【最終話】私たちの完璧な計算式
星降る夜。
ヴァルシュタイン公爵邸の最上階にあるバルコニーで、私たちは二人きりの穏やかな時間を過ごしていた。
眼下には、まるで地上の星のように美しく光り輝く領都の街並みが広がっている。
魔導街灯が隅々まで照らす安全な夜の街。活気に満ちた夜市。笑い合う人々の声。
それら全てが、私たちが一年かけて作り上げ、守り抜いてきた「完璧な領地」の証明だった。
「エリザベート、風が冷たくなってきましたね。そのままでは風邪を引いてしまいますよ」
背後から、温かいブランケットと共に、ルーファスが私をふわりと抱きしめた。
彼の大きな体温と、微かに香る上質な香水の匂いが、私を優しく包み込む。
「ありがとうございます、ルーファス様。……それにしても、不思議なものですわね」
私は彼の腕に寄りかかりながら、夜空を見上げて呟いた。
「ほんの一年と少し前…。私は王立学園で、王室からの婚約の打診を退け、自称・聖女候補から悪役令嬢として理不尽な断罪をされかけていました。あのまま流れに身を任せて巻き込まれていれば、私は今頃、国外追放されて惨めに生きていたか、あるいは狂乱して処刑されていたかもしれません」
「そんなこと、私が絶対に許しませんがね。……ですが、確かに不思議な運命です。あなたが彼らのくだらないお芝居を、貴方が壊してくれなければ、私はあなたという最高に美しく、冷酷な宝石に出会うことはできなかった」
ルーファスは私の髪にキスを落とし、私の手をそっと握りしめた。
彼の手は大きい。
かつては王家の暗部で数々の冷酷な仕事(裏仕事)をこなし、今も私のために見えないところで汚れ役を引き受けてくれている、力強い手だ。
私はその手を握り返し、彼を真っ直ぐに見つめた。
「ルーファス様。私は徹底した合理主義者です」
「ええ、知っています」
「物事には全て原因と結果があり、計算によって予測可能であるべきだと信じてきました。……ですが、あなたに対するこの感情だけは、どう計算しても答えが出ないのです」
私の言葉に、ルーファスは少しだけ驚いたように目を見開いた。
「あなたがそばにいないと、胸の奥がざわついて仕事の効率が落ちます。あなたが私に触れると、心拍数が異常な数値を叩き出し、論理的な思考ができなくなります。……これは、私の完璧な人生の設計図において、最大の『エラー』ですわ」
私が少し恨めしそうに言うと、ルーファスは一瞬きょとんとした後、夜空に響くほど心地よい声で笑い出した。
「ふふっ……はははっ! なるほど。この天才的な公爵令嬢殿下を、私が…おかしくさせてしまったというわけですね」
「笑い事ではありませんわ。ですが……」
私は背伸びをして、彼の首に腕を回した。
「このエラー(感情)だけは、絶対に修正したくありません。……私の人生に、あなたは完全に組み込まれました。もう、あなたなしの計算式など成立しませんわ」
それは私が、生涯で初めて口にした、完全に論理を度外視した「愛の告白」だった。
「……光栄です、私の美しい妻」
ルーファスは甘く、とろけるような微笑みを浮かべた。
出会った頃の冷徹な仮面はもうない。
そこにあるのは、ただ私を一人の女性として狂おしいほどに愛し、溺愛してくれる男の素顔だけだ。
「あなたの計算式の中で、私は永遠にあなたを愛し、守り抜きましょう。……愛しています、エリザベート」
重なり合う唇。
夜空に輝く星々と、私たちが作り上げた黄金の領地が、私たちの完璧なハッピーエンドを祝福してくれていた。
【完】【エピローグへ続く】




