第十八話 最強夫婦、王都へ
家の勅令と、それに対する我が公爵領の「価格倍増」という苛烈な報復から数日後。
私たちは、王宮で開催される緊急の御前会議に呼び出されていた。
当然だ。王都の物流の大部分を握るヴァルシュタイン公爵領が突如として物価を跳ね上げたことで、王都の市場はすでにパニックの様相を呈しているのだから。
「久しぶりの王都ですが……なんだか以前より空気が淀んでいる気がしますね」
馬車から降り立ったルーファスが、エスコートのために私へ手を差し出しながら言った。
「ええ。私たちが最新の魔導浄化システムを導入した領地と比べれば、インフラの整備を怠っている王都は衛生面でも大きく劣りますわ」
私は彼の手を取り、馬車を降りた。
私たちが王宮の正門前に姿を現した瞬間、周囲にいた貴族や衛兵たちの視線が一斉にこちらへ集まった。
誰もが、息を呑んで私たちを見つめている。
それもそのはずだ。今日私たちが身につけているのは、公爵領の最新技術と莫大な富の結晶とも言える、最高級の特注礼装なのだから。
私のドレスは、希少な『星織りの絹』に極小の防護魔法陣を金糸で刺繍したもので、動くたびに光の粒子が零れ落ちるように輝く。
ルーファスもまた、宰相補佐としての威厳と、軍のトップレベルの身体能力を際立たせる、漆黒に銀の装飾が施された特注の軍服風フロックコートを纏っていた。
「さあ、行きましょうか、私の愛しい妻よ」
ルーファスは周囲の視線など全く気にする素振りも見せず、私の腰にそっと手を回して引き寄せた。
「る、ルーファス様。ここは王宮の入り口ですわ。あまりべたべたとするのは……」
「いけませんか? 私はただ、自分の美しい妻を誰にも奪われないようエスコートしているだけですよ」
彼は極上の笑みを浮かべ、私の髪に軽く口付けを落とした。
王都の社交界において、ルーファスは長年「冷酷で血も涙もない氷の宰相補佐」として恐れられてきた。
その彼が、公衆の面前で妻をここまで甘く、独占欲も露わに溺愛する姿など、誰一人として想像すらしていなかったのだろう。
「……計算通りとはいえ、少しやりすぎではありませんこと?」
私は彼の腕の中で、周囲に聞こえないように小声で囁いた。
「いいえ。王太子の派閥は、私たちが新税の圧力に屈して萎縮していると思い込んでいるはずです。だからこそ、ここで『我々は全く痛痒を感じていないどころか、最高に幸せで余裕がある』と見せつけることが、最高の心理的牽制になるのです」
「相変わらず、性格が悪いこと…」
「あなたにだけは言われたくありませんね」
私たちは互いに不敵な笑みを交わし、そのまま堂々たる足取りで王宮の大廊下を進んでいった。
すれ違う貴族たちは、私たちが放つ圧倒的な「富」と「権力」、そして「揺るぎない愛」のオーラに圧倒され、まるで海が割れるかのように道を空けていく。
かつて、学園で「悪役令嬢」として孤立し、王太子の婚約申し出を蹴り、自称聖女の馬鹿げた糾弾を論理で粉砕した私を嘲笑っていた者たちは、今や私の顔を直視することすらできず、壁際に張り付いて震えている。
「エリザベート・フォン・ヴァルシュタイン……ッ!」
大広間の手前で、怒りに満ちた声が響いた。
振り返ると、そこには顔を真っ赤に怒らせた王太子レオンハルトと、その側近である騎士カイルの姿があった。
「ごきげんよう、レオンハルト殿下。随分とお血色がよろしいようで。新税の導入で、王室の財政はさぞ潤ったことでしょうね?」
私が優雅にカーテシーをして嫌味を言うと、レオンハルトはギリッと奥歯を鳴らした。
「貴様……! 国を揺るがす暴挙に出ておきながら、その余裕ぶった態度は何だ! 今日の会議で、貴様のその傲慢な鼻を完全にへし折ってくれる!」
「それは楽しみですわ。我が公爵領の『正当な価格設定』のどこが暴挙なのか、ぜひ論理的にご説明いただけるのでしょう?」
私が冷笑すると、レオンハルトの後ろでカイルが剣の柄に手をかけた。
しかし、その瞬間。
「——殿下。私の妻に対して、ずいぶんと口の利き方が荒いようですが…」
ルーファスが一歩前に出て、絶対零度の冷気を纏った瞳でレオンハルトたちを見下ろした。
ただそれだけで、レオンハルトとカイルの顔色が一瞬にして蒼白になり、彼らは後ずさりを余儀なくされた。
「王宮のルールすら忘れたポンコツエリートの方々には、会議の場で現実というものをたっぷりと教えて差し上げましょう。……行きましょうか、エリザベート」
ルーファスは再び私を優しくエスコートし、会議室の重厚な扉を開け放った。
【続く】




