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第三章 いばらが護る扉 (5)

 夜は、まるで果てのない湖面のようだった。そこにぽっかり浮かんだ満月を、灰青色の雲の流れが、妖しげに取り巻き蠢いている。それは、油性の顔料をうっすらと垂らし込んだのに似ており、この世と、どこか別の場所とを隔てる薄膜に思われた。怪異現象というものを、エプィヌは信じる質ではないし、そういったものを感じる能力は皆無だったが、妖が跳梁していてもおかしくはないと思うほどの、変な胸騒ぎがする夜だった。

(いや……)

 エプィヌは、暗闇の中を出歩いたことなどなかったのだ。ヨークでは、日の暮れた後の荒野は、山羊を狙うオオカミが統べる世界だった。研究漬けの博士ですら、その牙にかかってはひとたまりもないから、日のないうちは絶対に城外に出るなとエプィヌに言い聞かせたほどだ。

 そんな手探りの夜の中を、一角獣(ユノ・ケローズ)の背に乗ったルチーフェロは、難なく手綱を取り、翔けた。

「おい、振り落とされるなよ」

 耳元で囁き声がそう言った。不意打ちに驚いたエプィヌがびくっと肩を震わせても、彼は正面のみを凝視ししていた。顔面に打ち付ける容赦のない風は、春を迎えたとはいえ、まだまだ氷の矢のようだ。もちろん、言われるまでもなく、エプィヌは地から足を離し、鞍に跨った瞬間から、必死になって身を伏せていた。その頬に、小麦色の柔らかな毛髪が時々当たった。

 一角獣(ユノ・ケローズ)は、王城の周囲を巡りながら、一番高い塔のさらに上空へと、高度を上げていく。腹の奥がふわりと持ち上がったかと思えば、頭を抑えつけられ、呼吸を忘れる……。次々と襲いかかる奇妙な感覚に気が遠のきそうになりながら、それでもエプィヌは、生きているうちに二度とは得られないかもしれぬ経験に好奇心を躍らせ、できる限り世界をよく見ようと目を凝らした。

 瞬きと瞬きの僅かな合間に、景色はぐるぐる入れ替わる。気付けば、塔の高さを超えようとしていた。

「あれは!?」

 思わず声が出た。切先が闇に吸い込まれた屋根の上、足場も不確かなその場所に、信じられないことに、人影があった。

 線の細い、華奢とも言える身体つきは、目を引く何かがなければ、影に紛れて見逃したに違いない。金とも銀ともつかない、星の群れ輝くような、透き通った色の長い髪……それが夜風にたなびき、一筋ずつさらさらと宙に流れて行く様子は、時を歪めて、エプィヌを串刺しにした。

 全身が白光を帯びているのに、顔だけが、なぜか見えない。ーー仮面をしているのか、それとも、そこだけ闇に喰われてしまったのか。その者のあまりの異様さに、つい我が目を疑い、有り得ないことを考えた挙句、エプィヌは、一瞬遅れて背筋を凍らせた。

「ーー殿下、さっき、あの塔の上に……!」



 まだ見慣れない高い天井が、淡く静かに、朝の光を帯びている。何かに導かれて目を開けた気がしたのだが、ただ時が来たからいつものように夢から覚めただけなのだろうか。眠り足りない頭で、エプィヌはぼんやり考えたが、すぐにそうではないと分かった。戸を叩く遠慮がちな物音が、しだいにはっきりと輪郭を帯びて来たのだ。

(しまった……)

 朝餉に遅れたのかと一瞬で肝が冷えた。急いで身を起こすと、汗に濡れて張り付いた夜着が全身にまとわりつき、そのせいで、寝台をほぼ転がり落ちるような体勢になってしまった。兎にも角にも、外の人物に起床を告げねばならない。

「すみません……」

 なんとかローブを引っ被り、エプィヌは息せき切って戸を開けた。

「エプィヌさん?」

 顔を突き合わせた相手は、不意を突かれたように驚きの声をあげた。

「ラーギニールさま……」

「昨晩はとても遅かったみたいだから、朝餉に遅れるといけないと思って。慌てさせたなら申し訳なかった」

 彼は口ごもりながら言い、俯いて気まずそうに目を逸らした。はっとしたエプィヌもまた、櫛を通していない髪を撫で付けつつ、ローブの胸元を手繰り寄せる。

「ーー起こしに来てくれたんですか?」

 沈黙を避けようと思ったものの、顔がかっと紅潮するのを抑えることができなかった。

「そういうわけじゃあ……」

 ラーギニールは、分厚い戸の向こうにすっかり身を隠して呟いた。大岩の陰で銀の笛を奏でる時の、子兎のような仕草が思い出された。

(そういえば、夜も……)

 ルチーフェロに伴われてラウル家に戻ったエプィヌは、門を叩かずいきなり中庭に降り立ったものだから、泥棒にでも間違われたらどうなるだろう、ユディトにはどんな顔をされるだろうと冷や冷やして堪らなかった。しかし、そんな心配をよそに、起きて待っていた女主人は、呆れ顔で「お帰りなさい」と言った。その背後で、遠く笛の音が聴こえていた。音楽をやっているわけではないと語っていたはずの彼なのに、旋律には覚えがある。

(『花狩唄(リィルーグァン)』だ)

 博士は決して上手いとは言えない竪琴を、時々不器用に爪弾く人だった。エプィヌも手ほどきを受けた。丘の人(ベルグフォルク)たちの音楽とは異なる趣の曲の数々だが、まさか王都で耳にすることがあろうとは。

 ラーギニールもまた夜更かしをしていることにいくらかほっとしたエプィヌは、そのままの足でユディトの書斎に導かれ、遅くなった詫びと研究室の決定を報告した。ーーもちろん、王宮書庫ドムン・パディリィフィに立ち入ったことは除いてだが。途中、ノルドが温め直した麺麭(チャク)や汁物を差し入れに来たが、当然のごとく泊まっていくと宣言したルチーフェロは、邪魔をするかと思いきや、あくびをしながら姿を消した。客間に引っ込んで、早々に就寝したようだった。ユディトも、長くエプィヌを引き留める気はさらさらないようで、翌日からの学業への励ましを述べると、あれこれ深く突っ込まずに解放してくれた。ほっとした表情を隠し切れたかは分からない。

 まだ不安のある自室までの長い廊下を歩きながら、もう笛の音が途絶えていることに気が付いた。

「おめでとう、昨日は夕餉の席にいなかったから言えなかったけれど」

 相手の反応を見て、エプィヌも同様に、壁に背を預ける。

「ありがとうございます……。歴史学の、ロギ師の研究室に入れていただくことになりました」

「ロギ師、名前は聞いたことがある」

 ラーギニールは、さして興味を持っていない。気遣いを見せた割には、やはり掴みどころがない。自ら踏み入れる気がなければ身をかわしてしまうのだろう。

 エプィヌは、相手の出方を待つことにした。しばらく、二人の呼吸音が場を支配する。

「殿下は」

 扉の向こうに、彼の横顔が見えた。次の言葉待っていたとはいえ、どきりとした。

「ーー客間はもぬけの殻だった。殿下は珍しく、日も昇らないうちに帰ったんだ」

「そう、ですか……」

 エプィヌは、ほっとしたような複雑な思いで目を伏せた。ラーギニールは年相応に晩生(おくて)だが聡い少年だ。本当は親切心などより、これを言いに来たのかもしれない。母親に嗅ぎつけられるなという彼なりの思いやりともとれるし、すでに遅いという事実を示している可能性もある。いずれにせよ、選んだのはいばらの道だということだけが真実だ。

 ではまた食堂で、と少年は言い残し、足音が遠ざかって行った。



(あれは、夢ではなかった)

 闇に乗じて忍んで来た訪問者。彼の人がこんな真似をするのは、想像に易過ぎて驚きではない。堂々と色んな女のもとを訪れていそうだし、エプィヌの知らないことを知っているのに決まっている。だから、ずっと身構えていた。ーー彼が、王宮書庫ドムン・パディリィフィでの一連に探りを入れないわけがない。

 引っ越しの後、片付けもままならない部屋を王子に見せるのは気後れがするが、雑然とした環境の方が良いのかもしれないと腹を括った。彼に飲まれてはだめだ。

 ルチーフェロは、我慢ならなくなったエプィヌが浅い眠りを行ったり来たりし始めた未明近く、堂々と扉を叩いた。

「入るぞ」

 起きているかと尋ねるわけでもなく、拒否する暇も与えず、彼は静かに戸口に立った。

 エプィヌは、いざとなると驚き、返答しようにも声が出るまでにしばらくかかってしまったが、それが、待っていたと思わせぬためには良い効果をもたらしてくれた。

王宮書庫ドムン・パディリィフィはどうだった」

 壁に埋め込まれた小さな燭では、人の顔が見える範囲まで灯が届かない。エプィヌが小さな木製の卓を引き寄せ蝋燭に火を灯すと、ルチーフェロはどっかりと寝台に腰を降ろした。美しい横顔を明暗がくっきりと縁取る。その幻のような王子は、多少熱を込めてそう言った。

「ーー驚くべき場所でした。あれだけの本があれば、この世の知という知が掌握できるのではないかと思うほど、途方もない世界の詰まった場所でした。ご紹介をいただき、感謝致します」

 エプィヌは、先程まで繰り返し頭の中で考えていた通り一遍の言葉を押し出す。ーー彼に主導権を握らせてはならない。話してはならぬことまで、口にしてしまいそうになるに違いないのだ。

(この人の本当の狙いは……?)

 王子はすでに、目の前の少女が歴史ノ賢人ウィステ・エクセリーヤの後継であることを知っていたのだろうか。それとも、ただの予感と期待を抱いているに過ぎないのだろうか。

『これを読むことができる者を、探していたんだ。父君から職を任された時、同時に賜った、おれの一番大切な使命』

 道を選べと迫った時、彼が見せた紙切れの存在が示すもの……。

 最初から確信があるとすれば、探し出したいのは歴史ノ賢人ウィステ・エクセリーヤだけなのか、魔法使いと呼ばれる者たち全てを指すのか。もし彼らを炙り出したとして、何に利用するつもりなのか。ルチーフェロに彼の手の内を明かさせる方法があるのなら、どんなに良いだろう。知らないまま流されるのだけは避けたい。けれど、それを確かめるのは、やはり、あまりに危険過ぎる。敵にならない、額に烙印を押すとまで言い切った協力的な人とはいえ、だ。

 エプィヌが押し黙ったままでいると、ルチーフェロはどこか痺れを切らしたかのように息を吐いた。聞きたかったのは、そんなおべっかではないとでも言いたいようだ。

「番兵とはどんな話をした」

 顎に手を当て、じっとこちらを見つめながら、ルチーフェロは矛先を変えて静かに問う。

「分類や書架の配置、制度の説明など王宮書庫ドムン・パディリィフィの概要を説かれました」

「他に何か、あんたの知りたいことの手掛かりになるようなことは?」

 やはり、突いて来た。暗がりを選んで立っているおかげで、こちらの表情が伝わりにくいのが救いだった。

「まだ何を知りたいのかも……」

 ぐるぐると同じような返事しかしない自分にも呆れつつ、それでもこの王子に飲み込まれないためには、ラズワルドとのある種の“契約”を明かすわけにはいかない。

(わたしが、博士の正体を知ったという確証があったなら、この人はどう出るんだろう……)

「こっちへ来い」

 手首を掴まれ、思わずあっと声が出た。考えあぐねていたせいで、相手の動きに全く気が付かなかったのだ。エプィヌは途端に暗がりからまろび出て、よろよろと均衡を失った。王子の足を踏まぬようつま先に力を入れたのが、逆効果となったらしい。努力の甲斐虚しく、否、もっと悪いことに、エプィヌは相手の身体に全体重を預ける結果となってしまった。

「申し訳……」

 身を起こそうと突っ張った腕を、ルチーフェロはさらに引き寄せる。完全に自由を封じられた上、相手が相手だけに抵抗することもできず、エプィヌは目を見開いたまま息を詰めた。

「大方、おれが来ることを分かっていたんだろう」

 図星だったが、それはお互いさまと言うべきだ。抗議したい気分も、気恥ずかしさに挫かれて、エプィヌは黙ったまま顔を伏せ続けた。

「待っていたのなら、おれはもう何も言わない。あんたを困らせたりしない」

 それなら手を離してくれと、今までのエプィヌなら苦々しく思うだろう。けれど、そう簡単に突っぱねられそうになかった。

 エプィヌは返事の代わりに、俯いたまま瞼を閉じた。ルチーフェロの顔は見なかったが、ふっと漏れた吐息が前髪にかかったので、彼が少し安堵したようなのを感じた。



 いつの間にか、蝋燭が溶け切って火が落ちていた。天井付近に切られた横に平べったい窓から、暁に近い気配が、星の最後の輝きとなって差し込んでいた。

「……殿下」

 エプィヌは、朦朧とした意識の中で、突然降って湧いたように、あの光景を思い出していた。

「ん?」

 立ち去ろうとする影は、いくらか優しい声で反応し、振り返る。

「ーー塔の上の、あれは、何だったのでしょう」

「塔の……」

 彼は一瞬、言葉を途切らせた。

「いや、あれは何だと言われても、おれは見なかった」

 薄闇の中で、彼の表情は分からない。

「そう、ですか……」

 立って見送らねばと思う。しかし、何か薬でも盛られたかのように気怠く、全身の力が上手く入らない。

(あれは、絶対に夢ではなかった)



「エプィヌ!」

 威勢の良い愛らしい少女は、食堂に入るなり、自らの席を素通りして駆けつけ、がしっと首に両腕を回して来た。今日も今日とて、大輪の花のように派手なブリオーが眩しいことだ。

「もう、昨日の夕餉にいなかったから、寂しかったのよ」

 リィリィアーナはすっかり、同い年のエプィヌに気を許したようだった。と言っても、出会って僅か五日ほど、顔を合わせるのも食事も席ばかりなので、すでに気安く距離の近い彼女の勢いに、人見知りのエプィヌは、ただただ圧倒され、目を白黒させた。

 彼女の母、スィエネは行儀が悪いと一応嗜めはしたものの、高貴な生まれゆえに外に出ることもない娘が、こうして友人を得るのに文句はないようで、好きなようにさせている。周囲の者たちも同様のようだ。女主人の期待通り入舎試験に合格したことで、いくらか一族の新入りに対する認識を改めたらしい。かといってこちらに興味を示すでも丁寧に接するでもないが、この場にそぐわないと顔をしかめられることはもうないようだ。

「今日からラギと一緒に学舎に通うんでしょう? 羨ましいわ」

 巻き毛をふわふわ揺らし、花の香りのする茶をそっと手にしながら、少女は愛らしい瞳を伏せる。

 遊びに行くわけではないと訂正したいが、リィリィアーナが家庭教師について花嫁修行の毎日を送る、辟易とした様子を見ているので、曖昧に笑って受け流すしかない。そんなの、エプィヌだったら到底堪えられないに決まっている。

 誰よりも早く席に着き、全員が揃うのを待っていた女主人は、賑やかな少女たちを天女のようににこやかに見守りつつ、ノルドに目配せをして配膳させる。彼女の手前ーーエプィヌの斜向かいには空席があった。もちろん、毎度埋まるわけでない席だが、泊まって行ったのならルチーフェロが姿を現さないことを不思議に思わないのだろうか。ラーギニールの言った通りなら、暗いうちに帰るような早起きは、普段ならしない質のはずだ。しかし、ユディトは当然のように、空席分を除いた食事を用意させる。

 貴い人たちの世界や考えは難しいものだ、とエプィヌは皿に目を落としながら思う。ユディトは、ラウル家に不都合があるとなれば、看過すまい。ただ好きにさせているのか、泳がせているのか、それとも当人が引き返すだろうと期待しているのか。

 エプィヌは速攻で決断し、行動した。自らの利になるよう立ち回るなら、他にどんな手があるというのだ。そうは思いつつ、意に沿わないことには反発してしまう性分を振り返ると、損得だけだとも言い切れない。ーーだから、困るのだ。誰にも触れて欲しくはない。

 ラーギニールはと言うと、漆黒の前髪で顔がよく見えない。ただ、いつものように黙々と食べ物を口に運んでいる。将来の当主である彼は、どんな風に捉えているだろう。いくら学問に取り憑かれた変人であろうが、隣に座る少女と、そのうち娶せられる可能性を感じ取れないほどではあるまい。

 様々と思いを巡らせながら、エプィヌもまた、なるべく急いで手と口を動かす。贅沢とは質はもとより量も有り余るほどで、朝からこんなにありつける生活にはまだ慣れていない。多ければ残すのが通常、女人ともなればお転婆のリィリィアーナですら全てには手をつけないのだから、エプィヌもそれに倣えば良い。しかし、貧乏性はそれを許さない。

「エプィヌはよく食べるわね」

 そんな逡巡を知ってか知らずか、リィリィアーナは少しばかり失礼な感想を漏らした。そのあたりはさすがラーギニールの従姉妹と言うべきか、時折無神経なところが良く似ている。これは、父方の血筋なのだろう。

「あたくしなんて、もっと食べろって父さまがうるさくってたまらない!」

 突然矢を受けたナタンは、細面の顔を歪めて小さく咳き込んだ。

「リィリィア……」

「女は子を産むために健康体型であるべきだって、考えが古いわ。あたくしは着飾ることが生きがいなのに」

 エプィヌを始め、ユディトやラーギニール、その他の者たちも何を言い出すやらと顔を上げた。少女は、父親の呼びかけを無視し、膨れっ面を披露する。よほど、堪えきれない鬱憤があるらしい。

「おばさま、あたくしの結婚話が出ているって本当?」

 次に矛先が向かったのはユディトだ。なんとも気まずい話題が上がってしまい、エプィヌは食卓の空気と化そうと縮こまった。

「リィリィアの?」

 しかし、ユディトは目を瞬かせるばかりだ。

「ええ、なんでも監政官(ラヴィレス)の子息とか」

 少女の告発は、一族に衝撃を与えた。ナタンは顔を真っ赤にしたかと思えば、すぐに打って変わって青ざめる。

「ーー少なくとも、わたくしの決めたことではないわ」

 女主人の一言を受け、次に発言権の強い伯父のバラクはすぐさま激昂し、弟を睨みつける。妻たちはおろおろと狼狽え、さっきまであちこちで作業していた下僕は裏方へと姿を消していた。

 エプィヌの身の上を自由さと見て羨ましがったわけがよく分かる。ーー彼女に拒否権はあるのだろうか?

(女史が噛んでいないのなら、そういう希望もあるのかも)

 兎にも角にも、とんでもないことが水面下で起ころうとしていたわけだ。エプィヌにはさして関係のない話とも言えるが、見方を変えれば、好都合にもなる。しっかりと学業に専念し、大人しくさえしていれば、誰も部外者のエプィヌには見向きもしなくなるだろう。

「エプィヌさん」

 ラーギニールは、にわかに騒然となった食卓から、すでに逃走しようとしていた。こちらの袖を引っ張り、早く発とうと目で訴える。もちろんエプィヌに異論はなく、学徒二人はそそくさとその場を退散した。

 ラウル家に、新たな嵐が巻き起ころうとしている。

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