第二十四話 王家の無条件降伏
王太子の失脚から数日後。
ヴァルシュタイン公爵領の広大な応接室に、かつてないほど重苦しい空気が漂っていた。
「……此度の不始末、すべては余の不徳の致すところだ。どうか、王都の民に免じて物流の再開をお願いしたい」
上座に座る私とルーファスの前で、この国の最高権力者である国王陛下が、深く、深く頭を下げていた。
本来であれば、一介の公爵令嬢である私が国王を上座から見下ろすなど、不敬罪で即刻処刑されてもおかしくない。
だが、今の王家にはそんな権威を振りかざすだけの「力」が完全に枯渇していた。
「顔をお上げください、陛下」
私は冷たい紅茶を一口飲み、感情の籠もらない声で言った。
「私たちヴァルシュタイン公爵家は、決して王家に悪意を持って物流を止めたわけではありません。ただ、王太子殿下が『取引を禁ずる』と仰ったので、それに従ったまでですわ。法を遵守する善良な貴族として、当然の対応かと存じますが?」
「わかっている……。レオンハルトの愚行は、万死に値する。あやつには既に王位継承権の剥奪と、永久幽閉を命じた。その他の側近たちにも、相応の重罰を下す所存だ」
国王は苦渋に満ちた表情で、言葉を絞り出した。
「だから頼む。このままでは国が滅びる。どうか、再び王都へ魔石と食糧を卸してはくれないだろうか。……王家として、できる限りの対価は支払うつもりだ」
その言葉を聞いて、私は隣に座るルーファスと静かに視線を交わした。
ルーファスは私に向かって小さく頷き、氷のような冷徹な微笑みを浮かべた。
「対価、ですか」
私が扇を開き、口元を隠して笑うと、国王の肩がビクッと跳ねた。
「陛下。大変申し上げにくいのですが……現在の王室の国庫には、我が領地の物資を適正価格で買い取るだけの『現金』が残っていないはずです。違いますか?」
「……っ」
国王は唇を噛み締め、俯いた。
当然だ。
ルーファスが王室の財務データを完全に把握しているのだから、彼らが今どれほど致命的な財政難に陥っているかなど、私たちは一セント単位で正確に計算済みである。
「現金がない者に、商品を売ることはできません。それは経済の基本ですわ」
「そ、そこを曲げて……!」
「ですが」
私は国王の悲痛な叫びを遮り、扇をパチンと閉じた。
「私たちは、この国を愛しております。王家の窮地を見捨てるような、冷酷な真似はいたしませんわ」
「! おお、では……!」
「ええ。現金がないのであれば、『現物』でお支払いいただければ結構です」
私はルーファスに目配せをし、彼が用意していた分厚い「契約書」を国王の前に滑らせた。
「これは……?」
「我がヴァルシュタイン公爵家が、王室に対して行う『特別救済融資』の契約書ですわ」
私は満面の笑みを浮かべ、極上の毒を吐き出した。
「当面の物資と資金は、全て我が公爵家が無償で提供いたします。その代わり——王室が保有する南部の魔石鉱山の採掘権、王都の主要インフラの管理権、および王室直轄領の三分の一を、我が公爵家への『担保』として譲渡していただきます」
「なっ……!? そ、そんな条件を飲めば、王家は実質的にヴァルシュタイン家の傀儡に……!」
「嫌でしたら、どうぞお帰りください。明日には王都で暴動が起き、王城は焼け落ちるでしょうけれども…」
私の冷酷な宣告に、国王はガクガクと震えながら契約書を見つめた。
選ぶ権利など、最初から彼らにはないのだ。
餓死するか、首輪をつけられるか。その二択しか残されていない。
「……わかった。サイン、しよう……」
国王は震える手で羽ペンを握り、ゆっくりと契約書に己のサインを書き込んだ。
その瞬間、この国の実質的な支配権は、王家から私たちヴァルシュタイン公爵家へと完全に移行したのだ。
「ご英断に感謝いたします、陛下」
私は悪役令嬢として、この上なく美しく、そして底知れぬほど恐ろしい微笑みを浮かべた。
【続く】




