第十六話 王家の焦りと理不尽な新税
ルーファスとの関係が「ただの契約」から「本当の夫婦」へと変わってから、私たちの毎日はさらに充実したものになっていた。
愛を自覚したことで、互いへの信頼はより強固になり、それは領地経営というビジネスの場においても最高のシナジーを生み出していた。
「エリザベート、来期の農業予算案ですが、あの新種の魔力肥料の導入枠をさらに拡大しましょう。南部の農地での試験運用データを見たところ、収穫量が従来の百五十パーセントに達しています。初期投資のコストは、わずか半期で回収できる計算です」
「賛成ですわ。それに合わせて、東部の貯水池の拡張工事も前倒しで進めましょう。水利権はすでに確保していますから、労働力の再配分さえ行えば、来月の乾季に間に合いますわね」
執務室でのやり取りは相変わらずテンポが良く、一切の無駄がない。
ただ以前と違うのは、書類の受け渡しの際に彼の手が私の指先に長く触れたり、計算が合うたびに彼が甘い口付けを落としてきたりすることくらいだ。
最初は照れくさかった私も、彼の過剰なまでの過保護な愛情表現にすっかり慣れ(あるいは毒されたのかもしれないけれど)、今ではそれが心地よいとさえ感じていた。
冷徹な宰相補佐と、無感情な悪役令嬢。
はたから見れば恐ろしいほどの合理主義者同士の組み合わせだが、二人きりの空間だけは、信じられないほど甘く穏やかな空気に満ちていた。
私たちの領地は、かつてないほどの繁栄を謳歌している。
何もかもが、完璧な計算式通りに進んでいた。
しかし、私が領地を豊かにすればするほど、面白くないと思う者たちがいるのも事実だ。
特に、王都でぬるま湯に浸かっている特権階級の人間たちにとっては。
「エリザベート様。王宮より、緊急の急使が到着いたしました」
ある日の午後。
執務室にやってきたマリアが、一通の仰々しい封書を差し出した。
その顔には明らかな不快感と警戒の色が浮かんでいる。
蝋封には、王家の紋章がしっかりと刻まれていた。
王太子レオンハルトの派閥が牛耳る、現在の王宮中枢からの直接の親書の印だ。
「……嫌な予感しかしないわね。マリア、急使にはお茶を出して待たせておきなさい」
私はペーパーナイフで封を切り、中の羊皮紙に目を通した。
そして、その内容を三行読んだところで、私は思わず深い、深いため息をついた。
「どうしました、エリザベート。ずいぶんと不機嫌そうな顔ですが」
向かいのデスクで王宮向けの書類を作成していたルーファスが、顔を上げて尋ねてきた。
「王家からの勅令ですわ。名目は『王国全土の均等な発展を促進するための特別連帯税』。……要するに、我がヴァルシュタイン公爵領の収益に対して、一律五十パーセントの追加税を課すという内容です」
「五十パーセント?」
ルーファスはピクリと眉を動かした。
「ええ。勅令書にはこう書かれています。『ヴァルシュタイン公爵領が物流と魔石市場を不当に独占し、他領の経済成長を著しく阻害している。これは王国の均衡を崩す利己的な行為であり、その不当な利益を王家が徴収し、貧しい他領へと再分配する義務がある』と」
私は羊皮紙を机に放り投げた。
「全く、非論理的にもほどがありますわ。私たちが市場を独占しているのは、他領の貴族たちが夜会で遊んでサボっている間に、効率化と設備投資を徹底した結果に過ぎないというのに。それを『ズルをしている』と解釈し、利益の半分を合法的に強奪しようなどと……王室の財政は、ついに強盗に等しい真似をしなければ回らないところまで逼迫しているようですね」
あの断罪イベントで王太子を袖にしてからというもの、王家からの嫌がらせは細々と続いていた。
だけれど、ここまでのあからさまな経済弾圧に打って出るとは。
おそらく、南部を牛耳っていた「赤き蛇のギルド」を私たちが完全に解体し、南部の物流から魔石の流通網まで完全に掌握したことが、彼らの焦りを限界まで引き上げたのだろう。
「この税率をそのまま呑めば、我が領地の今期の純利益は完全に吹き飛びます。新種の魔力肥料の導入も、貯水池の拡張工事も、インフラ投資の計画は全て白紙に戻さなければならないわ。それどころか、領民への還元も大幅に削る必要があります」
私が冷たい声で分析すると、ルーファスは立ち上がり、ゆっくりと私の机の前にやってきた。
「それで、どうするつもりですか? 拒否すれば、王命への反逆として彼らに武力行使の口実を与えることになりますよ」
彼は私の髪を一房すくい上げ、楽しそうに目を細めている。
その表情を見れば、彼がこの程度の嫌がらせを本気で心配していないことなど、手に取るようにわかった。
むしろ、彼の手にかかれば、この程度の勅令など王太子の寝首を掻いてでも物理的に握り潰すことができるだろう。
(力業で潰すのは簡単だけれど、それでは後味が悪いですし…。彼らを根本的に反省させることはできない…それなら)
私は彼を見上げ、不敵な笑みを返した。
「ええ…拒否などしませんわ。私は法を遵守する善良な貴族ですから。王命には、喜んで従いましょう」
「ほう……?」
「ですが、税を払うからには、その分の『しわ寄せ』がどこかにいくのは当然の経済原理です。……彼らに、その基礎を徹底的に叩き込んで差し上げましょう。自分たちがどれほど無知で愚かな決定を下したのか、骨の髄まで後悔させてやりますわ」
【続く】




