第二十八話 最強の妻と、甘すぎる夫
私たちが、王家という名の巨大な不良債権を抱え込み、実質的にこの国を「合法的に買収」してから…約一年が経過した。
私たちのヴァルシュタイン公爵領は、控えめに言っても空前の黄金期を迎えていた。
王家が独占していた南部の魔石鉱山や物流の権益を完全に接収し、私が構築した効率的なシステムを導入したことで、生産性はかつての三倍に跳ね上がった。
さらに、王都から逃げ出してきた優秀な職人や学者たちを領地に破格の待遇で引き入れた結果、魔導技術の革新が次々と起こり、領民たちの生活水準は他国の王族すら嫉妬するレベルにまで向上している。
「エリザベート。先月の王都の税収報告ですが、あなたの予測通り、商業ギルドの再編効果で二十パーセントの黒字化を達成しました」
執務室で、ルーファスが美しい所作で書類を差し出してきた。
王室の負債を解消するため、私たちは王都の古い利権構造を徹底的に解体した。
無能な貴族たちから特権を取り上げ、能力主義に基づく新しい経済特区を設立したのだ。
もちろん、最初は反発もあったが、結果的に彼らの懐も潤ったことで、今では誰もが私の合理主義を絶賛している。
「素晴らしい成果ですわね。ですが、まだまだ無駄が多いですわ。旧王宮の維持費なんて、何の生産性もないただの金食い虫です。一部を改装して、魔導技術の研究所として民間に貸し出しましょう」
「ええ、すぐに手配します。……ところで、私の愛しい領主代行殿」
ルーファスは書類を机に置くと、不意に私の椅子の背後に回り込み、私の首筋にそっと顔を埋めた。
「ひゃっ……! る、ルーファス様… 急にどうなさいましたの?」
「どうもしていませんよ。ただ…最近、あなたが働きすぎているので、強制的に休憩を取らせようと思いまして」
彼は甘く低い声で囁きながら、私の腰に腕を回して引き寄せた。
王宮では冷酷な「氷の宰相補佐」として恐れられ、今やこの国の実質的な支配者となった男が、私の前ではただの過保護で甘えたがりの大型犬と化している。
「まだお昼前ですわ。それに、この決裁書類を——」
「書類は逃げません。ですが、私の妻との貴重なイチャイチャタイムは、今ここで確保しなければ逃げてしまいますよ?」
「なんて非論理的な言い訳ですの……きゃっ!?」
私が抗議しようとする間もなく、彼は私をひょいと抱き上げ、そのまま執務室の奥にある休憩用の大きなソファへと運んだ。
「る、ルーファス様!誰か入ってきたらどうしますの!」
「安心してください。念のため、廊下には強力な認識阻害の結界を張っています。誰も私たちの時間を邪魔することはできません」
彼は私をソファに降ろすと、その上に覆い被さるようにして私を見下ろした。
至近距離で見つめ合う彼の瞳には、出会った頃の冷徹さは微塵もなく、ただ私への底知れぬ愛情と執着だけが熱く渦巻いている。
「あなたは本当に、強くて、賢くて、美しい。……あの愚かな王家も、自称ヒロインも、あなたの足元にも及ばなかった。あなたはただ自分の論理を貫き、全てを手に入れたのですから」
「……買い被りすぎですわ。私はただ、自分の平穏な日常と、計算通りの完璧な領地を守りたかっただけ。そのために、邪魔なノイズを排除したに過ぎません」
「ええ、わかっています。そして、その『完璧な領地』の中に、私も組み込んでくれたことに、心から感謝していますよ」
ルーファスは私の額に、鼻筋に、そして唇に、羽のように優しく、けれど絶対に逃がさないという強い意志を込めたキスを落とした。
「んっ……ふぁ……っ、る、ルーファス、様……」
息が苦しくなり、私が彼の背中に腕を回すと、彼はさらに深く、甘く私の舌を絡め取った。
どれだけ完璧な経済の計算式を組み上げても、この男から与えられる規格外の愛情だけは、どうしても私の理性をショートさせてしまう。
「……愛しています、エリザベート。私の、最強で最高の妻…」
甘すぎる夫の囁きに、私は悪役令嬢としてのプライドも完全に溶かされ、ただ彼の温もりの中に身を委ねるのだった。
【続く】




