第十二話 最強のパートナー
「……舐められたものね」
私は執務机の上に置かれた羊皮紙の書状を指で弾き、冷たい声を出した。
書状の送り主は、王国南部を牛耳る巨大な商業組織『赤き蛇のギルド』。
内容は、ヴァルシュタイン公爵領で採掘される魔石の専売権を彼らに引き渡さなければ、南部経由の物流を全てストップさせるという、露骨な脅迫状だった。
大運河の計画が進んでいるとはいえ、完成まではまだ数年かかる。
それまでの間、南部の物流網を握られているのは事実だが、だからといってこの不当な要求を呑むわけにはいかない。
「赤き蛇のギルド…。以前から不正な関税のつり上げや密輸の噂が絶えない、腐敗した組織ですね」
隣の机から、ルーファスが身を乗り出して書状を覗き込んだ。
「どうしますか、エリザベート。あなたが望むなら、私が宰相補佐の権限でここのギルドマスターを国家反逆罪として王都の地下牢に放り込みますが」
「暴力や権力による直接的な弾圧は、事後処理が面倒になりますわ。彼らと癒着している南部の貴族たちが騒ぎ立てるでしょうし…」
私は立ち上がり、壁に掛けられた領地の巨大な地図の前に立った。
「ですから、合法的にかつ彼らが二度と立ち上がれないように経済的に破滅させます」
私は地図上のいくつかのポイントを指さした。
「彼らが物流を止めるというなら、止めさせておきましょう。我が領地はすでに、東部のドワーフ族との間に新たな裏ルートを開拓済みです。彼らが物流を止めている間、私たちは東部ルートを通じて、彼らの商圏である南部主要都市へ魔石を安価で大量に放出します」
「……なるほど。今の相場価格を破壊し、市場もついでに独占してしまおうと…」
ルーファスは面白そうに目を細めた。
「ですが、それだけでは彼らは倒れない。赤き蛇のギルドは莫大な資金力を持っています。価格競争になれば、彼らも身銭を切って対抗してくるでしょう…どうするのですか?」
「ええ。だからこそ、あなたに頼みたいことがあります、ルーファス様」
私は彼に向き直り、完璧な論理のシナリオを口にした。
「彼らが価格競争に対抗するためには、必ず中央銀行からの追加融資が必要になります。ルーファス様、あなたの権限で、赤き蛇のギルドへの一切の融資を『一時的に凍結』することは可能ですか?」
ルーファスの顔に、底知れぬ凄みが浮かんだ。
「一時的な監査、という名目なら造作もありません。彼らの帳簿には叩けば埃が出る箇所が山ほどありますからね。……なるほど、彼らが資金繰りに窮し、手元の資産を売り払おうとしたタイミングで、私たちがそれを底値で買い叩く、と?」
「その通りですわ。物流網の権利書、彼らが抱える優秀な商人の雇用契約。全て、ヴァルシュタイン公爵領が合法的に買い取ります。彼らが自分たちの首を絞めているということに気づいた時には、すでに何も残っていないというわけです」
私の作戦を聞き終えたルーファスは、数秒間沈黙し——やがて、肩を揺らして低く笑い始めた。
「くっ……はははっ! 素晴らしい! あまりにも残酷で、そしてあまりにも美しい論理だ!」
彼は立ち上がり、足早に私に近づくと、そのまま私を抱き上げてくるりと回った。
「きゃっ!? る、ルーファス様!?」
「あなたは本当に、私の期待を裏切らない。これほど完璧に息の合うパートナーが、この世界に他にいるはずがない!」
彼は私を床に下ろすと、そのまま私の頬を両手で包み込み、深く熱いキスを落とした。
仕事の話をしていたはずなのに、突然の情熱的な振る舞いに、私はすっかり頭が白くなってしまう。
「る、ルーファス様……今は、非常事態ですので…」
「ああ、そうでしたね。すぐに終わらせましょう。あんな三流のギルドに、あなたの美しい頭脳をこれ以上煩わせるわけにはいかない」
彼はすぐさま自分の机に戻り、立体映像投影魔法を起動して王都の部下たちに矢継ぎ早に指示を出し始めた。
中央銀行への圧力、監査部隊の動員、そして関連貴族への牽制。
その手回しの速さと正確さは、私でさえ舌を巻くほどだった。
数時間後。
赤き蛇のギルドは、私たちの仕掛けた経済的・政治的トラップに完全に嵌まり、実質的な機能停止に陥った。
彼らの資産のほとんどはヴァルシュタイン公爵家が底値で買収し、彼らに協力していた腐敗貴族たちも、ルーファスの手によって一網打尽にされた。
夜。
執務室で、ルーファスは極上のワインが注がれたグラスを二つ用意し、私に一つを手渡した。
「乾杯しましょうか、私の愛しい共同経営者」
「……ええ。私たちの完全勝利に」
グラスが触れ合い、澄んだ音が鳴る。
私はワインを口に含みながら、彼の横顔をこっそりと見つめた。
私の戦略を誰よりも深く理解し、それ以上の成果を持って応えてくれる男。
彼といると、どんな問題も瞬時に解決してしまう。それは、領地経営においてこれ以上ないほどの効率と安心感をもたらしていた。
「……ルーファス様」
「何ですか、エリザベート」
「その……助かりました。私一人では、これほど迅速には片付けられなかった。感謝します」
私が素直にそう伝えると、彼は少し驚いたように目を見開き、やがてたまらないというように目を細めた。
「エリザベート。あなたは時々、反則級に可愛いですね…」
彼は私のグラスを取り上げて机に置くと、私を抱き寄せ、そのまま深く抱きしめた。
彼の力強い腕の中にいると、不思議と心が安らぐ。
契約結婚のはずなのに。論理と利益だけで結びついたはずなのに。
私は彼に抱きしめられるこの時間を、いつの間にか「心地よい」と感じ始めている自分に気づいていた。
【続く】




