第二十一話 不発の経済封鎖
王宮での公開論戦から一週間後。
予想通りというべきか、恥をかかされた王太子レオンハルトの派閥は、最も愚かで短絡的な報復手段に打って出た。
「エリザベート様。王都へと繋がる主要街道および関所が、王室近衛兵によって完全に封鎖されました。『ヴァルシュタイン公爵領からの物資は不当に価格が操作されているため、是正されるまで一切の取引を禁ずる』とのことです」
執務室で報告を行うマリアの声は、どこか呆れを含んでいた。
私は手元の書類から目を離さず、羽ペンを走らせたまま答えた。
「想定通りの悪手ね。議論で勝てないから実力行使に出る。まるで癇癪を起こした子供のようね。……で、我が領地の物流への影響は?」
「実質的なダメージは『ゼロ』です。以前から進めていた東部の新運河と、隣国へ繋がる海路の整備が完了しておりますので、輸出用商品の大半はすでにそちらのルートへ切り替えております」
「よろしい。引き続き、関所での小競り合いは避け、王室近衛兵には冷たいお茶と茶菓子でも差し入れてきてあげなさいな」
私が指示を出すと、マリアは「かしこまりました」と一礼して退出していった。
「経済封鎖、ですか」
向かいのデスクで報告を聞いていたルーファスが、くすりと笑い声を漏らした。
「自国の最大級の生産拠点を自ら切り捨てるなど、正気の沙汰ではありませんね。我が領地からの安価で高品質な魔石と食糧が市場から消えれば、王都の物価がどうなるか……彼らには計算する知能すら残っていないらしい」
「ええ。赤き蛇のギルドが壊滅した今、王都の物流を支えていたのは実質的に私たちヴァルシュタインの商人でしたからね。自らライフラインを絶つとは、見上げた度胸ですわ」
私はふっと冷たい笑みを浮かべた。
経済封鎖というのは、封鎖する側が圧倒的な資源や生産力を持っていて初めて成り立つものだ。
消費するだけの王都が、最大の生産地である公爵領を封鎖するなど、ただの「兵糧攻め(自爆)」でしかない。
「新税の導入も保留されたままですし、彼らが自ら取引を停止してくれたおかげで、私たちとしては王室に気兼ねなく他国との高利益な取引に専念できます。……本当に、感謝状でも贈りたい気分ですわ」
「同感です。おかげで、私の仕事もずいぶんと減りました」
ルーファスは立ち上がると、私のデスクの隣まで歩み寄り、私の手から羽ペンをそっと抜き取った。
「ルーファス様?」
「今日はもう、これくらいにしておきましょう。王家の愚行のおかげで予定より三日も早く今月の業務が終わってしまったのですから、少しは私に付き合っていただけませんか?」
彼は甘く囁きながら、私の腰に腕を回して引き寄せた。
「…付き合う、とは?」
「領地視察という名目の、デートですよ。あなたが作り上げたこの完璧な領地が、どれほど美しく機能しているか、二人でのんびりと見て回りましょう」
彼の情熱的な瞳に見つめられ、私は小さくため息をつきながらも、決して嫌ではない胸の高鳴りを感じていた。
「……仕方ありませんね。優秀な宰相補佐殿の労をねぎらうのも、領主代行の立派な仕事ですから」
王都が自滅へのカウントダウンを始める中、私たちの領地はこれまでにないほどの黄金期を迎えようとしていた。
【続く】




