第十四話 心地よい居場所
「……ゴホッ、申し訳ありません、エリザベート。少し、横になります」
ある日の午後、執務室でいつものように王宮との立体通信会議を行っていたルーファスが、突然通信を切り、デスクに突っ伏した。
「ルーファス様!?」
私が駆け寄ると、彼の顔は青白く、額にはびっしりと汗が浮かんでいた。触れた肌は異常に熱い。
「熱がある… マリア、すぐに医師を呼んで!それから氷水とタオルも!」
私は彼を支えながら、寝室へと急いだ。
屈強なはずの彼が、自力で歩くのもしんどそうにしている。
無理もない。
彼は毎日、立体通信と転送魔法を駆使して王国の膨大な内政処理を一人でこなしながら、同時にこのヴァルシュタイン公爵領の経営にもフルコミットしていた。
おまけに、先日の魔物討伐のような強引な大魔法の行使まで。
いくら彼が規格外の能力を持っているとはいえ、人間の体が耐えられる許容量をはるかに超えていたのだ。
「……私の失態です。あなたに、心配をかけるなど」
ベッドに横たわったルーファスは、荒い息を吐きながら苦笑した。
「喋らないでください。あなたは効率を重んじるはずでしょう? ならば今は、最速で回復するために無駄なエネルギーの消費を抑えるべきです」
私は医師の診察を終えた後、彼の額に冷たいタオルを乗せた。
彼が眠りにつくまで、私はベッドの傍らの椅子に座り、未処理の書類に目を通すことにした。
看病をマリアたちに任せて執務室に戻ることもできたが……なぜか、彼を一人にして部屋を出る気にはなれなかったのだ。
「……ん」
数時間後。
窓の外が夕暮れに染まる頃、ルーファスが微かに目を覚ました。
「目が覚めましたか?冷たいお水を用意しますね」
私が書類から顔を上げて声をかけると、彼は焦点の合わない目で私を見つめ、やがてゆっくりと手を伸ばしてきた。
「エリザベート……」
彼の手が、私の手首を掴む。
そして、そのまま強い力で引っ張られた私はバランスを崩し、ベッドの上、彼の胸に倒れ込んでしまった。
「きゃっ……ルーファス様!?熱があるのですよ、何を……!」
「……ここに、いてください」
彼は私を腕の中に閉じ込め、熱い吐息を私の首筋に吹きかけた。
普段の隙のない彼からは想像もつかないような、子供のように甘えるような声だった。
「どこにも行かないでください、私の……愛しい人」
彼の腕の力は強く、抵抗すれば彼に負担をかけてしまう。
私は観念し、彼の胸の中にすっぽりと収まる形で身を任せた。
「……仕方ありませんわね。これも、あなたの回復を早めるための合理的な治療の一環としておきましょう」
私が強がってそう言うと、彼は満足そうに喉の奥でくすくすと笑い、私の背中に腕を回した。
「ええ……とても合理的です。あなたの体温を感じていると、不思議と痛みが消えていく……」
彼の心音が、直接私の耳に伝わってくる。
トクトクという規則正しい音と、彼から発せられる熱気。
いつもなら「仕事の邪魔だ」と突き放すはずの私が、今はただ、この腕の中にいることを「心地よい」と感じていた。
最初は、ただの契約だと思っていた。
領地を豊かにするための、互いの利益だけを追求した関係。
だが、彼は私をただの政治的な道具として扱わなかった。
私の論理を尊重し、私の能力を誰よりも評価し、そして……誰よりも私を過保護に守り抜こうとしてくれた。
「……ルーファス様」
「はい」
「ゆっくり休んで、早く治してくださいね。あなたがいなくては、この領地の経営効率が著しく低下してしまいますから」
私は彼の胸に顔を埋めながら、あえてビジネスライクな言葉を選んだ。
自分の内に芽生えたこの感情を、ストレートに言葉にするのは、まだ少しだけ気恥ずかしかったから。
「ふふっ……ええ、わかりました。私の有能なパートナーがそこまで言うのなら、明日の朝には完全に治してみせましょう」
彼は私の髪を優しく撫でながら、力強く答えた。
私たちはそのまま、静かに夜の訪れを待った。
言葉はなくても、お互いの存在がそこにあるだけで満たされる。
それが「愛」と呼ばれるものであることに、私はもう、目を背けることはできなかった。
【続く】




