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三橋優輝 3

 壱井に猫を飼っていることを教えられて以来、優輝は学校が終われば必ず例の河原に足を運ぶようになっていた。特になにか用事があるわけでもないが、猫は好きだし、給食で余った牛乳を処理するのにもちょうど良かった。自分が嫌で口にしなかったものを胃袋に収めてくれて、尚且つ、それでこちらに寄せる好意を増幅させてくれるのだから、優輝にとっては一石二鳥だった。階段を降りて川岸に接近し、ざっと周囲を見渡した。優輝の顔を覚え、いつもなら自分から歩み寄ってきてくれるモノが、今日はどこにも見当たらなかった。

「どっか散歩でも行ってんじゃないの」

 七瀬も、モノの不在に気付いたようだ。七瀬の派手な金髪は、オレンジ色の空の下ではよく映える。ついでピアスも夕陽を反射して煌めいていた。瞬間的に目が眩んだ優輝のことなどどこ吹く風で、七瀬は人差し指で能天気に頬を掻いていた。

「今日は諦めることにして、牛乳飲めよ」

「そういうわけにはいかない」

「帰ってくるまで待つ気かよ。真っ暗になっちゃうぜ」

「七瀬は帰っていいよ。ついてきて、なんて別に言ってないんだし」

 突き放すようだが、事実なのだから仕方がない。口を閉ざした七瀬に、今度は優輝がどこ吹く風の態度を取る。何秒かした後に、七瀬は、小さく舌打ちした。

「本当のことには反論できないよね。僕の勝ち」

「うるさい」

「負け惜しみ?」

「うるさい!」

 「うるさいのはお前だわ」。優輝と七瀬の会話の後ろに、冷静に状況を汲み取ったような、落ち着いた声が張り付いてきた。腕を組んだ藤が、優雅な足取りで優輝の隣に並ぶ。

 随分いきなりのご登場だ。わざわざこんな場所に立ち寄ってまで、藤が意味もなく自分に接近してくることはありえない。即座に理由を質そうと口を開いた優輝だが、七瀬も同じ感想を抱いたようだ。七瀬が優輝の意思を代弁した。

「なんか用事なんだろ」

「まあな」

 横目で優輝を一瞥し、藤は河川に視線を移した。藤の用件は、やはり七瀬ではなく優輝自身に向けられている。

 藤の頭のよさは異様だ。多少の疑問なら自分で勝手に解決するだろうに、手間を取って優輝の話を聞きに訪れている。内容がどうであれ、はぐらかせる事柄ではないことは確実だった。

「なに?」

 敢えて促し、優輝は藤の出方を窺う。七瀬はことの意味を把握していないのか、呑気に欠伸をしていた。

「ここで交通事故があったとき、三橋は夏也と一緒にいただろ。そのときのことをできる範囲で思い出して教えてくれ」

 優輝の隣で、七瀬の欠伸動作が停止した。食い入るように藤を見つめ、そして優輝を見つめ、七瀬は硬直していた。その話題に触れてはならない、と暗示しているようだった。優輝としては、藤が自分のほうから話を振ってくる以上、たぶん壱井のことだろうと予測できていた。さして驚くこともなく、優輝は冷静に言葉を返す。

「そんなの聞いてどうするつもりなの」

「確認だ。試せば手っ取り早くて確実なんだろうが、力が力だから試せない。だから状況を聞きにきた」

「壱井から聞いてない?」

「主観じゃ限界がある。違う目が必要だ」

「それは七瀬が聞いても大丈夫?」

 優輝が言わんとしていることは、藤にもすぐに伝わったようだった。壱井が直接的に自分の能力を打ち明けたのは、自分と藤のふたりだけだ。壱井の友達ではない自分と、壱井の親友である藤。両極端の中央に、七瀬が位置している。中間地点に立つ七瀬を、壱井は選ばなかった。

「大丈夫だろ。七瀬は夏也の友達なんだから」

 藤は言った。「要は、信頼できるかどうかだ。七瀬が夏也に内緒でそれを知ったとしても、悪いことにはならない」

「敢えて友達を避けてる壱井を、裏切ることになるとは思わない?」

「夏也のことは、どうせお前がもう七瀬に流してあるんだろ。それなら、裏切ったのは俺じゃない。お前のほうだ」

 藤の切り返しは尤もだ。完璧に的を捉えた藤の返答に、優輝は思わず感嘆の声を漏らす。いくら自分がターンを見越して立ち回っても、頭脳プレーでは藤に敵わない。藤の言葉は、優輝と交わす会話を最初から把握していたように、鮮やかに解き放たれたのだった。

 軽く優輝は両手を上げた。降参のサインだ。藤は、黙って優輝を見据えただけだった。

「確かに強烈な印象だったけど、事故自体はほんの一瞬だった。残念だけど、これと言って象徴的な記憶はないね。僕の目の前に、男の子が乗ってた自転車が落っこちてきたことくらい」

 記憶回路を逆に辿り、そのときのことを脳裏に再生しようと優輝は努める。が、事故そのものが衝撃的すぎて、当初の状況など詳しく思い出せなかった。思い出せないくらいなのだから、なんの変哲もない日常だった。あの日、優輝にとっての非日常と言えば、ほとんど話したこともないクラスメートの壱井に、メールで呼び出されたこと程度だった。

 壱井が少年の死を察知したのと、ほぼ同時に、事故は起こった。壱井は即死だと言った。実際、ニュースで報道された事故の説明では、轢かれた少年は即死と伝えられた。一瞬の間に、状況もなにもあったものではなかった。

「事故が起こる直前、夏也はどっちを向いてた?」

 答えを出せない優輝を見兼ねたのか、藤が質問事項を飛ばす。優輝の目に、そのときに見た光景が蘇った。今まさに優輝の目が映している、陽の沈む川景色がそれだった。

「川の向こうを見てた。僕と壱井は、一緒に夕陽を見つめてた」

「つまり、夏也は男の子の顔を見てない。対象を視界に入れなくても、力は発動してしまうってことだ」

 え、と声を漏らしたのは七瀬だった。なんだか、藤がいつもと違う。七瀬もおそらくそう感じたのだろう。優輝は戸惑う七瀬に代わって言葉を口にした。

「その含みのある言い方、なんなの」

「確認だ、って言っただろ。試せないから、とも」

 これ以上は言わなくてもわかるはずだ。藤の醒めた瞳は、優輝にそう語っていた。確認、と、試せない。ふたつのワードが、優輝の脳を埋め尽くした。間を置かず、優輝は藤が「確認」と称するそれの意味に気がついた。一方七瀬は、優輝と藤を交互に見比べていた。

「壱井の能力には、使うための条件かなにかがあるってこと?」

「あるかも、だけどな。一応、ご明察」

「今わかったのが、壱井は、対象を視界に入れない場合でも死を悟れるってことなの?」

「正解。頭が廻って話が早いわ」

 如何にも退屈げに、藤は指で前髪をいじっている。場違いに飄々とした態度で振舞う藤は、どことなく不審で穏やかではないオーラを噴出している。優輝は、藤を更に問い質した。

「試せないっていうのは?」

 爪の綺麗なその指先が、するりと藤の前髪を抜けた。優輝は繰り返す。

「試せないって、どういう意味で使ってるの?」

「モノが死んだ。夏也にはその様が視えてた。でも、その映像と現実に起こったことが違ってた」

 箇条書きを読み上げるように、藤は滑らかに言葉を滑らせる。藤の発言は続いた。

「夏也は、死ぬのがわかったモノを助けようと家に連れて帰った。そしたら、死に方が酷くなった。重要なのはそこだけだ」

 優輝の記憶の中には、壱井がモノを抱いて帰った光景が確かにあった。優輝が壱井の秘密を七瀬にばらし、それを壱井本人が知ったあの日だ。壱井は、モノを伴って帰路についた。いつもと違う壱井の行動に、優輝は少し驚いた。が、踏み込もうとは思わなかった。壱井はほとんど家の中でひとりぼっちなのだという。寂しいと思う感情がないほうがどうかしている。壱井がモノを連れて帰ったのは、優輝から見れば、なんら不思議なことではなかった。ただ、あのとき、フレンドリーに言葉を紡ぐ七瀬の手を払いのけた壱井の動作には、多少の違和感があったことは否めなかった。

 そこまでの段階で、壱井は既にモノの死を悟っていたのか。喉の奥がむず痒いような、奇妙な感覚を捉える。死に溢れた壱井の世界は、あまりにも壮絶だった。

「忠勝君の口ぶりからすると、モノの死に様が酷くなったのは、壱井がモノの決まってた運命に干渉したことが理由なんだよね。つまり、対象の死に方になにかしらで関わると、それがもっと残酷なことになる、っていうルールを仮定してる。命の尊厳を考えても、壱井の性格を考えても、確かにそれは試せないね」

「そんなわけないじゃん。偶然だよ」

 優輝が言い終えると同時に、七瀬が割り込んできた。七瀬が発した言葉は、優輝が言おうとしていたことでもあった。主張だけを堂々とこなし、理由の裏付けができない七瀬を代行し、優輝は再度口を開いた。

「今までに視えた死の中にはずれがなくて、偶然もなかったって壱井本人が公言してもさ。だからって、それが百パーセント正しいことにはならないでしょ。はずれはともかく、偶然がなかったかどうかはわからない」

「そう、悪魔の証明だな。お前、結構切れるんだな。侮ってたわ」

 褒められているのか、けなされているのか。判然としない藤の態度は癪だが、今はその程度の論議を繰り広げている場合ではない。

 ひとつの見解として、壱井の能力の結果に偶然が紛れていなかったことは証明できない、だから、たったひとつの事例からルールを導くのは勇み足だ、と挙げたまではいい。が、自分とは同年代とは思えないほどに聡明な藤が、その説に辿り着けなかったわけがないのだ。藤が会話の中でやたら「可能性」を強調するのは、優輝と七瀬が提議した一定の流れを自分の中で整理しているからだろう。

 それに、壱井の力にルールなり条件なりが本当にあるとするなら。要するにそれは、つまり。つまるところ、そういうことだ。

「夏也が殺してる、ことになるよな」

 風が吹いた。見計らったかのように、強烈な風が優輝の髪を弄んだ。今の瞬間、風の音と、なにかの音を聞き間違えた。優輝は、本当にそう思った。風が過ぎ去った後、藤はもう一度口を開いた。

「最初から決まってた運命じゃない。夏也には、死ぬ命が視えてるんじゃない。視えた命が死ぬんだ」

 突然、七瀬が藤に掴みかかった。藤は一切抵抗しなかった。

「百歩譲って、夏也に視えた映像より酷い死に方をしたモノが偶然だとするぞ」

 振り上げられた七瀬の拳が、冷めた藤の一言で止まった。小刻みに震える七瀬とは間逆に、藤は微動だにしなかった。

「それ以外はどうする。今までお前が視てきた死の映像は全部夢か錯覚で、それがたまたま現実になったって言われて、お前は信じるのか。奇跡的にそれを信じたとして、次に自分の身近で誰かが死んだらどうだ。それも偶然だって思えるのか。だとしたら、奇跡的なのはお前の幸せな思考回路だな」

「お前、そんなこと冗談でも言うなんて……!」

「七瀬、ストップ。頭に血が昇ってる」

 優輝が言うと、七瀬は唇を歪ませつつも藤を解放した。熱くなりやすいのは七瀬の性格だ。非があるのは挑発的な藤のほうだが、それだけ苛立っているとも取れる。藤はもう、壱井の能力をそう判断するしかないのだろう。親友に殺人鬼の烙印を押すことになるが、冷静な思考を保っているだけ、藤はやはり優秀だった。

「確かに、例になってる出来事はひとつだけだ。でも、ひとつで十分だろ」

 藤の言う通り、偶然などと仮定するだけ時間の無駄だった。壱井の能力に本当にルールがあるなら、条件が合致したときに力を使っている――対象の命を奪っている、と思ったほうがスマートだ。ルールの数があれば、数があるほどにその信憑性は高くなる。そもそも、特定の人間の周囲に、最初から早死にする運命の人がそこまで集うとは考えられない。それこそ悪魔の証明だが、現実的に考えると、連なる死が偶然でしかもそれを壱井が予知しているとは思い難かった。

 壱井の能力自体が既に現実離れしているのだ。ならばこちらも現実的な段階を踏む必要はない。自分の意思とは無関係に力を使い、目に映ったその光景で命を殺す。次から次へと死を視る壱井なのだから、最初からそう発想していてもよかったはずだ。特に、藤は。なんとも言えない表情で目を伏せている藤に、優輝は視線を投げかける。

「夏也の力にルールがあるとすれば、それを上手く利用すればいい。ルールからはずれた環境にいれば、薄気味悪い命の終焉を知らなくて済む」

 乱れた襟元を整えつつ、藤は言う。

「でも、対象の顔を見なくても力は使える。夏也は、まったく面識がない男の子が事故で死ぬことを知ってた。夏也が家からほとんど出ないのは、外の世界に溢れる死を視てしまうのが怖いから、なんだが」

 藤が言いたいことはなんなのか、優輝には容易に想像できた。七瀬は、息を呑んで藤の言葉の続きを待っている。

 細かい点はさて置き、大まかに言えば、そういうことになる。さっきから、嫌な話しか出てこない。でも、その考え方なら、疑問が残る。藤は、その一点についての考察はしているのだろうか。

「相手のことをまるっきり認識してなくてもいい、ということは、誰とも会わない家の中でも力を使える、ってことだ。夏也が家に篭ってる意味は、この時点で皆無になるな」

「それ、夏也が知ったらまずくない?」

「かなりまずいだろうな。夏也には逃げ場がないことになる」

 訊ねた七瀬に、藤は一秒も迷わず回答した。残酷な答えに七瀬は愕然としていたが、藤は、七瀬の反応を見越していたかのように続けた。

「でも、それなら夏也は、今までにも家の中で知らないなにかや誰かが死ぬのを視てるはずだ。その例がないということは、家の中には、力を抑えるなにかがある」

 藤と優輝が抱く疑問は同一だった。その答えとして考えられるのは、確かに壱井の自宅になにかがあることだ。壱井の力の放出を押し込める、なにか特別なもの。一体、なんだというのだろう。思考を練る。壱井が無意識に力を使ってしまうのなら、家の中では、無意識に力を抑えているとも取れる。無意識。無意識か。優輝は、軽く目を閉じた。冷たい風が耳に触れた。目蓋の裏に壱井に呼び出された日の光景が蘇った。事故が起こり、人が集まり、あまりの衝撃で立ち上がれなかった。壱井が去ろうとした。そのとき優輝は、今は壱井をひとりにしておけない、と思った。何故かはわからない。でも、咄嗟にそう思っていた。すぐに壱井の背中を追った。無意識だった。

「無意識……」

 口から自然と声が漏れていた。藤と七瀬が、優輝を見やった。

 そうか。それだ。発想が結びつき、すぐにそれを言葉に換える。

「無意識なんだよ。事故があったとき、僕、壱井をひとりにするのは絶対まずいと思った。理由はわからなかったけど、あの気持ちも壱井の力に関連してたんだ」

 どういうことだ、と七瀬が問うてくる。優輝は早口で答える。

「家族が帰ってくる家にいれば、壱井はひとりぼっちじゃない。だから、家ではなにも視えない」

「孤独を感じなければ、夏也はなにも視ないで済むってこと?」

「違う。家の中で、夏也は佐伯先生がくれたコケダマが壊れることを視た。あの出来事がなかったら、俺はコケダマを作ろうとは思わなかった」

 半ば声を明るくした七瀬とは裏腹に、藤の口調は冷温が保たれている。優輝としても、藤が単純に一喜するなどとは考えていない。むしろ藤の切り返しは予想に沿う。やはりそうだと、優輝は自己の分析を肯定した。

 例になる出来事など、ひとつあれば十分だ。壱井の力を実験して試すことができない以上、仮定と憶測で情報を結びつけるしかない。藤が提示したそれらを踏まえた上なら、自分の推理も妥当だと思う。藤も自分も、ひいては七瀬も、とんだこじつけ趣味と屁理屈頭だ。わかってはいるが、可能性がある以上、口にしないわけにはいかなかった。

「モノの死は、忠勝君曰く、壱井の力のルールを無視してたってことなんだよね」

「忠勝君って言うな。何度も言ってるだろ」

 苛立ちを抑えきれない様子で、藤は腕を組んだ。レンズの奥の藤の双眸は、早く核を話せ、と優輝を急かしていた。

「壱井が孤独を感じたときに力を使っちゃうなら、そのときから既にルールが破綻してる」

「ちょっと待てよ。ふたりとも、いくらなんでもぶっ飛びすぎだと思うぜ」

 優輝と藤の間を、七瀬が割って入り込む。ブレザー越しに肩に触れた夏也の手は、随分と冷えていた。放課後のお喋りとしては、長すぎる時間を取ってしまったようだ。風の冷たさと薄闇の空が、不意に優輝の身体へと溶け込んでゆく。

「だいたい、確かめようがないことをあれこれ推理したって仕方ないだろ。本当に夏也が無自覚に命を殺してるとしても、全部不幸な偶然だって思い込んだほうがいい。日常的に見たくもない死に様ばっかり見て、夏也の精神状態ってかなりぎりぎりなんじゃないかとも思うし」

「偶然だって思い込めるならな。ルールはともかく、夏也が殺してることは明白だ。それに、今のところは近しい人間が死んでないだけだ。だから夏也にはまだ気持ち的な逃げ場が残ってる」

「なんだよそれ。その言い方、まるで、これから夏也に近い人間がどんどん死んでくみたいな」

 唐突に、七瀬の息が詰まった。その理由を、優輝はすぐに察することができた。七瀬にも想像がついたのだろう、つい先刻までの威勢が嘘のように全身の血の気が引いている。無理のない反応だと、優輝は他人事のように思う。

「俺たち、死ぬかもな。今、こうしてる間にも」

 こうしている間にも。藤はおそらく、わざと言葉を続けなかった。澄ました物言いをするが、藤が受けたショックも桁違いらしい。努めて平然と振舞っているのか、本当に平坦な感情のままでいるのか、優輝には、いまいち掴むことができなかった。どちらにしても、藤が置かれた立ち位置は過酷だ。親友に、無意識のうちに殺されるかもしれない。殺されているかもしれない。藤だけではない。七瀬も、もちろん自分も、だ。普通に生活していれば不幸な運命と括れることが、括れなくなった。思い至ってしまった以上、命を失うことがあれば、間違いなく自分は壱井を恨み憎しんでいるに違いない。壱井の人格はそこにないのに。

 生きていれば死ぬのは当たり前のことなのに、急に生存範疇を狭められるような気がするのは何故だろう。もしやこの感覚が、壱井の言うところの「死に向かっている」だろうか。他人事のようで他人事でない心地が、なんとも滑稽で爽快だ。「そこまで悪くないんじゃない」。優輝は小さく声に出したが、藤にも七瀬にも、聞こえていないようだった。





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