第二十話 公開処刑の経済論戦
「さて、どこから手をつけて差し上げましょうか」
私はルーファスが用意した分厚い資料の束から、一枚の羊皮紙を引き抜いた。
「まずは、騎士カイル。あなたは『騎士団の武具整備に公爵領の鉄鋼が不可欠だから、値上げは王国防衛の危機だ』と仰いましたね?」
「ああ! 当然だ。お前たちの強欲のせいで、正義の剣が錆びつこうとしているのだぞ!」
「なるほど。では、こちらのデータをご覧ください」
私は資料を掲げた。
「我が公爵領から騎士団へ納入された鉄鋼の総量と、実際に武具として配備された数の『差分』です。過去三年間の記録によれば、納入された鉄鋼の約三割が『使途不明』として帳簿から消えています。そして偶然にも、王都の闇市場には公爵領産の高品質な鉄鋼が定期的に横流しされている。……これは一体、どこの誰の『強欲』によるものでしょうか?」
「な、なんだと……!? そ、それは……」
「騎士団内部の不正な横流しすら管理できない無能な組織に、安値で資源を提供し続ける義理はありませんわ。まずはご自身の身内を粛清してから文句を言いなさいな」
カイルが顔を真っ青にして黙り込むと、私は間髪入れずに次の資料を引き抜いた。
「次は、魔法学院首席のセリウス。あなたは『魔石の値上げは学問の発展を遅らせる人類の損失だ』と仰いましたね」
「そ、その通りだよ! 僕たちの研究は、未来の魔法技術のために——」
「その研究とやらが、過去十年間に生み出した『経済的利益』はいくらですか?」
「け、経済的利益? 学問を金で測るなんて……!」
「測りますわよ、当然でしょう。こちらは慈善事業で魔石を掘っているわけではないのですから。……調べさせていただきましたが、あなたがたの『研究』とやらの大半は、実用性のない見栄えだけの魔法花火や、一部の貴族の娯楽用魔導具の開発ばかり。我が領地が導入している『農業用魔力トラクター』のような実益のある研究は一つもありませんでした」
私はセリウスを冷たく見据えた。
「人類の損失? いいえ、あなた方の無駄な研究に貴重な魔石を浪費させることこそが、王国の損失です。高くて買えないというなら、自力で魔石を掘るか、スポンサーが納得する利益を出せる研究をなさい」
セリウスは言葉に詰まり、ワナワナと震えながら座り込んだ。
「さて、次は聖職者のノアですね。『富の独占は神の教えに反するから無償で提供しろ』と」
「ええ、エリザベート様。どうか神の愛を——」
「では、教会が保有する免税特権を利用して溜め込んでいる莫大な隠し資産や、信者から巻き上げた寄付金で作られた黄金の神像を全て売却し、あなたがたが率先して『無償で提供』してみてはいかがですか? 神の愛を示す絶好の機会ですわよ?」
「……っ!!」
ノアの仮面のような笑顔が引きつり、額から汗が流れ落ちた。痛いところを突かれたのだろう。
「お前たち……! もうよい、黙れ!」
三人が次々と論破され、ついに王太子レオンハルトが激怒して叫んだ。
「エリザベート、これ以上無駄な屁理屈を並べるな! 王家が国を統べるために税を徴収するのは当然の権利だ、ノブレス・オブリージュの精神を持てと言っているのだ!」
「ですから、王家の言い分通り税は払うと言っているではありませんか」
私はレオンハルトに向かって、心底哀れむような笑みを向けた。
「あなた方には、経済の基本すら理解できないようですね。私たちが支払う莫大な税を、あなた方が王都の市場で使えば、結局は私たちの商品を買うことになり、お金は公爵領に戻ってきます。そして王都の物価は上がり、あなた方の実質的な購買力は低下する…」
私は扇を開き、パチンと鳴らした。
「要するに、あなた方が私たちに税をかければかけるほど、我が公爵領は豊かになり、王室の財政は首を絞められる構造になっているのです。……こんな簡単な計算式も理解できずに、ノブレス・オブリージュなどと寝言を口にしないでいただけますか?」
議事堂は完全に静まり返っていた。
王太子の派閥の貴族たちですら、私が提示した完璧な論理と絶望的な経済予測の前に、顔面を蒼白にしている。
「……王太子殿下」
私の横で、ルーファスが静かに口を開いた。
「これ以上の見苦しい言いがかりは、王家の権威をさらに失墜させるだけかと存じますが。……それとも、まだ何か反論がおありで?」
ルーファスから放たれる氷のような威圧感に、レオンハルトは歯を食いしばり、悔しげに拳を震わせることしかできなかった。
公開処刑の経済論戦は、私たちの完全勝利で幕を閉じた。
だが、追い詰められた鼠は時に無謀な行動に出るものだ。
この数日後、王太子は己のプライドを守るため、王国全土を巻き込む最悪の「悪手」を打つことになる。
【続く】




