第十七話 合法的な乗っ取り計画
「特別連帯税、五十パーセント。……実に愚かですね。彼らは、税をかければ無条件でお金が湧いてくる魔法だとでも思っているのでしょうか」
ルーファスは私の淹れた紅茶を一口飲み、王家からの勅令書をまるで出来の悪い落書きを見るような目で見下ろした。
「ええ。ですが、彼らはこれが名案だと思っているのでしょう。我が公爵領が従えば王家の国庫が潤い、反発して物流を止めれば『国への反逆』として軍を動かす大義名分が立つ。……浅知恵ですが、権力を持っている側が使うと厄介な手ですわ」
私はデスクの上に、領地の主要輸出品目のリストと、王都の現在の市場価格の推移グラフを広げた。
「さて、ルーファス様。我が領地としては、この勅令を『喜んでお受けする』つもりですが、よろしいですね?」
「ええ、もちろん。国王陛下の決定に逆らうなど、忠義に厚いヴァルシュタイン公爵家にはできない相談ですから」
ルーファスは悪戯っぽく微笑んだ。
その笑顔は、いつも私に向ける笑顔とは全く違った、極上の「悪人」の顔だった。
「ですがエリザベート。五十パーセントもの税をそのまま払っては、領地の事業計画に遅れが生じます。どうやって穴埋めをするおつもりで?」
「簡単なことですわ」
私は手元の羽ペンを回し、グラフの一点を指した。
「王都へ輸出している魔石、鉄鋼、そして食糧の『卸売価格』を、本日から一律で百パーセント引き上げます」
「……なるほど」
ルーファスは低く笑い声を漏らした。
「我が領地は現在、王都の魔石エネルギーの六割、食糧の三割を依存される最大の供給元です。私たちが価格を二倍に引き上げれば、王都の物価は瞬く間に跳ね上がる。……つまり、王家が課した『五十パーセントの税』は、結局のところ王都の市民や貴族たちが、倍の物価高という形で自ら支払うことになるわけですね」
「その通りですわ。私たちはただ、税金の分を商品の価格に上乗せしただけ。あくまで『健全な経済活動』の一環ですから」
私は涼しい顔で紅茶のカップを傾けた。
「もちろん、急激な物価高騰は王都の経済を大混乱に陥れるでしょう。下手をすれば、数ヶ月で王家の国庫は完全に底を突く。そこで、私たちの出番というわけです」
「彼らが破産寸前になったところで、我がヴァルシュタイン公爵家が『慈悲深く』資金を融資して差し上げる、と?」
「ええ。ただし…担保として王室が保有する直轄領の採掘権や、王宮の美術品、さらには王族の特権の一部を頂きますけれど」
それは、ただの反逆よりもはるかに恐ろしい「国家の合法的な乗っ取り」だった。
血を一滴も流さず、剣を一度も交えることなく、経済と契約書の力だけで王家の首根っこを完全に押さえつける計算式。
「……あなたは本当に、恐ろしい女性だ」
ルーファスは立ち上がり、私の背後に回ると、私の首筋にそっと顔を寄せた。
「私のような男には、これ以上ないほど魅力的で……完璧な妻ですよ」
彼の唇が、私の耳朶に軽く触れる。
その甘く低い声と、首筋に触れる熱い吐息に、私は思わず肩をビクンと震わせてしまった。
「ル、ルーファス様。今は真面目な作戦会議中ですわ…。それに、まだ問題は残っています」
私は動揺を隠すように、早口で話を続けた。
「価格を一気に引き上げれば、当然王家は直接抗議してくるはずです。それを正面から撥ね除け、私たちの『正当性』を王宮の貴族たちに見せつける必要があります」
「ええ、わかっています。王太子の派閥は、ここぞとばかりにあなたを『強欲な悪役令嬢』として再び糾弾する場を設けるでしょう」
ルーファスは私の肩に手を置き、ふっと冷たい光を宿した瞳で窓の外を見つめた。
「エリザベート。数日後、私と共に王都へ向かいましょう。……彼らに、真の『権力』と『格の違い』というものを、骨の髄まで教えてやる必要がありますから」
【続く】




