第四話 存在しない呪いと、論理の刃
王太子レオンハルトの居室に着いた時、そこには既に五人の男性が重苦しい顔つきで揃っていた。
中央に立つ王太子レオンハルト。
剣の柄に手をかけ、私を敵視している騎士団長息子のカイル。
漆黒の髪と理知的な瞳を持ち、冷静に状況を観察している宰相補佐ルーファス。
銀髪の青年で、魔法理論の若き権威である魔法学院首席セリウス。
穏やかな表情の裏に鋭い目を隠し持つ、高位聖職者ノア。
そして、部屋の奥のソファに、青白い顔をして横たわるルミナ・アルフェリア。
部屋には、針を落とせば聞こえるほどの張り詰めた緊張が満ちていた。
「……エリザベート」
レオンハルトが一歩前に出た。
「お前、ルミナに何をした。彼女はお前に呪いをかけられたと倒れたぞ」
「何もしていません」
私は平然と、淡々と答えた。
「また同じ答えか。いい加減に認めろ!」
「同じ質問には、同じ答えしか返せませんもの、殿下」
騎士団長カイルが、威嚇するように剣の柄を鳴らした。
「しらばっくれるな! 呪いをかけたと聞いたぞ!」
「聞いたのは、彼女の証言だけでしょう? 私が実際に呪いをかけたという証拠はありますか?」
「……っ」
私はカイルの怒声を無視し、部屋の隅で静観している宰相補佐ルーファスに視線を向けた。
た。
「ルーファス様。呪いをかけるには必ず『触媒』が必要です。髪の毛、爪、血液、あるいは本人が長く触れていた品物……。私がそれらを彼女から入手していた、あるいは所持していたという記録や証拠はありますか?」
ルーファスは少しだけ目を細め、興味深そうに私を見た。
「……事前の調査を行ったが、君の部屋からも持ち物からも、触媒になり得るものは一切発見されなかった。君が彼女に接触した記録もない」
「ありがとうございます」
私は次に、銀髪の魔法学院首席セリウスを見た。
「セリウス様。呪いは強力な魔法です。発動すれば必ず空間に魔力の痕跡を残しますし、術者と対象者の間に魔力パスが繋がります。私の魔力痕が、彼女から検出されましたか?」
セリウスは腕を組み、つまらなそうに首を振った。
「……検出されていない。お前の魔力波形は特有のものだが、ルミナの周囲にはその欠片すら残っていなかった」
「では、検出されるまで、私の有罪は確定しないということですね」
最後に、私は高位聖職者ノアを見た。
「ノア様。聖職者の浄化を受けても、彼女の症状は改善しましたか?そもそも、呪い特有の魂の汚染は見られましたか?」
ノアは静かにため息をついた。
「……改善していない。というより、呪いの痕跡そのものが検出されなかった。私の目から見て、彼女の魂に呪いはかけられていないと…」
私は小さく頷き、レオンハルトの方に向き直った。
「お聞きになりましたか、殿下。これが事実です」
沈黙が落ちた。
「つまり、彼女は呪いなどかけられていない。そもそも呪われてもいないのです」
「……待て」
レオンハルトが狼狽えながら口を開いた。
「では、ルミナが突然倒れて苦しみ出したのは何故だ! 彼女は確かに苦しんでいたんだぞ!」
「それは医師に診せるべきでしょう? 私は医者ではありませんから」
「診せた! だが、宮廷医は『身体的な異常はどこにもない』と言ったんだ!」
「では、精神的なものでは?」
私は淡々と言い放った。
「彼女は、入学当初から私を過剰に警戒していました。もちろん、私が何もしていないにもかかわらずです。『睨まれた』『冷たくされた』と訴え続けていた。それは周囲の生徒たちの証言からも明らかです」
「……」
「そして今回、『呪われた』と言い出した。だが、あらゆる専門家が調査しても呪いの痕跡はない。つまり——彼女の『エリザベートにいじめられている』という思い込みがここまで肥大化し、自らの精神を追い詰めて倒れたということではありませんか?」
ソファの上で、ルミナが弾かれたように目を見開いた。
「ち、違います……!」
彼女はふらつく体で身を起こした。顔は青白く、目は異常なほど充血している。
「私は確かに呪われています……! エリザベート様が、私を……!」
「ルミナさん」
私は静かに彼女を見た。
「私があなたに何をしたか、具体的に教えていただけますか?」
「あ……あの時、廊下で……」
「会釈をしましたね。それに何か問題が?」
「で、でも、あの目つきは……!」
「この目は生まれつきです。親からもらった顔を否定されるのは心外ですわ」
「庭園で、私に向かって冷たいことを……!」
「『あなたに興味がない』と正直に申し上げたことでしょうか?」
「それが……それが冷たいんです……!ひどいんです……!」
「では、どう申し上げれば良かったのでしょう」
私は一歩前へ進み、穏やかな、しかし決して逃げ場を与えない声で問いかけた。
「私があなたに興味を持ち、親しく接し、友人になれば——あなたは満足でしたか?」
「……」
「それとも。私が最初からあなたを憎み、嫌がらせをし、周囲を巻き込んでいじめれば——あなたは納得できましたか?」
ルミナの顔が、恐怖と混乱で歪んだ。
「何を……何を言っているんですか……」
「私は何もしなかった」
私は静かに、部屋にいる全員に聞こえるようにはっきりと告げた。
「だからあなたには、『被害者』になる理由がどこにもなかった。でもあなたは、なぜかはわかりませんが……どうしても『悲劇のヒロイン』になりたかった。だから——存在しない加害を、自分で作り出したのではありませんか?」
「ち、違います……!違う…違う!!!」
彼女はついに、取り繕うことも忘れて絶叫した。
「私は被害者です……! だって、あなたは悪役令嬢なんです……! 私をいじめて、殿下を奪おうとして、私を追い詰めて、最後は断罪されるのがあなたの役目なのに……!」
その瞬間——私は全てを理解した。
悪役令嬢。断罪。
彼女が、なぜこれほどまでにありもしない被害妄想に取り憑かれていたのかを。
【続く】




