふたりがより時間と慎重さを必要とする工程を選んだ理由は、一体なんなのだろう。なにか理由があるはずで、おそらくそれは夏也の能力に関わることだと思うのに、思考がこれ以上前に進まなかった。俺の凡庸な脳みそでは、導き出せる答えなんてなにもなかった。俺、役に立たない。頭を掻き毟りたくなる。

 校舎内に残っているのは、俺と藤と三橋と夏也、佐伯先生くらいだろうか。佐伯先生はたぶん俺を追ってここまで来たから、俺のことはいいから先に逃げて欲しいと言っても聞かないだろう。早く藤を追わなくちゃ。佐伯先生に声をかけると、佐伯先生は了承しつつストップをかけてきた。なにやら考えこむように、佐伯先生は複雑に眉根を寄せている。

「どうせ誰かが犠牲になるっていうなら、これっておかしいと思わない?」

「おかしい?」

 いきなり言われても、ぴんと来なかった。意図を掴めない俺に、佐伯先生は丁寧に教えてくれる。

「藤君がそういうことを言うってことは、犠牲が出るのは仕方ないって割り切ってるってことだよね。むしろ犠牲を出すつもりだから、ここまでのことをしてるんだと思う。でも、それならどうして最初に誰もいない体育館を爆破したのかな」

「……あ」

 説明を聞くと、確かに妙だと思った。生徒を殺す気があるなら、最初から教室を吹き飛ばせばよかったのだ。藤は爆弾の威力をコントロールしている。その場にいる生徒を仕留められる殺傷能力を込めることは可能だったはずなのに、藤と夏也が最初に攻撃したのは体育館だった。それも、昼休みに入って十五分経った、確実に誰もいない体育館だ。爆発は各場所で何度か続いた。佐伯先生曰く、詳しいことはわからないが、今のところはかすり傷程度の怪我を負った生徒がほんの数人いるだけだそうだ。死人が出てもおかしくない事態なのに、軽傷者が数えるほどしかいない。ふたりは、敢えて人から離れたところで爆発を起こしているのだろうか。とすれば、あいつらの狙いはなんなのだろう。

 とにかく藤を追わなくちゃいけない。この校舎の奥に夏也がいる。藤がいなくても、どうせ俺はそこに行かなければならなかった。ふたりがなにを考えているのか、そこでわかる。

 目で合図し合って、俺と佐伯先生は走り出した。夏也のところには三橋もいるし、少しでも早く合流したほうがいいに決まっている。

 どうせ夏也は救われない。藤は、ほとんど吐き捨てるように言っていた。自棄になっているのは、夏也よりも藤のような気がする。胸の内側では、なにか不快にざわつくものがあった。佐伯先生の横顔を窺い見ると、先生も俺と同じ気持ちでいるらしいことが読み取れた。自暴自棄になっているのは、夏也ではなく藤のほうだ。自分が何故そう分析しているのかはわからないが、思うことは佐伯先生と一致している。少なくとも完全に的外れな直感ではなさそうだった。既に見えない藤の背中を追う足に、より一層の力が篭った。




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