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第十一話 新婚生活は非効率?

王都での盛大な結婚式と、あの……ひどく過保護で甘やかな初夜を終え、私たちは私の領地であるヴァルシュタイン公爵領へと戻ってきた。


「さて。これで一通りの『儀式』は終わりましたね」


翌朝、私は執務室の自分のデスクに座りながら、向かいのソファで優雅に紅茶を飲んでいるルーファスに向かって言った。


「ルーファス様。結婚式のために数日お休みを取られたのでしょうが、宰相補佐のあなたがこれ以上王都を空けるのは国益を損ないます。いつ王都へ戻られますか? 帰りの馬車の手配ならいつでも——」


「戻りませんよ」


ルーファスはティーカップを置き、涼しい顔で私の言葉を遮った。


「……はい?」


「当面の間、私は王都へは戻りません。このヴァルシュタイン公爵邸を、私の新たな執務室とします」


私は目を瞬かせた。

何を言っているのだ、この男は。


「冗談でしょう? あなたは王国の内政の要です。宰相補佐が辺境の領地に引きこもって、どうやって日々の決済や会議を行うというのですか。非効率にもほどがあります」


「ご心配なく。非効率なことは私も嫌いです」


ルーファスは立ち上がると、私のデスクの隣に用意させていた(いつの間に?)真新しい執務机をポンポンと叩いた。


「王宮の執務室とこの部屋を、『魔力通信の陣』で常時接続しました。急ぎの決済書類は転送魔法陣で即座に送られてきますし、会議には私が開発した『立体映像投影魔法』で出席します。物理的に王都にいる必要は、もうどこにもないのですよ」


「……」


私は絶句した。

転送魔法陣も立体映像魔法も、莫大な魔力と高度な術式を必要とする、国家の最高機密レベルの魔法技術だ。

それを、ただ「辺境で仕事をするため」だけに、個人的に構築したというのか。


「なぜ、そこまでして……?」


「簡単なことです。私の愛しい妻と、片時も離れたくないからですよ」


彼は私の隣に立ち、私の肩に手を置いた。

そして、耳元で甘く囁く。


「それに、あなたという最高峰の頭脳がすぐ隣にある環境は、私にとって極めて効率的だ。王宮の無能な役人たちと顔を突き合わせるより、あなたと二人でこの国の未来を議論する方が、遥かに生産的でしょう?」


「……確かに、論理的ではありますが…」


「でしょう?」


彼は満足げに微笑み、私の頬に軽くキスを落としてから、自分の机へと向かった。


私は呆然としながらも、手元の書類に目を落とした。


契約結婚において、互いに別々の場所でそれぞれの仕事に専念するのは定石だ。私も当然、彼が王都で政治を行い、私が辺境で経済を回すものだと計算していた。


だが、彼は強引にその計算をねじ曲げ、私のテリトリーに侵入してきたのだ。


「エリザベート。さっそくですが、この王都の都市計画案についてあなたの意見を聞きたい。下水の再整備に関する予算案ですが……」


「……その予算案なら、私が以前提出した『魔石浄化システム』を導入した方が、長期的には二割ほどコストを削減できますわ」


「素晴らしい。では、そのように修正して王宮に突き返しておきましょう」


私たちは並んで机に向かい、すさまじい速度で互いの書類を処理していく。


驚いたことに、彼が隣にいる環境は、私が想像していたよりもずっと——いや、劇的に仕事の効率を跳ね上げた。


私が経済的なアイデアを出すと、彼がそれを法的な枠組みと政治的な根回しで瞬時に補強する。

私たちが二人で三十分も議論すれば、並の官僚が三ヶ月かかるような完璧な政策が完成してしまうのだ。


「……ルーファス様。あなたの処理能力は、本当に規格外ですね」


「あなたもですよ、エリザベート。やはり私の目に狂いはなかった。あなたは最高のパートナーだ」


彼はペンを置き、熱を帯びた瞳で私を見た。

その視線に射抜かれると、私の心臓はまたしても、不規則なリズムを刻み始めてしまう。


「……まだ仕事中ですよ、ルーファス様」


「わかっています。ですが、少し休憩しても罰は当たらないでしょう?」


彼は椅子から立ち上がり、私の背後に回ると、そのまま私を椅子ごと後ろから抱きしめた。


彼の大きな手と、力強い腕。そして、伝わってくる暖かな体温。

初夜の記憶がフラッシュバックし、私の顔は一気に熱くなった。


「る、ルーファス様……マリアが見ています」


「構いません。私たちは夫婦なのですから。……エリザベート、あなたは少し働きすぎだ。もう少し、私に甘えることを覚えてください」


部屋の隅で、侍女のマリアが絶妙な顔で天井を見つめている。


(マリア…気まずいわよね、ごめんなさい)


彼の吐息が耳にかかり、私は反論する言葉を完全に失ってしまった。


この男は、仕事においては誰よりも論理的で冷徹なのに、私に対してだけは、ひどく過保護で、執念深く、そして甘い。


彼との新婚生活は、私の完璧だった計算式を、少しずつ、しかし確実に狂わせ始めていた。


【続く】

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