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三橋優輝 4

「七瀬がちょっと、よくないな」

 くるり、と藤は学習椅子を回転させた。藤の透き通った瞳をレンズ越しに覗き込み、優輝は抑揚に欠けた口調で訊ねた。

「どういう意味、それ」

「お前なら言わなくてもわかるだろうが」

 間髪を入れず、藤は冷たく言い返してくる。藤の日常的に醒めた態度には慣れているので、腹が立つことはなかった。

 藤がなにを案じているのか、優輝には容易に想像できる。敢えて問い質したのは、それ以外の回答が出てくる可能性を示唆したためだ。そうでなかったということは、やはり要因はひとつしか考えられないということか。マイナス方面の予想ばかりが的中する自分の勘に些か不満を覚える。

「あれっきり、七瀬は三橋と一言も話してない、か。それまで一緒に帰ってたくせに」

「別に僕が誘ってたわけじゃないよ。いつも七瀬が勝手について来てただけ」

「知ってるわ。だからよくないんだろ」

「僕には理解できないね。七瀬の行動」

 出されたジュースとスナック菓子を口に運びながら、優輝は言った。藤は襟元を緩く解き、腕を組んで椅子の上から優輝を見下ろしている。

「忠勝君の部屋って、意外と普通なんだね。もっとオカルトチックで気持ち悪くて吐き気がするような、そんな怪しいものいっぱいあるのかと思ってた」

「忠勝君って呼ぶなって言ってるだろ。お前、俺に対してどんなイメージ抱いてるんだ」

「要するに、七瀬は壱井に殺されちゃうかもって思ってるわけだよね」

 質問の回答を得られなかった藤は、多少不機嫌そうに眉を顰めた。しかし、そんなことでくだらない論議を醸すほど暇ではないことは、とうの藤にもよくわかっているはずだった。だから藤は、わざわざ優輝を部屋に招いている。

 いきなり話題を差し替えられたとは言え、本題はそれだ。クールな無表情を繕い直し、藤は優輝の言葉に耳を傾ける。

「だから、少しでも関わりを希薄にしようとして、僕や忠勝君のことまで避けて行っちゃう。どうせならもっと上手に振舞えばいいのに、それもできてないから明らかに不自然だし」

「で、お前は、七瀬のその行動のどの辺りが理解できないんだ」

「理解できないでしょ。生きてれば必ず死ぬ。無差別殺傷に巻き込まれちゃうかもしれないし、不幸な事故に遭うかもしれないし、たとえ家から出なかったとしても、心臓発作かなにかで急死しちゃうかもしれない。壱井の特異な能力が人や動物の命を奪ってるとしても、そこに壱井の意思があるわけじゃない。壱井を怖がる理由なんて、なんにもないじゃないか」

「それに、夏也は相手の顔を見なくても能力を発動させられる、って推測してるしな。七瀬が夏也を避けたところで、等しく犠牲者になる可能性は残ってるままってわけだ」

「そこまでわかってるのに、どこか理解できないか、なんてどうして訊くの」

 わかっているのに訊ねるのなら、それは明らかに時間の浪費だ。藤がそんな無駄を踏むことはありえない。優輝は黙って藤の言葉は待った。

 やがて藤は、気だるそうに口を開く。

「俺は、七瀬が理解できないわけじゃない」

「壱井の能力が絡んでるか絡んでないかの違いがあるだけで、生きてれば死ぬのは当たり前なのに」

「三橋の言ってることも理解できる」

 そう返されれば、優輝は疑問符を重ねるしか術がなかった。お前は本当にわからないのか、藤はさもそう言いたげに唇を結び、いつもの口調で続ける。

「死ぬのって怖くないのか」

「怖いけど普通のことだし」

「お前、顔だけじゃなくて中身まで人形臭いのな。いつか死ぬのはわかってても、身近にそれを呼び込むようなものがあったら、避けたくなるのが普通だろ。車が猛スピードで迫ってくるのに、お前、黙って立ち尽くしてるのか」

「もちろん逃げるけど」

「七瀬もその理屈だろ。もしその感覚がわからないって言うなら、お前、頭廻るくせにかなり鈍いわ」

「じゃあ訊くけど、忠勝君は壱井が怖い?」

 一方的に言われ続けるのは性に合わない、だから優輝は、話の核を直截に藤へ向けた。その質問なら予想できていただろうに、藤はらしくもなく口を閉ざす。半瞬の間を置いて、ゆっくりと藤は言葉を選ぶ。

「怖くはない。でも、三橋とは言い分が違う」

「どういう意味?」

「死ぬのは俺じゃなくて、いつもほかの誰かってことだ」

 なるほど。安い単語を繋ぎ合わせるより、一言を発したほうが余程深みと現実味がある。ベストアンサーを導き出した藤に、優輝は拍手を贈りたくなる。具体的なことはひとつとして挙がっていないが、藤は死を主観的に受け止めることができないのだろう。いつか必ず死ぬことはわかっている、でも、その来る死はただの知識であり、感覚には結びつかないために実感がない。七瀬にはそれがあり、だから恐怖する。優輝にもそれがあるが、遅かれ早かれ必然の死に敢えて抗うつもりはない。己を含めた藤の分析は的確だった。

「つまり、こういう局面においては、頭の廻る忠勝君はかなり鈍いってことだね」

「バカか。死ぬのをわかってない奴はいないけど、誰もそれが自分の身に起こるとは思ってない。起こると思ったら普通は逃げる。正常なのは七瀬だな、おかしいのは俺とお前のほうだわ」

「前々から思ってたんだけど、忠勝君って結構口悪いよね」

「回りくどい言い方はしない主義なんだ、双方共に時間を無駄にすることがなくて快適、と言って欲しいな」

 センスの悪い冗談を、藤はなんでもないことのように口にする。既存の冷静な性格と頭脳、発想と分析は頼り甲斐があるが、藤はどうにも変わっている、と優輝は思う。おそらく、藤のほうも優輝を意図不明の変人と捉えているのだろうが。

「それにしても意外だね、忠勝君。七瀬がそんなふうに壱井を怖がってるのがわかるのに、むかつく気持ちってないの? 壱井は忠勝君の親友なんでしょ」

「あるに決まってるだろ。夏也を避けたところで、状況はなんにも変わらないんだから」

「じゃ、なんでそんなに落ち着いてるわけ」

「落ち着いてなけりゃどうにかなるのか」

 尤もな反論だ。そんな反応の予測は容易にできたが、優輝は口を噤んで藤を見据える。それと同時に、藤の学習机の上に置かれた紙袋に気が付いた。シンプルなデザインだが、明らかにプレゼント用にラッピングされている。ぴんと閃き、壁にかけられたカレンダーに目をやった。今日の日付は、十一月一日だった。

「壱井の誕生日っていつだったっけ」

「十月二十三日」

 藤はあっけなく言ってのけた。優輝は紙袋をじっと見つめる。優輝の視線の先に気付いたらしい藤は、微かな溜息を漏らした。藤の視線も紙袋にスライドした。

「プレゼント、用意したんだ。マフラーなんだけど」

「恥ずかしくて渡せないの?」

「本気で言ってるなら、今すぐ俺の目の前から失せろ」

「冗談。渡したくても渡せないんでしょ。それくらいわかるよ」

 藤は飽くまで表情を変えなかったが、幾ばくかすると、観念したように小さく息を吐いた。お前のペースに合わせられない、藤はさもそう言いたげな空気を醸したが、優輝は気づかないふりでやり過ごす。

「夏也と連絡が取れない」

 自分の眉が動いたのを、はっきりと優輝は自覚した。藤はこちらになど目もくれずに話を進めていく。

「別に今まで毎日連絡取ってたわけじゃないけど、メールを送れば返事は必ずあったし、電話はそのとき出られなくても後から絶対アクションがあった。それが今はまるっきり」

「いつから?」

「誕生日のニ日前から。家にはいる。気配はするんだけど、いくらチャイム鳴らしてもダメだ。なにかがあったことは明白だな」

「僕をわざわざ家に呼んだのは、それを言いたかったからなんだね」

「ま、外で話すのもなんだからな」

 藤はいつもの冷えた態度を貫いているが、内心では、そう冷静でいるわけでもないことを窺える。壱井からの連絡が途絶えてしまうことは、想定範囲内の片隅に欠片程度の構えもなかっただろう。ただの知人でも、いきなり音信普通になれば不安になる。藤と壱井が本当に親友だと言うのなら、藤の心配も乗増しに違いない。

 親友。その単語をゆっくりと奥歯で噛み締めた。壱井にとっても藤が親友ならば、余程のことが起こらない限り、隔絶など望まないだろう。いや、望むというより、そうせざるを得ない状況なのか。どちらにしても、現状がわからない以上は言えることはなにもない。

 どうやら藤は、壱井は七瀬とひと悶着あったと考えているようだ。確かに七瀬があの様子なら、どこかで壱井とばったり遭遇し、友達と出会えて喜ぶ壱井を拒む言動をしたか、或いは行動を取っていても不自然ではい。場違いだとは感じるが、それを思うと、優輝は少し愉快な気持ちになる。表情は変えていないつもりだが、藤は優輝がそう考えていることを即座に見抜いた。言いわけしても仕方がないので、藤の主張を素直に認めることにする。

「忠勝君、前に言ってたじゃない。隠しておいて欲しい壱井の秘密を七瀬が知ったところで、悪いことにはならないって」

「それがどうした」

 不愉快そうに、藤は低く言い放った。そんな年相応の苛立ちが面白く、優輝はトーンを高めて言う。

「実際、悪いことになってるからさ。忠勝君の予想、はずれることってあるんだね」

「俺だってはずすときくらいある」

「それ、今回だけは該当しちゃいけなかったんでしょ」

 一瞬、藤は床を蹴った。少し腰を浮かせたところで、藤は椅子に座り直した。つまらないことで喧嘩している場合ではない、とでも言っているようだった。飽くまで冷静な藤の性格を、優輝は純粋に頼もしく思う。故に、少しだけ障る部分を刺激してみたくもなるのだが。

 前髪をかき上げ、藤は気を落ち着けるように息を吸い込んだ。言おうか言うまいか悩んでいるような目をしたが、決意を固めたらしく、藤は吸った息を吐き出す。机に置いた携帯電話が震えたのは、藤が口を半分開いたところだった。

「夏也だ」

 思わぬ展開に、優輝は目を見開いた。藤も相当驚いた顔をしたが、取り乱すことなく携帯電話を耳に当てた。その頃には、いつもと同じ無表情に戻っていた。が、すぐに藤の表情は怪訝そうに歪んだ。いくらかの会話を成し、藤の言葉は打ち消されてしまうのか、最後まで言い終わることなく声が止まる。次の瞬間、藤の顔から血の気が引くのを、優輝は確かに見て取った。

「おい、待てよ。すぐ行くから待ってろ。切るな。やめろ、おい、夏也!」

 携帯電話を握る藤の右手の間接は、よっぽどの力を込めているのか白くなっている。藤が怒声を飛ばしたことに驚いたが、同時に、壱井になにか異常事態が生じていると察した。

「あの大バカ野郎、ふざけやがって!」

 豪快に舌打ちし、藤は声を荒げた。部屋全体が振動するような音量で、歯軋りの音までもが宙に浮き上がる。常に凍てついた風貌を保つ藤からは、想像もできない姿だった。藤は携帯電話をポケットに押し込みながら、椅子を蹴り飛ばして優輝の眼前を駆け抜けた。雪崩のような轟音で階段を駆け下り、藤は靴も履かずに外へ飛び出して行く。ただごとではない。一瞬の出来事に、しばし呆然と座り込んでいたことを後悔した。優輝は藤を追いかけて外へ出た。靴を履いている余裕などなかったはずだが、それでも優輝は靴を履いた。藤が壱井の親友であることを、優輝は緊迫感の中で不意に思い知った。







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