第二十二話 自給自足の要塞
抜けるような青空の下、私たちは公爵領の広大な農園を見下ろす丘の上で、優雅なティータイムを楽しんでいた。
「素晴らしい景色ですね。魔力肥料の改良版を導入したことで、小麦の収穫量は昨年の百二十パーセント増といったところでしょうか」
ルーファスは美しい手つきでティーカップを置き、眼下に広がる黄金色の麦畑を見つめた。
「ええ。それに加えて、先日開通した東部の運河のおかげで、収穫した作物を新鮮なまま隣国へ輸出できるようになりました。王都への陸路が封鎖されたことなど、もはや誤差の範囲ですわ」
私はふんわりと焼き上がったスコーンにクロテッドクリームをたっぷりと塗りながら、満足げに頷いた。
王家による「ヴァルシュタイン領への経済封鎖」が始まってから一ヶ月。
王太子レオンハルトは、私たちが音を上げて泣きついてくるのを今か今かと待ち構えているらしいが、完全に当てが外れている。
我が公爵領は、領地内で消費するエネルギーも食糧も全て自給自足できる完璧なエコシステムを確立している。
さらに、輸出先を他国へと完全に切り替えたため、経済的なダメージは文字通りゼロだった。
「それにしても……」
私はスコーンをかじりながら、隣に座るルーファスを横目で見た。
「視察という名目とはいえ、平日の昼間からこんなにのんびりしていて良いのでしょうか? まるでスローライフを満喫しているような気分ですわ」
「良いのですよ。効率化と自動化のシステムを作り上げたのは私たちなのですから、その恩恵を一番に享受する権利があります」
ルーファスは甘い微笑みを浮かべ、私の口元に付いたクリームを指先でそっと拭い取った。
そして、その指を自分の口元へ運び、ペロリと舐める。
「る、ルーファス様……っ! ここは外ですから…!」
「誰も見ていませんよ。それに、私はずっとこうして、あなたとゆっくり過ごす時間が欲しかったのですから」
彼は私の抗議を意に介さず、私の肩に頭を預けてきた。
王宮では冷酷な裏ボスとして恐れられていた男が、今やただの過保護で甘えたがりの大型犬のようになっている。
……本当に、どうしてこうなったのだろうか。
「エリザベート」
ルーファスが、少しだけ真剣な声色になって私の名前を呼んだ。
「王都の封鎖は、私たちにとっては痛くも痒くもありませんが……王都の市民にとってはそうはいきません。あと数週間もすれば、市場から食糧と魔石が完全に消え、暴動が起きるでしょう」
「ええ、わかっていますわ」
私は甘い空気を引き締め、冷徹な領主代行の顔に戻った。
「市民には同情しますが、これは王太子と、それを支持した王家の責任です。彼らが自らの愚かさを自覚し、完全に白旗を上げるまで、私たちは一切の手出しをしません」
「その通りです。そして彼らが崩壊の淵に立たされた時こそ……私たちの『契約』の最終段階ですね」
「王室資産の、合法的な差し押さえ…」
私とルーファスは顔を見合わせ、全く同じタイミングで不敵に笑い合った。
王家という巨大な権力機関を、武力ではなく経済という目に見えない鎖で縛り上げ、完全に私たちの支配下に置く。
それは、どんなお伽噺の魔法よりも確実で、残酷な現実の力だ。
「あなたという人は……本当に、どこまでも私の心を捉えて離さない」
ルーファスは熱を帯びた瞳で私を見つめ、そのまま私の唇を深く塞いだ。
青空の下、黄金色の麦畑を吹き抜ける風の中。
私たちは、間もなく訪れる王家の崩壊を祝いながら、甘く長い口付けを交わした。
【続く】




