第二十六話 お父様、国を買ってきましたわ
王家を実質的に「合法的に買収」し、今後の王都再建の目処が立った頃。
王城の執務室で大量の書類を片付けていた私は、ふと顔を上げてルーファスに提案した。
「ルーファス様。少し落ち着きましたし、一度公爵領の本邸へ一緒に戻りませんか?」
「本邸へ、ですか?」
「ええ。国ごと買い取ったなんていう事後報告をいつまでも放置しておくわけにはいきません。……それに、結婚の報告もまだでしたから」
私がそう言うと、ルーファスは嬉しそうに目を細めた。
「なるほど。それは最優先事項ですね。すぐに出発の手配をしましょう」
そうして数日後。私たちは公爵領の本邸へと帰還した。
しかし、本邸の執事から聞かされたのは、予想外の言葉だった。
「それが……旦那様と奥様は、まだ『セカンドハネムーン』からお戻りになられておりません」
「……はい?」
私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
私が学園で王太子からの婚約の打診を完全に蹴り飛ばした直後、「これで面倒な王家の縛りが消えたな!」と大喜びで旅行に出かけていたとはいえ…それからかなりの月日が経っている。いくらなんでも長すぎる。
「まったく……どこまで足を伸ばしているのやら」
「ご不在のようで残念です、正式にご挨拶したかったのですが…」
ルーファスは一晩かけて選んだ手土産を持ちながら、少ししょんぼりとした顔をしていた。
「せっかく久々にお帰りになられたのですから、少しお茶の時間にするのはいかがでしょうか?そのうちに、わたくし共の方で旦那様には連絡を入れておきます」
「そうね。ルーファス、行きましょう」
半ば呆れながら、とりあえず用意されたテラス席で、執事が丁寧に淹れてくれた極上の紅茶を傾けていた、その時だった。
ズンッ……!
地響きのような凄まじい魔力と物理的な衝撃波が、公爵邸の庭園を揺らした。
「何事です…!?まさか…刺客か?エリザベート、私の近くに!」
ルーファスが光の速さのように早く動き、私の身体に覆いかぶさった、その時。
テラスから外を見ると、そこには巨大な黒竜の首(サイズ的に明らかに規格外の古竜)を引きずった、ある二人の人影があった。
「いやあ、セカンドハネムーンは最高だったね、エレノア!まさか国境付近でたまたま古竜がお目覚めになっていたとは驚いたが、いい準備運動になった!」
「ええ、本当に。でもあなた、剣の振りが少し大雑把になっていたわよ。おかげで私の殲滅魔法の照準を合わせるのに苦労したんだから…」
竜の返り血を浴びて豪快に笑う屈強な壮年男性と、絶世の美貌を血で汚しながらも優雅に笑うプラチナブロンドの貴婦人。
私の両親である、現ヴァルシュタイン公爵アルベルトと、公爵夫人エレノアであった。
突然の帰還と規格外のお土産を前に、周りの執事や従女たちは完全に状況が呑み込めず、あわあわと慌てふためいている。
専属侍女のマリアに至っては、半泣きになりながらも主人のためにお茶の準備をしようと震える手でティーカップを並べていた。
「……お帰りなさいませ、お父様、お母様」
私がテラスから声をかけると、二人はパッと顔を輝かせてこちらへ飛躍してきた。
「おお、エリザベート! 留守にしてすまなかったね。いやはや、君が王室からの婚約を突っぱねて完全に自由になったと聞いて、安心して旅行に出たのだが…ご覧の通り、物理的に問題が発生していてね。王室の軟弱な騎士団では国が滅びるから、私たち夫婦でサクッと駆除してきたところだ」
そう、私の両親は「武力・魔法力」において大陸最強のバケモノである。父は一騎当千の剣士、母は伝説の大魔導士。
しかし、彼らは政治や経済、法律といった「小難しいこと」が絶望的に苦手な脳筋でもあった。
王家が序盤、我が公爵家に強気に出て理不尽な税を課せたのも、「あの夫婦は武力は怖いが、法律や権威で縛れば合法的な反撃の仕方がわからないはずだ」と完全に舐めきっていたからだ。
まさか、娘である私が「経済と論理」という全く別のベクトルで大陸最強のバケモノに育っているとは……王家の誰も夢にも思っていなかったのだろう。
「お二人ともご無事で何よりですわ。……お父様たちこそ、留守中に何か変わったことはありませんでしたか?」
「私たちかい? もちろん何もないよ。さて、エリザベートの方はどうだい?王家から面倒なちょっかいはかけられなかったかい?」
父が私の向かいに座り、マリアが震える手で淹れた新しい紅茶をズズッとすする。
私は手元の書類を揃え、ごく日常の業務報告をするような口調で告げた。
「ええ、少し王家が面倒でしたので、国ごと買い取っておきましたわ」
「ブフォッ!!?」
父が盛大に紅茶を噴き出し、母が目を丸くして固まった。
「……か、買った?国を?」
「ええ。王家の資産と権益を全て担保に取らせていただきました。現在、この国は実質的にヴァルシュタイン公爵家の私有財産です」
両親は唖然として顔を見合わせた。
私たちが命がけで古竜から守ってきた国を、娘が留守番中に買い取っていた。その事実は、武力最強の彼らの理解の範疇を完全に超えていたらしい。
「す、すごいじゃないか……!さすが私の娘だ!私なら王城を物理的に叩き斬ることしかできなかったが、合法的に乗っ取るとは!」
「ええ、本当に! ……でも、それよりもお母様は、あなたのお隣にいる素敵な殿方の方が気になるわ」
母の紫色の瞳が、私の隣で静かに微笑むルーファスに向けられた。
「初めまして、公爵閣下、夫人。ご挨拶が遅くなってしまったこと、深くお詫び申し上げます。エリザベートの夫となりました、ルーファスと申します。元・宰相補佐と言った方がわかりやすいでしょうか」
「なんと、あの『氷の宰相補佐』殿が……!うちの娘と結婚してくれたのか!」
ルーファスが優雅に一礼すると、両親は国を買ったことなど完全に忘れ、彼の存在に食いついた。
「エリザベートは昔から数字と論理ばかりで、政略結婚の王太子なんかより、本当の恋をしてほしかったのよ!ねえルーファス殿、うちの娘を本当に愛してくれているの?」
「…ええ。国などどうでもいいほどに、彼女を心から溺愛しております。私の命に代えても守り抜く所存です」
ルーファスの淀みない、甘く重い宣言を聞いた瞬間。
大魔導士である母はボロボロと涙を流し、大陸最強の父は天を仰いで男泣きし始めた。
「おおおっ……! よかった、本当によかったなエリザベート! こんなに愛してくれる旦那様を見つけるなんて……国を買うよりすごい偉業だぞ!」
「ええ、お母様も安心したわ……! 今日は古竜の肉で盛大な結婚祝いよ!!」
国の所有権がどうこうという歴史的偉業よりも、娘が愛されているという事実に歓喜する最強の両親。
そのあまりにも規格外で温かい家族の姿に、ルーファスは少し照れながら笑い、私もその珍しい光景につられて小さく笑い声をこぼしてしまったのだった。
【続く】




